日常と仕事

第6話

 ヒサの所で働き一年が経った革と命は、以前よりも仕事に慣れていた。発言等は中々良くならない物の、二人共困った時にはお互いに声をかけあう等を、以前よりもする様になっていた。


 革と命の今日の仕事は街の見回り。これももう何回とやって来たか分からない事だが、警備を毎日続ける事は、ヒサ班の仕事内容に含まれているので名誉な仕事だ。

 ヒサはと言えば、今日も事務作業に追われており、見回りは二人が任されたというわけだ。

 今は夕方で、終業時間の一時間前。終業時間は午後十七時なので今は午後十六時だ。

 命は欠伸をして少し伸びをしてから口を開いた。


「あらたーそろそろ帰れるー?」

「さっき腕時計見たら十六時近くだったから、あと一時間くらいだぜ。頑張ろ」


 そんな話をしていると目の前から学校帰りであろう子供達の姿が見えた。年齢は小学校中学年程だろうか、男の子が三人で話しながら歩いている。

 その中の一人と命は視線が交わると、男の子は「あ!」と声を出し駆け寄ってきた。


「紫の兄ちゃん! 朝のニュースで見た」

「あー? 俺?」

「そう! 昨日悪魔が街で悪さしてたのを刀でかっこよく倒したんだって! かっけー」


 その男の子の後を他の二人が続き、命は三人の子供達に囲まれた。

 特段子供が嫌いで苦手というわけではないが、話すのは苦手だ。そんな様子を見て革は心配し、話しに加わってきた。


「そうだぜお前ら、みことはすげーかっこよくてつえーんだぞ」

「あ、水色の兄ちゃんだ」

「水色の兄ちゃんは困った人を避難させたって書いてあったぜ」

「水色の兄ちゃんも戦ったの?」


 子供からの純粋な質問に、革は場の悪そうな顔をした。

 助け舟を出そうとした自分が、相方に助けを求めるなんて情けないと思い、革は命には助けを求めずその場で考えを巡らせた。

 何と答えたら自分も活躍した事が伝わるのだろうか。戦闘には出ていない、否、出られない自分はいつも国民を安全な場所まで避難させる事を率先しているが、その説明が難しい。

 目に見える活躍でないと、きっと悪口を言われてしまうと革は考えていた。

 革が困り果てている事に気づいた命は薄く笑うと、子供達に向かって話をした。


「水色の兄ちゃんは……みんなを安全な場所まで……案内した。――戦場に赴き、助けるって……それは戦ってる事と、同じだぜ」

「――みこと」


 命の説明に子供達は納得した様で、革に対しても賞賛の言葉をかけた。

 革は命の発言に対して喜び、そしてときめいていた。


「剣術で戦わなくても街を守れるなんてすげーな水色の兄ちゃん」

「紫の兄ちゃんみたいに俺もかっこよく街を守りたいな」


 戦わなくてもという一言に革は少々傷つきながらも、先程命が言った言葉を思い出し何とかプラスに考えた。そして誰かに褒めて貰えるのは光栄な事だと、ドヤ顔を子供達に向けた。

 命は剣術の腕を褒められた所で特に顔色を変える事は無いが、今回は「かっこいい」と褒められたので笑みを浮かべた。


「まぁな! 大人のあらた様だからな」

「顔がいい……俺だからな」

「そうだ、今度剣術スクールに来てよ! 俺のかっこいい所見せるから」


 天界には剣術スクールという物があり、剣術で悪魔を退治したり、その腕を用いて神々を守る家系も昔から存在している。

 命も学生の頃までは剣術スクールに通っており、友達の一人が今はそこの先生をしている事もあり、馴染み深い場所だ。


「剣術スクール……なびきの所?」

「そう! なびき先生の所だぜ」

「分かった。――今度行く」

「やったー! 約束だぜ」


 なびきと言う名前が出てきてから革は少し不機嫌になった。命の友達とはいえ、気に入らないのだ。

「みことは魅力的だから、友達にきっと変な目で見られてる」や「友達だからって気軽にみことと話しやがって、俺とみことの時間を奪おうなんて意地悪な奴だ」等、革はいつもおかしな妄想をしては、命の友達に嫉妬していた。

 なんとか話題を変えられないかと革は考えを巡らせ、腕時計に視線を落とす。針は終業時間の三十分前を示していた。


「みこと、そろそろヒサ様の所に戻って今日の報告をしないと」

「お、やっと帰れるな……という事で、じゃあな、子供達」


 命は子供達に手を振ると、子供達は声を合わせて「バイバイ」と言い手を振り返してから去っていった。

 革と命も天界神殿まで戻る事にし、歩みを始めた。


              ✝︎✝︎


「ただいま戻りましたヒサ様」

「ただいまヒサちー」


 ヒサの部屋へと赴いた革と命は、デスクで書類とにらめっこしているヒサへ帰還した事を告げた。

 革は大きな声でハッキリと告げ、命はまるで友達にでも話しかけるように気軽に告げた。


「おかえり。二人共街の見回りご苦労であった。――国民達からの相談や、何か問題等はあったか?」


 ヒサは書類から視線を外し、顔を上げ二人の顔を見た。二人はお互いの顔を見つめ合い笑っていたので、ヒサは「悪い事はなさそうだな」と安心をしながらも、二人がまた調子に乗って何かしでかしたのかもしれないと、少し嫌な予感もした。

