第9話
今日は日曜で、事前に革と命は出かける予定を立てていた。
昨日の疲れが残っていない訳では無いが、二人とも楽しみにしていた予定なので、変更せず出かけることにした。
「みこと、今日はこの服着て欲しいな」
「ん、分かった。――あらたが嬉しいなら、それで良い」
今は寝室で出かける準備をしている真っ最中で、今日着ていく服を革が選んでいた。
お互いにいつも当然の様に男装しており、胸はサラシで平にしてから服を着ているが、今日は休日ともあってその様な格好ではなく、サラシで胸を平らにしないで出かけようと革は提案し、命はそれに了承した。特に文句も言わず、革から指定された服を嫌な顔一つせず着る命。女装は苦手だが、革が喜ぶ事ならば特に苦ではない。
命は黒のタートルネックリブニットのトップスに紫のロングコート。そして白のスキニーパンツ。最後に薄紫のレンズに銀縁ティアドロップ型サングラスを着用した。
「わぁー……みこと大層な美人だよなぁ。俺好みのバチくそいい女!」
そのまま革は命に抱きつくと、命の付けているひし形の水色硝子細工が付いたロングピアスが揺れる。
命は革の頭を左手で撫でた。
「あらた……胸に顔埋められるの……くすぐったい。――あと、発言が変態くさい」
命は目鼻立ちもスっとしており、上まつ毛も下まつ毛も長く、身長は百七十七センチあり、胸のサイズはF。体も鍛錬している為引き締まっており、スタイルが良い。
モデルの仕事が舞い込んできそうな程の、クールでセクシーな美人だ。
対して革はと言うと、目は大きめで顔は丸型、上まつ毛は長いが下まつ毛があまり目立たない。身長は百七十七センチあり、胸のサイズはB。スタイルはいい方だ。
だが、革は命の方が大層美人だと思っており、普段かっこいい命ももちろん好きだが、革は胸の大きな女性が好きなタイプの一要素として入る為、命の胸もとてもお気に入りらしい。
「ほら……あらたも着替えて」
「忘れてた……今着替えるから待ってて」
革は水色のニットセーターに青のジーンズ。最後に白縁ボストン型伊達メガネを着用した。
「これで良しと。みこと、あとは化粧して行こう」
「あらた……今日も宇宙一、かわいいぜ」
そう言い終わると、命は革の頬に軽く口付けを落とした。
「ほあっ!?」
「ふふっ」
「化粧する前で良かった……じゃあちょっと顔貸して」
命を水色のシェル型チェアに座らせ、革は紫の水玉模様が入ったメイクポーチから化粧下地、ファンデーション、フェイスパウダー、アイシャドウとマスカラ、そしてリップを取り出した。
化粧下地とファンデーションとフェイスパウダーを丁寧に馴染ませてから、紫のアイシャドウを施し、上瞼にグリッターも乗せた。そしてマスカラもしてやり、最後にピンク味が強めの紫色のリップを塗ってやった。
「終わったよ。あ、唇気になるからって舐めたらダメだからね」
「んー、あー……なんか、落ち着かない」
目の前にあるドレッサーに写る自分を眺め、微妙な気持ちになる命だったが、すぐに自分の顔がいい事に気づき、ドレッサーに対してドヤ顔をキメた。
「今日も俺の顔が……いいぜ」
「じゃあ俺もすぐ化粧しちゃうから」
命は座っていた所から退くと、今度は革が座る。
ドレッサー右下についている引き出しを開け、先程のメイクポーチをしまうと、白地のポーチ本体に水色の大きなリボンが付いた、まるでプレゼント箱の様なかわいらしい化粧ポーチを取り出した。そこから化粧下地とファンデーションとフェイスパウダー、アイシャドウにアイライナー、チーク、そしてリップクリームを取りだした。
化粧下地とファンデーションとフェイスパウダーを丁寧に馴染ませてから、濃いめのブラウンアイライナーを引き、コーラルアイシャドウを施し、コーラルピンクのチークを頬に乗せた。そして最後にリップクリームを塗った。
「お待たせ! よし行こうぜ」
「はぁーい」
革は荷物を青のハンドバッグに入れてから持ち、水色の紐がアクセントのブラウンのショートブーツを履き、命と共に家を出た。
✝︎✝︎
春風が心地よい陽気の中で、革と命は地元に来ていた。
地元には二人の思い出が、今住んでいる所よりも沢山ある。今日は街にあるデパートへと赴きたくて予定を立てたのだ。
デパートの中へと入ると、革がエスカレーターの方へ歩みを進め、命もそれに続いた。日曜日という事もあり、デパート内は人でいっぱいだ。
「迷子にならない様に、手繋ごうか」
「うん……繋ご」
エスカレーターにたどり着くと縦に並び乗り、乗る時は繋いだ手を離し、目的の階についてからまた手を繋いだ。ここは三階で、雑貨屋や携帯ショップに本屋にアクセサリーショップと、様々なお店が並んでいる。
お目当てはアクセサリーショップだ。
「みことが覚えてるかわからないけど、初デートの日、ここのアクセサリーをさ、お互いにプレゼントしあったよな」
「――うん。覚えてるぜ……大切なこれ、貰った日」
命がそう言うと、自分の耳に付いているひし形の水色硝子細工が付いたロングピアスを指で優しく触り、優しい笑みを浮かべた。
「俺もみことから水色のスカーフピン貰ったの、ずっと大切にしてるぜ」
このアクセサリーショップは二人が初デートで来た所だ。その日にお互いに似合いそうなアクセサリーをプレゼントしあった。
革はひし形の水色硝子細工が付いたロングピアスをプレゼントし、命はひし形の水色硝子細工が付いたスカーフピンをプレゼントした。
