第8話

 天界には四季もあれば平日や祝日もある。

 人間界と同じく一週間があり、その中で土曜日曜、重ねて祝日は、学生や社会人の休日となっている。

 革と命も基本的には土日祝日休みであるが、街で騒動や悪魔の出現はいつ何時起こるかわからない。

 休日であっても事件があれば、ヒサ班は直ちに現場へと急行しなければならない。


「今日……みんなで鍛錬の予定、だったのに」

「仕方ないよ、ゴミ野郎のせいで街が騒ぎになってるって、ヒサ様から連絡あったんだから」


 今日は土曜日であり、命は二日前友達と剣術の鍛錬をすると約束していた日だ。だがその予定は、街での急な騒ぎにより変更を余儀なくされてしまった。

 命は四人でやっているグループチャットに「仕事になった。行けない」とメッセージを送ってから、携帯を左ピスポケットへとしまった。

 二人は上着をハンガーからとると、なれた手つきでそれを着た。まさか今日も着ることになるとはと、二人は少し気が重くなっていた。


「はぁーあ……手短に終わらせるかな」


 命はその場で伸びをしてから首を左右に振り上下に振り、最後に時計回りに回した。


「そうだな! よし、行こうみこと」

「はぁーい、あらた」


 二人は急ぎで家を後にし、街へと向かった。


              ✝︎✝︎


「お待たせしましたヒサ様」

「お待たせー」

「あらた、みこと。――二人共、休日なのにすまない」

「大丈夫です! 大人になったあらた様とみこと様のコンビネーションで、すぐに終わらせてみせます」

「うん……すぐに、終わらす」

「みことは刀をもう構え、顔が随分不機嫌だな。寝起きか? 早く帰って寝たいのか」

「いえ、みこと今日友達と約束があったみたいで、それ行けなくなったのが嫌だったみたいですよ」

「――状況は?」

「状況はどうにも……騒ぎを起こした者は人質をとり、立てこもっている。そして金を要求している」


 確かに近くの建物付近には警備隊が配置され、何か大きな声で叫んでいるのが聞こえてくる。


「金はどうした!? 早くしねぇとこの女ぶち殺すぞ!!」

「きゃあぁぁ!!」


 女性の悲鳴が聞こえた瞬間、あらたの血相が変わった。


「女性人質にとるクソゴミ野郎が…… みこと、あのクソゴミをどう退治するかは任せる。俺は周りの人を避難させる」

「ってことでー、いい? ヒサちー」

「私が指揮しようとしたが、あらたも想像以上に現場を見て考えているのだな。――よし、私も国民の避難を促そう。あらた、行くぞ」

「はい!」

「そしてみこと、くれぐれも気おつけろ。人質の救出……頼むぞ」

「はぁーい」


 お互いの担当を決めてからすぐ様動き出すヒサ班。

 命は警備隊と共に現場に残り、革とヒサは街まで飛んで行った。

 革とヒサは街の人々に近くの建物で事件が起きているから近づくなや「街の警備は私達に任せろ。私とあらた、そして警備隊を街中に配置している」とヒサが話し始めると、国民は皆ヒサの元へ集まってきては感謝の言葉をかけてくる。


「ヒサ様が居られればここは安全じゃ。ありがたやありがたや」

「ヒサ様、我々の為にありがとうございます」


 革はと言うと、そんな圧倒的カリスマを前にする事もなく、何か言われる事も無く辺りを警備する事にした。

 警備している最中に、ヒサの話をしている男女に出会った。その人達の近くを革は警備していたが、気づかれていなかった。

 そんな中で革の耳に自分の名前が入ってきたので、どんな話かと少し近づき、聞き耳を立てていると話し声が聞こえてきた。


「あらた様どう思う?」

「何かといつも偉そうだよな。ヒサ様が指揮してる中で、少し仕事任されてるだけなのに」

「しかも口がとても悪いらしいわよ。ヒサ様と比べてまるで品がないわね」

「俺もそれどこかで聞いたー。嫌だなー」


 革は確かに口が悪い。だが、そんな革も一年間この仕事に食らいつき、それなりに成果もあげている。

 だが成果を上げども上げども、中々国民から良い評判を聞かないが、他人の評価に対して気に病む革では無い。


「好事門を出でず悪事千里を行くってか。そんな事言う暇あるなら俺の活躍見とけや。大人になって、よりかっこよくなったあらた様の凄さが分からないなんて、可哀想な奴だぜ。――な! みこ……あ、今居ないんだった」