 最初に口を開いたのは命であった。


「ヒサちー、俺……顔かっこいいって、褒められた」

「昨日の悪魔退治で、俺達の活躍が国民にも伝わった様で。――あ、俺も褒められましたよ! いやー流石大人になったあらた様だなー。最高かっこいいからなー」

「ほぅ……それは良かったな」


 悪魔退治をした奴を見て、誰が顔の事をかっこいいと言うのか。

 命がまた人の話をあまり覚えていないのだとヒサは感じていた。

 そして何かと大人になったあらた様だと自分の事をよくもまぁ何回も過大評価出来るものだと、ヒサは革の自意識過剰に、少しの感心を受けていた。


「その国民の言葉を力に、私達は日々仕事に励めるというものだな。ありがたい事だ」

「まぁ……かっこいいって言われたら、俺も少し……やる気出る」

「俺も、俺達を認められるのなら、そいつの力になってやるか! って気持ちによりなれます」


 いつだってその時の気分を優先する命と、いつだって自分達のやり方が第一の革らしい答えだとヒサは感じた。

 私的な考えばかりが多い様にも見えるが、何も革と命は他人が困ってる事を自分達の為だけに助けているわけではない。

 自分達が自分達らしくあれるのを筆頭に、自分達の力でみんなの力になりたい、助けたいと言う優しさも持ち合わせている。

 ただ、二人はやり方が荒く、自意識過剰が目立ち、それが全然伝わらない。


「お前達には、私も期待している。――だが、思い上がりは程々にしろ」

「俺は……俺の剣技が完璧だと思ってない。――だから大丈夫」

「俺もまだまだやれるので大丈夫です!」

「いや……そういう話では無いのだが」


 ヒサはここで何がどうだと説明したい気持ちにかられたが、デスクの上にある書類を思い出し「これをやらなければならない」と思い出し、長話になりそうなのでやめる事にした。

 書類の内容は昨日現れた悪魔に対しての報告書だ。どう対処し、その悪魔には何が有効だったのかを書き留めておくことで、もし再度その悪魔が現れた時や、同じ系統の悪魔にこちらが有利になる為の資料にもなる。


 悪魔退治と言っても、悪魔の存在を排除する=殺すでは無い。確かに殺すという手段もあるが、大体一度正体を表し、天界で暴れ、その後天界人に勝負で負けた悪魔は基本的にはもう一度天界に赴こうとはしない。

 なぜなら勝てないとわかっているからだ。

 デスクの上にあるその書類を見つけた革は、昨日の事を思い出し口を開いた。


「昨日来た悪魔は一匹だけでしたし、みことがすぐ退治してスムーズに対処出来ましたね」

「あぁ、私とあらたで国民の避難を促し、その間にみことに退治を任せたが、国民に何事もなく良かった」

「まぁ……弱かったし。――余裕」


 命が悪魔退治をする時は絶対に殺しはしない。ほとんどが街で騒いで建物を破壊したりしている悪魔が多いので、命はそれを見つけ次第、自分の刀を用いて戦闘する。

 命の戦いは速い。敵よりも圧倒的な力で押し切る戦法の為、相手が直ぐに戦意を喪失してしまう。

 身体能力も、剣技も研ぎ澄まされている命には、並大抵の相手では相手にすらならない。

 それほどまでに、命はこれまでの人生をほぼ剣術の鍛練に捧げてきた。時間が空けばすぐ素振りをしたり、身体強化の為腹筋背筋等は毎日欠かさず行っている。

 通っていた剣術スクールの誰よりも強く、ここではこれ以上自分の為になる鍛錬が出来ないと感じた為、高校一年の頃やめ、それからは友達と集まり自主練をして鍛えている。


 このタイミングで十七時の鐘の音が響いてきた。

 鐘は天界神殿の上の方にある鐘を鳴らしているもので、正午と十七時に鳴り、主にお昼と終業時間を知らせる鐘である。

 鐘が鳴り終わると命はその場で伸びをしてから、首を上下左右に振り、時計回りに回した。


「終業時間だ。あらた、みこと、本日もご苦労であった。明日も頼むぞ」

「はい! ヒサ様もお疲れ様です。明日もよろしくお願いします」

「はーい、おつかれー。ヒサちー、また明日ねー」


 革はヒサに一礼してから、命はヒサに左手をひらひら振ってから部屋を後にした。

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