第5話

 ヒサは革と命の前で足を止めると、警備隊の方へ向き一礼した。


 「ヒ、ヒサ様!?」

 「申し訳ない。――この者達は、私の新しい補佐だ。近々着任式を行う予定ではいるが、その時に二人の事は詳しく話すとしよう」

 「えっ!?」

 「ヒサ様の補佐!?」


 ヒサからの説明に動揺を隠せない警備隊の面々。

 刀を構えたまま微動だにしない命と、口を開けたまま微動だにしない革。


 「ヒサ様の補佐とも知らず、無礼な行い……お許しください!」

 「天界人と気づかず申し訳ございません!」


 先程までの態度と打って変わり、警備隊の面々は革と命の方へと謝罪の言葉を述べては一礼していく。そして足早に去っていった。

 ヒサは警備隊を見送ると、再度革と命の方を向き顔を見つめた。二人は目を丸くしながらヒサを見つめ返す。


 「君……なんで」

 「私は本当の事を言ったまでだ」

 「――みことの事、ちゃんと連れ帰れず申し訳ございません」

 「あらたがみことを追っていなければ、みことと警備の者達は全力で戦闘していた事だろう。――それを防げただけで、今回は十分だ」


 浮かない顔をする二人に対し、ヒサは溜息をついた。思う所が色々あるのだろうと察するも、ヒサは話を切り出していく。


 「警備の者達には、悪魔ではないと説明したのか?」

 「はい! でもあのゴミ共、俺達の話を全く信じず、みことに斬りかかりましたよ! 最低です」


 あの時の気持ちが再び湧き上がったのか、革は荒々しく話した。


 「――何故伝わらないのか、分かるか? あらた」

 「えっ」

 「これは私の推測だが……あらた、警備の者達にそのような態度で話したのであろう?」

 「――はい」

 「例え相手が間違えていようとも、始めから敵意を表す様な態度は、信頼を得られぬ。――故に、信じてもらえない。違うか?」

 「……」


 自分の態度が理由で、相手からの信頼を失ったり、敵意を向けられる火種になっていたという事に気付かされた革は、言葉を失い俯いた。

 その様子を見ていた命は、横から口を挟んだ。


 「あらたは悪くない。――俺が飛んだから、悪い。――ごめん……なさい」


 命はヒサに対してそう話すと、なれない敬語を使いながら一礼した。

 予想だにしない命の行動に、革とヒサはしばらく言葉を失ったが、ヒサは咳払いをしてから話を進めた。


 「みこと、お前の誠意や信念がどれ程強いものでも、相手に伝わらなければ、信じてもらえなければ、無駄になるとは思わぬか?」

 「――さっきの事で、思った」


 ヒサの指摘に、命は自分の未熟さを噛み締めていた。

 先程のやり取りを見て命が思ったのは「ヒサこの人の言うことは信じるんだな」という事。信頼があれば、自分の言う事を信じてもらえたのではないかと思った。

 認めさえしてもらえば、自分は悪魔の様な翼を持っていても、悪魔と契約していても、受け入れてもらえるのではないかと思ったのだ。煩わしい事を言われなくなり、自分は自分で居られる様になれるなら、命にとって喜ばしい事だ。

 そして何より、革にも迷惑をかけずに済む。

 その為には変わらなければならない。もっと努力しなければならないと理解した。


 「認めさせたい……俺が、俺でいる為に。――それには、何が必要なのか……教えて欲しい」


 命の話を黙って聴いていた革も、続けて口を開いた。


 「俺も……みことと同じ気持ちです! 俺を認めさせてやりたい。――ヒサ様、お恥ずかしながら、俺もどうしていけば良いのか見当がつきません。――ご指導の程、よろしくお願いします」

