第7話
仕事を終え、自宅へと帰ってきた革と命。今は同じ家に二人で住んでいる。
二人は同性ではあるものの、去年就職する前に
革の家が教会を所有している為、そこで二人きりで式を挙げた。二人きりでとは言っても、二人の周りの人々は結婚を反対せず認めてくれている。
補佐を務めてくれる者に、ヒサはいつも住む場所を任意で提供しており、革と命は自宅から天界神殿まで遠かった為、ヒサから立派な家を貰った。
丁度二人で一緒に住みたいと思っていたので、タイミングが良かった。
二階建てで全体的に洋風だが、みことが和風な縁側が欲しいと言ったので、庭のそばに縁側のスペースが無理やりねじ込んである、少しアンバランスな家だ。そこで命はよく居眠りをしては、たまに野生の猫もやって来て一緒に寝ている。
二人で住むにしても広すぎる家だ。
「ただいま」
「ただいまー」
二人はそう言い、靴を脱ぎリビングへと向かった。リビングには黒い三人がけのボックスソファが置いてある。
何故三人がけなのかといえば、革も命も高身長であり、重ねて命はガタイも良い為、狭くならないようにする為だ。命はここでもよくブランケットをかけて寝ている。
「みこと、はいハンガー。上着かけておきな。お風呂沸かそっか」
「ありがとう。――あ、俺……庭で素振りしてくる」
「分かった。お風呂沸いたら呼ぶから」
革は二人分の上着がかかったハンガーをいつも置いてある所へとかけてから、ベストも脱ぎ、水色のエプロンをつけてからお風呂を沸かしにリビングを出た。
命も剣術の鍛錬をする為リビングに無理やり繋がれた縁側を通ってから庭へと出た。
仕事から帰ってくると革は主に家事、命は主に鍛錬を行う。
革だけが家事をして命は鍛錬に集中して良いのは、命がガサツで不器用な為に何も出来ないからだ。
まな板で野菜をちゃんと切る事すらできない。愛用の刀でシンクごと真っ二つにしてしまった事がある。
洗濯はよく分からず液体柔軟剤をボトル一個全部いれたり、粉の洗剤は「これ……食べられるのか?」と食べ吐いた事もある。
障害を持つ為覚えていられない事も難儀の理由だが、革はそれを咎めたりしない。「みことは、みことにできる事をすればいいよ」といつも励ます。
命の中では「俺には向いてない……ならいいか」と自己解決しており、家事が出来ない事を何も気にしていない。
対して革は戦闘が何も出来なくても、命が何も言わないのは、革には戦闘の才能が無いからだ。
「俺も強くなりたい」と、命に稽古をつけてもらった事もあったが、やれどもやれども上手くならない。鍛錬をする時、革の口からは「刀重いからもっと軽いのがいい」や「筋肉痛がやばい」や「脱水症状になる」等の文句ばかりで、全然長い時間続かない事も要因だろう。
重ねて命が真面目に「姿勢がダメ」や「持ち方は……こうの方がいい」と、革の手や肩に触れる瞬間に、革が必要以上にドキドキしてしまい、鍛錬に余計身が入らないのである。
そんな革を命は生暖かい目で見守った後「あらたはくそ雑魚でいていいよ。――俺が、命かけて守るから大丈夫」と言った。その言葉を聞いた革は直ぐに鍛錬をやめた。
革の中では「俺は治癒の力が使えるから戦えなくてもいいか!」と自己解決しており、戦えない事を何も気にしていない。
「あ、お風呂沸いたな。――みことー! お風呂沸いたよー」
今日の夕飯の準備をしていた革はお風呂が沸いた音を聴くと、一度手を止め、庭で素振りをしている命の元へとかけていった。
「みことー、お風呂沸いた。入りな」
「ん……ありがとう」
四十分程だろうか、今まで休む事無く集中して刀の素振りをしていた命の首元や額からは、汗が滴っていた。
深呼吸してからワイシャツの襟で首元の汗を拭い、袖口で額の汗を拭った。
そんな姿に見惚れているであろう革の視線を感じた命は薄く笑うと、革の右手を左手で優しく握り引き寄せた。
「――あらた、一緒に風呂……入る?」
「へあっ!?」
命の甘い囁きに自我を取り戻した革は、間の抜けた声を出した後、顔を真っ赤にして後退りをした。そんな革の様子に命はふっと息を吐いて笑った。