 命の事を思い、そういえば今現場で犯人と直面して頑張っているはずだと、革は命を心配した。


              ✝︎✝︎


 建物は街の外れにある三階建てアパートの一室で起こっている。

 どうしたら良いかと頭を悩ませる警備隊には目もくれず、みことは一人玄関前まで来ていた。

 玄関の鍵は閉まっており、乱暴に壊したらバレてしまうだろう。

 命は刀を握り目を閉じる。

 すると刀の鍔についている天使の翼のモチーフの色が水色から黒へと変貌した。そして目を開けると、命の眼は染まり、結膜は黒く染った。

 ドアへと近づき刀をドアに押し付けると、命は小さく呟いた。


「オレンジ」


 その瞬間、刃はオレンジに染まり高温になったと思えば、なんとドアが瞬時に溶けていった。

 命が再度、目を閉じてから開けると、天使の翼は黒から水色へと戻り、命の眼もいつも通りに戻った。

静かに中へと潜入したが狭いアパートの一室なので、直ぐ目の前のベランダに騒ぎを起こす奴の背中と人質の背中が見えた。そのまま歩を進め、騒ぎを起こす奴の肩に手を乗せた。


「なぁ、それ……俺に撃ってみろよ」

「なっ!? うわああああ!!」


 いつから、いや、どうやって入ってきたのかと言うツッコミもしたい騒ぎを起こす奴だが、パニック状態になり、女の人から手を離すと拳銃を構え、命に向かって銃の引き金を引いた。

 命はそれに対し、飛んできた玉を全て刀で否し、隙を見て銃を刀で一刀両断した。

 銃が使い物にならなくなった故に、今度はナイフを構え、女性に向けようと部屋の中を探すも見つからない。みことが窓から今正に女性を警備隊に渡す所であった。


「じゃ、よろしくー」

「くっそー! てめぇだけでも」

「――遅い」


 後ろからの攻撃に、命は瞬時に反応し避ける。そして騒ぎを起こす奴に近寄り、また目を閉じすぐ開ければ、先程と同じく眼は赤く染まり、鍔にある天使の翼も黒くなっていた。

 そして、小さくその場で呟いた。


「黄色」


 刃の先からパチパチと黄色い閃光と黄色い炎が出ては、騒ぎを起こす奴のズボンへと向かっていき、ベルトだけを綺麗に切り裂いた。

 急にズボンが落ちてきて足元がおぼつかず、そのまま床に転んだ。命はその内にまた目を閉じ、再度開けると眼はいつも通りに戻り、天使の翼も水色に戻っていた。

 床に倒れたその人ごと持ち上げ、命は窓から警備隊にその様子を見せてから言い放った。


「確保ー」


 その一言で建物の周りにいた人たちは歓声を上げた。


              ✝︎✝︎


 犯人も確保した所で、命が現場から帰還し、ヒサ班が街に揃った。


「ただいまー」

「おかえりみこと! 流石だぜよくやったな」

「みこと、ありがとう。お前のおかげで被害は最小限だ」


 騒ぎを納めたのは命であったが、国民達は皆ヒサの元へと集まっては、口を揃えてヒサへと感謝の意を述べていく。

 自分が褒められずとも良いが、命が褒められないのは大層気に入らず、顔をしかめる革と、そんな事は全くもって気にせず、ピスポケットから携帯を取りだし、メッセージをうつ命。