 「――では、話すとしよう。まずお前達に足りないのは、相手を思いやる気持ちと礼儀だ」


 いつもの二人ならば、すぐに口答えや弁解をするが、今は黙ってヒサの話に耳を傾けた。


 「相手を思いやる気持ちを持てなければ、お前達が他人から理解され、認められる事は難しいであろう。――礼儀もそうだ。わきまえない者の話は聞かれなくとも当然。誠意や思いを本気で伝える為には、それなりに礼儀を弁えろ」

 「はい!」

 「――はい」


 ヒサの眼を真っ直ぐ見つめ、勢いよく返事をする革を横に、命は静かに返事をした。


 「お前達は、自分の事で精一杯に見える。――だが、これからは大人にならなければならぬ」

 「大人……はい! なれます! 二十歳になったあらた様なら出来ます!」

 「大人になって、もっとかっこよくなれる俺……ふふっ」


 大人と言う言葉が、やっと二十歳になった二人にはかっこよく感じたのか、先程よりもやる気が窺える口ぶりだ。

 二人の様子に「大人にしては単純バカ」だとヒサは懸念を抱いたが、今水を差してやる気を無くされても困ると思い、口を噤んだ。


 「――では二人とも、仕事へ戻るぞ」


 三人は話を続けながら、朝集まったヒサの仕事部屋へと向かった。


              ✝︎✝︎


 指導を挟みつつ、仕事内容の説明が一段落した後、ヒサは革と命の事をより知る為に話し合いの場を設けた。

 談話室へと移動し、三人は面接日と同じ形で座った。


 「仕事を覚えて行く事も大切だが、私達がより理解し合うのも、仕事を上手く進める為にも必要だ」

 「そうだね」

 「みこと、口の利き方」

 「あー……そう、です……ね」


 何とか敬語を使おうとする命だが、直ぐにタメ口が出てはヒサから指摘を受ける。こんな調子では命と会話する事自体が、これから難しいのではないかとヒサは思っていた。

 どうにかならないのかと考えを巡らせた後、ある事を思い出した。


 「――みことは確か、意識障害であったな? その話、詳しく知っておきたいのだが、話してくれるか?」

 「――良い……です、よ」


 ヒサは命が意識障害が故に、会話等が難しいのでは無いのかと考えた。自分が頑張りたくても障害故に難しいのであれば、こちらも違う策を考えなければならないと思ったのだ。

 それからゆっくりと、命は自分の意識障害について話をした。

 まず命にとってなんてことない出来事は、意識からすぐに外れてしまい、記憶として残らないのだと言う。

 そして誰かが一緒に居て教えてもらわなければ、今日が何日で何曜日なのか、今何時なのかを理解するのは難しい。

 誰かと会話する際、内容に対して意識をしっかりと向けられず、まとめられない故に話すのが遅い事や、常にボーっとしており、誰かと会話をしていなければすぐに眠ってしまうと言う。

 服装を崩しがちである事も、敬語を常に話していられない事も、すぐに忘れてしまう事が主な理由だと言う。


 「――私の知識不足だった様だな。話してくれてありがとうみこと」


 ヒサが命の障害と真剣に向き合い、どうしたら良いのかと悩んでいると、革が口を開いた。


 「ヒサ様。――例えみことが上手く話せたり出来なくても、俺が代わりに話しをします。みことが何を話したくて、何を伝えたいのか、俺なら少しは分かります」

 「ふむ……まあ、それも必要になってくるであろうな。みこと、通院はしているのか?」

 「つういん?」

 「病院には通ってますかって事だよ」

 「あぁ。ありがとう……あらた。――えと、通って……ません」

 「それは何故だ? 治らない、マシにならない程に酷い……ものなのか?」


 ヒサは命の障害に対して慎重に話を進めていく。その声色や態度には、心配の色が窺える。

 対して命は変わらず、いつもの気だるげな様子で話を進めていく。


 「いや、その……悪魔との……契約……だ。――いや……です」

 「なんだと?」


 思いがけない返答に、ヒサは眉をひそめた。

 悪魔と契約をする為には、自分も悪魔に何かを差し出さなくてはならない。

 命が契約した悪魔は人の意識を喰らう者で、故に命は自分の意識を喰わせるかわりに、炎の力を借りている。契約をやめない限り、この意識障害は続いていくのだと、命は話した。