「嘘。――二人で入ると、長くなっちゃうから……週末に……ね?」
「は……はぃ」
何事も無かったかのように命はお風呂場へと向かった。
革は力が抜け、縁側でしばらく座り込んでいた。
✝︎✝︎
「三かける三はー……あー、えっと、九。――あってた」
頭や体を洗い終えた後、湯船に浸かりながら、命は壁に貼ってある九九お風呂ポスターを見ていた。
ヒサから家を貰った際に「命が少しでも賢くなるようにひらがなか九九ポスターもやろう」と言われた。どちらがいいかと問われ、九九の方がリズムがあって覚えられそうという理由で貰ったものだ。
未だに命は九九すらまともに覚えてはいないのだが、本人曰く「そんなもの覚えてなくても……あらたが居れば大丈夫」と言っている。
今は五の段くらいまではゆっくり言えるそうだ。
毎日やっても、中々は覚えられない。
命にとっての大切な記憶は心や感情を揺さぶられた事により深層にまで残り、少しは覚えているのだが、なんて事ない事は直ぐに意識から消えてしまう。
悪魔が命の意識内で起きている時、不定期に意識を喰らう。命はいつも意識が薄く、ぼーっとしている。
何日に何をした何処にいた等、覚えていない事が多い。
悪魔との契約時に命は「あらたの事は譲れない。俺の命にかけても絶対にあらたを守れ。……君が俺の意識全てを喰いつくし、俺の自我すら……なくなってでも」とお願いしており、悪魔はそれに対して「自分の為の願いでもない上に、他人の為にそこまでするとは狂っている。気に入った」と、その約束を守ってくれているそうだ。
そして、革への意識は命にとって大事なのだと理解し、他の事よりは意識に残してやっているそうだ。
「熱い……今日はここまで」
それから言えないものもあったが六の段辺りで終わりにし、湯船から出てお風呂の扉を開けた。
お風呂場を出ると直ぐに洗濯機と洗面所がある。
洗濯機の横にバスタオル掛けがあるのだが、命はそれに目もくれず、びしょ濡れのままリビングへと向かった。
「あらたー、風呂終わった」
「ちょっ、みことさん!? 体拭きなよ? 風邪ひいちゃうよ」
「あー。――忘れてた」
特に気にする様子もなく、だが革が慌てた様子だったのを見て少し悪い事をした気になり、革の顔を見て頭を下げた。
「ごめん……」
「大丈夫。バスタオルと着替え、すぐとってくるから待ってて」
革は急いでリビングからお風呂場へとかけていったが、そこまでの廊下が濡れており滑って転んでしまった。
「いってー。はぁー運が悪ぃな」
「どうした!? 敵襲か!?」
大きな音に敵襲だと思った命は、全裸のままリビングのドアを開け、左手には既に刀を握っていた。
そんな姿を見て革は痛さも忘れ、命の優しさに気持ちが暖かくなり笑った。
「違うよ。俺がちょっと転んだだけ。ふふっ」
「そうか……怪我、してない?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
そのままお風呂場へと二人で一緒に向かい、バスタオルで命の事を拭いてやり、洗濯機の上に置いておいた着替えも渡した。
「ここにあったのか……ありがとうあらた」
「いいえ。リビングで髪乾かしてあげるから行こ」
その後リビングで命の髪を乾かしてやり、革は夕飯の支度を終え二人で食事をした。
今日は顆粒だしで作った野菜たっぷりのお味噌汁と、豆腐ハンバーグとご飯だ。
革は野菜が好きで肉料理が少々苦手な為、ハンバーグを作る時はいつも豆腐を多めに入れてハンバーグを作る。
命は革が作る料理に対して特に好き嫌いがない為、口出しは一切しない。
命が嫌いなのは母の料理だ。命の母は大層料理が下手らしい。
特に嫌いなのは母の作ったスパゲッティ。茹でてあるにも関わらず、皿の上にあるスパゲッティをフォークで持ち上げると、麺が全てついてくるほどに固い。ソースも全然混ざらない。「俺は何を食わされているのだろうか?」という気持ちになるらしい。
「ごちそうさまでした」
「――ごちそうさま」
食事を終え、洗い物も終えた革はお風呂に入り、命はソファにごろ寝しながら、やっと携帯を確認した。
携帯にはメッセージが届いており、それは剣術を共にする友達からの連絡であった。