特段合わせて買った訳ではなく、相手に内緒で選び、それをお店から出てからお互いに渡したら、偶然同じモチーフの物だったので、二人は顔を見合わせて笑い合い「気持ちが繋がり合っている」と、より一層感じていた。
革と命が付き合いはじめたのは、高校一年生の春だった。
高校はシスター系の学校だと決まっていた革はその事実に疑問を持ち始め、悩みに悩んだ末、入学式三日前にその学校には行かず、命と同じ高校に行くと決めた。
――私は、自分の夢よりも傍でみことを支えてやりたい。
革の譲れない真剣な思いを、父親は理解し、許したという。
それまでは男装女子でもなく、一人称も「私」でお淑やかに暮らしていた革は、急いで男装の準備を始めた。長かった髪を切り、口調は元々悪かったが、それを控えてシスターをやっていたので、素の自分で話せるという事でそこは難しくなかった。
ただ、一人称がずっと「私」だったので「俺」に馴染むには時間がかかったそうだ。
何故そこまでして命を支えたいのかと言えば、三歳の幼少期からの親友で、小中と同じ学校に通っていた二人はいつも一緒に居た。一緒にいたからこそ、革には気になる事があった。
それは命が周りから異端の目で見られ、みんなから嫌われたり、嫌味を言われたりする頻度が高い事。「女の子なのにいつもあんな格好や話し方は変」や「話が全然通じない」や「剣術ばかりしていて、何考えてるか分からない」や「翼が黒いから俺達の仲間なんかじゃない」等、色々言われていた。
当の本人はまるで気にしていないのだが、隣にいる革は気にしていた。
――そんな事を一人で言われ続けるみことの辛さや悲しみって、どんなものだろう……私はどうにかして、緩和させてやる事は、助けてやる事は出来ないのか。
それ故にたどり着いた先が「私も男装をしよう」である。
自分も男装して命の隣に居れば「女なのにおかしい」と言われても「俺達二人、最高に似合ってんだろうが。こんな最高かっこいいあらた様とみこと様になんか文句あんのか!?」と言い返せるだろうと、革は考えた。
命の存在が異端でおかしいと言われるのならば、自分が隣にずっと居てやり、何もおかしい事は無いと、自分は絶対隣に居るよ、大丈夫だよと、命に感じて欲しかったのだ。
自分のシスターになる夢よりも、命を支える事が、守る事が、
高校入学式当日に、同じ学校へ男装でやって来た革を見て「どうして」と命は驚いた。
革と学校が変わることで、離れる事で、長年隠してきた革への恋心を、気持ちを、伝えないで終われると思っていた為、大層驚いたのだ。
――何故シスターの学校をやめたのか。
そう革に問えば
――みことの方が大事だからだよ。
革は満面の笑みでそう答えた。
命の革を思う気持ちはこれ以上抑えられない程に膨らみ、この気持ちを隠し続け、革を自分以外の人にとられる事があったらと想像したら、死んでも後悔すると、命はこの時思った。
入学式が終わってから、革の家が所有する教会の前で、命は革を抱きしめ
――俺は、あらたの事が好きだ。――愛している……結婚しよう。
教会の鐘が鳴り響く中で告白した。
革は驚きと幸せの中で、その告白を了承したのだった。
一通り店内を見てから、命は新しいピアスを買い、革は新しいネックレスを買い店を後にした。
エスカレーター近くの休憩スペースに設けられたソファーに腰を下ろし、二人は顔を見合せて笑う。
「俺……あらたと、こうして……今も一緒に居られて……幸せだ」
「俺もだよ。みことが言ってくれなきゃ、俺ずっと気持ちに本気で向き合えなかったよ。――俺に気持ちを伝えてくれてありがとう」
命が高校入学式のあの日、革に気持ちを伝えなければ、二人はずっと幼なじみで親友のままだったのだろう。
革はこうして命のおかげで今も隣に居られ、しかもそれが命の妻としてということが大層嬉しいのだ。
過去の大切な思い出を振り返り、また幸せを感じ笑い合える様に、またここに来たいとお互いに思っていた為、とても良い休日になった様だ。
買い物と昼ご飯をデパートで済まし、帰路につこうとした際に、革が命に声をかけた。
「俺本屋寄るの忘れてさ……近くの本屋寄ってもいい?」
「良いぜ。――あ、そうだ……ななおのバイト先でいいじゃん」
ななおと言う言葉が耳に入った瞬間、革は苦虫を噛み潰したよう顔をした。
命が友達の話をすると、すぐにこれだ。
命の友達の一人である成真は、地元の街の本屋でアルバイトをしている為、そこの本屋へ赴く時、命は「ななおのバイト先」と言う。
悔しい事に本の品揃えが良く、物静かな本屋である為、革はそこの本屋がお気に入りだ。「冴えないクソメガネさえ居なければ、もっと良い」と悪態をいつもついては本を買っていく。
革は成真の事を【冴えないクソ眼鏡】と言う不名誉なあだ名で呼んでいる。
重厚感のあるアンティーク調のドアの開き戸を握り、ドアを押し開けた。
《カランカラン》と軽快な鐘の音が鳴り響いた。
「いらっしゃいませー」
店内はそこそこ広めで、本と文房具などが置いてある。一度店内を一周してから、辺りを見回すが、成真の姿は見当たらない。今日は休みのようだ。
革はファッション雑誌を棚から取ると、レジへと持っていき買い物を済ませた。
「冴えないクソ眼鏡居なかったな。良かった」
「残念」
二人は本屋を後にすると、夕日で染る街の中を歩き、今の自宅へと歩を進めた。
夕日が、二人の後ろ姿を優しく照らした。
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