 「お前が悪魔と契約を結んでいても、その力で悪事を行って来なかった事と、これからもそれがないと信じ、私はお前を許しているが……その契約は、お前にとって本当に必要なのか?」

 「――必要だ」


 命はまっすぐヒサの眼を見てそう答えた。

 自分が障害で苦しむ事になってでも、周りから理解をされなくとも、自分の正義を守る為に、命にとってはどうしても必要な事だ。

 命がどうすれば話しやすいのか、何を気おつけなければならないのか等を話し合った結果、ヒサと命が了承した内容は「ヒサ以外の上司には必ず敬語を使い、服装の乱れを注意された際には、必ず正す」という事。

 何故ヒサには敬語を使わなくて良いのかと言えば、命にとっては敬語を使う事自体が難しい。重ねて、言葉が出てくるまでに時間がかかる。仕事中にこれからずっとそれでは、仕事も中々進まないと思い、命との会話がよりスムーズに行く様考慮した結果だ。

 服装は誰が毎日注意した所で、その瞬間しか覚えていられない事を理解した上で「必ず直してもらう」の結果だ。

 命が次の日そういう約束をしたという事実を忘れてしまっても平気な様に、ヒサは命と何度も確かめあった後、契約書を作成し、命もそれにサインをした。


「ありがとう……ございます」

「ありがとうございます! ヒサ様」


 席を立ち、革と命はヒサに対して深く一礼した。


「さて……次はあらただな」

「はい……」


 真面目な態度から一転、革は場が悪そうな顔をしてから視線を下に落とす。

 革は男の見た目や態度から既に嫌悪を感じる程の男嫌いであった。

 女に対してはそれなりに柔和な態度が出来るのだが、男に対してはどうしてもそれが難しい。「男は横暴で、いつも女を下に見ていて気持ちが悪い。ついでに言うと、おっぱいがないから価値がない」とまで思っている。

 これからは如何に男嫌いとは言え、上司には敬語を使い、国民等にも口の利き方を気おつけなければならない。

 革も今回の事で、自分の振る舞いで他人から信じて貰えない事は、これからの仕事に影響する事や、命にも沢山迷惑がかかる事、これからはヒサにも迷惑がかかる事だと反省した。

 困っている革の様子を見て、命が先に口を開いた。


「あらたが……男と上手く話せないなら、俺が……話をする」

「みこと……」

「まぁ、それで穏便に済むというのならば、そちらの方が良いかもしれぬな。それぞれ補い合うのは、良い事だ」


 革がどうすれば話しやすいのか、何を気おつけなければならないのか等を話し合った結果「喧嘩を売るような口調をしない様にする事と、話しにくいのならばみことに頼む」という事。

 革も契約書を制作し、それにサインをした。


「ありがとうございます!」

「ありがとう……」


 革と命は席を立ち、再度深く一礼した。

 ヒサはその様子に対して、少しの期待と大きな不安を抱いていた。

 やる気は窺えるものの、そんなにすぐ変われるものだろうかと。


「お前達、私の前でこれを違反した場合、国民や神から苦情が来た場合、再度私が指導、もしくは反省文を書く事を要請するので覚悟しておけ」

「うぇ……俺、文書くの……つまんねぇから嫌い」

「はい! 守れる様努力します!」


 朝から色々な事があり、これからどうなるのかと不安が渦巻いていた三人だが、今は少し安堵していた。

 これからどうなるのか、しっかりやって行けるのかという不安は「まだ一日目」という現実にかき消されていた。


 千里の道も一歩から。そう、これから始まるのだ。

 今日は三人でスタートする、第一歩目に過ぎない。

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