「みこと? 何してんの」

「仕事終わったから……みんなに今から行くって言った」

「なっ!? マイペースだなぁ。残念だけどこの後報告書とか色々事後処理残ってるよ」

「えー? 警備隊とかにやってもらおうよー」


 そんな話をしていると、一人の女性が警備隊と共に二人の元へとやってきた。


「あの……先程は助けて頂き、ありがとうございます。みこと様」

「えっと……誰?」

「さっきみことが助けた人だよ! 首に包帯巻いてますけど、大丈夫ですか?」

「え、あぁ。幸い軽傷です」

「ちょっと失礼します」


 革は被害者の女性が巻いていた包帯を解き、首元の傷口に手を当て目を閉じた。すると革の周りが水色の光に包まれては、傷口がどんどんと塞がっていき、皮膚も綺麗に治っていった。

 革の父はシスターの血筋で、革も幼少期から中学三年生までは、将来立派なシスターになると修行を重ねていた経験がある。

 シスターは主にが使え、革の場合は外傷や神経が切れたりした場合、簡単に繋ぎ直すことが出来る。


「わぁ……全然痛くないです! あらた様、ありがとうございます」

「いいえ。困ってる女性をほおっておけませんからね」

「お、あらた……この姉ちゃん好みなの? ウケる」

「なっ!? た、確かに好みだけど……一番はみことだよ」

「ふふっ……知ってる」


 一体何を見せられ聞かされているのだろうと言う気持ちに女性はなったが、命を救われ、傷も治してもらったという事実だけ受け止める事にし、気にするのをやめた。

 女性は二人に深く一礼してから、警備隊と共に去っていった。


 ヒサからまだ帰るなと言われ、命はまたグループチャットに「仕事になった。行けない」と入力していると、革と命がいると気づいてない警備隊が何やら話をしながら歩いていった。


「俺達スタンバイしてた意味ないよな」

「それな。勝手に単独行動してさ。そんなに活躍したいかよ」

「感じ悪いよなみこと様って。全然喋らないし」

「何でも悪魔だって噂だぜ」

「知ってる。怖いよな、いつ襲われるか分からねぇ」


 それを耳にした革は命に対しての話だったのと、重ねて相手が男という事で居てもたってもいられなくなり、その警備隊の面々へ近づいて行った。


「は? お前らがいつまでもぐずぐずしてっから、みことは命かけて突入したんじゃねえか」

「あっ!? あらた様」

「やべっ」

「も、申し訳ありません」

「数だけいても、全然役に立たなきゃ、警備隊の意味ないぜ? このゴミ共がよ。あとなぁ、みことは悪魔じゃねーから。――それから」


 怒りが収まらない革はどんどんと話を続けようとしたが、その会話を聞いていた命は、携帯をピスポケットへしまうと、後ろからゆっくり革に近づき、革の口に自分の左手を当て、言葉をさえぎった。


「むがっ!?」

「あらた……いけない口、きいちゃダメ」


 その場に静寂が広がると、警備隊の面々は二人に一礼してからそそくさと去っていった。

 革は自分の口の悪さをまた発動させてしまった事を反省し、しばらくそのまま黙っていた。そんな様子を見た命は、革を後ろから抱きしめた。


「ありがとう……俺は全然気にしないから、大丈夫」

「――だって、みことはちゃんと頑張ってるのに」

「あらたも……頑張ってる。――でも、もっと頑張って、もっと……かっこよくなろ」


 そんな話をしていると、目の前の道からからヒサがやって来ては、二人のそんな様子を見て溜息をついた。


「お前達……何をしておるのだ。全く若い者は外でもそうやって堂々と」

「ヒサちーも……抱きしめようか?」

「いらぬわ! さて、ドアの修繕や報告書も残っておる。あらた、みこと、行くぞ」

「はい!」

「はぁーい」


 ヒサが先頭を歩き、その左横に革、その右横に命が並び、三人は天界神殿まで歩を進めていった。

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