友達は主に三人おり、
その一人である雅から、夕方頃にメッセージがあったらしい。
「みことお疲れ様。今度の土曜日なびとななが予定空いてるし、僕も予定ないから、みことさえ良ければ一緒に鍛錬しない? 返事待ってまーす」というメッセージの後、二時間後程に成真からメッセージがあり「みことこれ見てないんじゃないの? もう仕事は終わってるはずだし。ほんとマイペースだな」というメッセージの後、五分後に輝響から「みことのペースでいいよ! 気がついたら電話でもメールでも教えてね」というメッセージがあった。
命はメッセージをうつのが面倒になり、グループ通話をした。
はじめに成真が電話に出た。
成真は黒髪ショートで、外ハネの後ろ髪の毛先だけ青色のメッシュが入っている。黄緑色の目を持ち、たれ目、黒のアンダーリムメガネをかけている男性だ。
「もしもしみこと? 仕事お疲れ様」
「ん……ななお、元気?」
「元気だよ。電話くれたんだ、ありがとう。メッセージ見た?」
「見た……鍛錬、する」
成真が返事をする前に、次に輝響が電話に出た。
輝響は紅赤色ショートヘア、サイドの毛の左右に二本づつヘアピンを付けている。水色の目を持ちつり目、黒のアイライナーと黒めのアイシャドウをしている男性だ。
「もしもし? みこと、ななお、おつかれー。みことメッセージ見てくれた?」
「うん。――なびき、元気?」
「元気だよー。――あ、みやびは今日仕事だって言ってたよ」
「なるほど」
それから他愛もない話をしていると革がお風呂を済ました様で、リビングへと戻ってきた。命が電話をしている様子を見るや否や、あからさまに嫌な顔をした。
「みこと、誰? クソ野郎どもか?」
「あらたおかえり。――ななおとなびき。かわる?」
「かして。――おいクソども! 用事済んだならはやくきれよな」
「うわっ……あらたちゃん」
「あ、あらたちゃん! こんばんはー」
革の声を聞くや否やあからさまに苦手な人と話す態度になる成真と、特に何も変わらないでマイペースに挨拶する輝響。
「今日はクソちび居ねぇんだな」
革は雅の事を【クソちび】と言う不名誉なあだ名で呼んでいる。
雅は桃色の髪をしており、サイドの毛だけ伸ばしており、それを三つ編みにしている。紫色の目を持ちつり目、ピンク系のアイシャドウとチークとリップをしている。まるで女性の様に可愛らしい男性だ。
「みやびは仕事だよー。みことと今度の土曜日鍛錬しようって話で電話貰ったんだ。あらたちゃんも来る?」
「行かねーよ!! もうきるからな」
「――あれ、みことにさ、時間はまたメールするって言っといて」
「分かった。じゃあな」
命がさよならの挨拶をする暇さえ与えず、革は即座に終了ボタンを押し、勝手に電話をきった。
特にその様子に対して怒る事もなく、命は革の顔を見た。
「なんか言ってた?」
「時間はまた連絡するってよ」
「分かった」
革の髪を命が乾かしてやり、しばらくソファに二人横に並んで座り、テレビを見ていると、命が革の肩に寄りかかり、顔を肩に乗せる。
「みこと? 眠い?」
「ん……寝る」
「じゃあ布団まで頑張ろう」
革はテレビを消してから、命の体を起こすよう促す。命はうーんと小さな声を出してから立ち上がり、よろよろと歩きながら寝室へと向かう。
ブランケットを畳み、リビングの電気も消してから命の後を追い、革も寝室へと向かった。
二階にはそれぞれの部屋があるが、一階に二人で寝る為の寝室があり、いつも二人はそこで一緒に寝る。
キングサイズの白いベッドに、水色の布団。革の枕は水色で、命の枕は黒。
命は布団に入らず布団の上で寝っ転がり寝ようとしていた為、革が布団を引っ張ると、起き上がり直ぐに布団に入った。
革も布団へ入り、電気を消す為リモコンのスイッチを押した。
暗闇の中で、命が革の手を握りながら呟いた。
「あらた……おやすみ」
「うん。みこと、おやすみなさい」
お互い向き合い、手を繋ぎながら眠りについた。
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