第4話

 革と命の内定は、学校中の話題をさらった。所謂問題児が名誉ある仕事に携わるというのは、前代未聞であったからだ。

 革の父や命の兄、数少ない友人達は大いに祝福してくれたが、その事実を認められない者達からは、毎日の様に小言を並べられたりした。

 二人は図太い。そんな小言に対して「現実受け入れられねぇとか、お前ゴミか」や「やめろよ……俺の顔がいいからって、嫉妬するなよ」等、小言を言う方が余計にストレスが溜まる返しをしては、何事もなくいつも通り学校に通い続けた。

 卒業はまだ先の事だと学校生活を謳歌していたが、秋、冬と瞬く間に過ぎ去って行き、卒業式を終え、新しい春がやってきた。


              ✝︎✝︎


 ――午前八時四十五分


 美神の補佐として今日から働く革と命は、ヒサの仕事部屋へと赴いていた。

 部屋は神殿内の三階にあり、長方形の大きな白塗りのデスクと、洋紅色の布地と煌めく金縁が目を引くアンティークチェアが一脚置いてある。

 デスクの上は整頓されてはいるものの、大量の書類が置かれており、ヒサの苦労がうかがえた。

 朝の挨拶を済ませた後、二人はアンティークチェアに座っているヒサとデスクを挟んだ目の前に整列し、ヒサからの指示を待った。


「あらた、みこと。本日から私の補佐として働いてもらう。改めて、よろしく頼む」

「ヒサ様にお力添え出来る事、光栄に思っております! よろしくお願いします」

「――よろしく」


 内定を言い渡した日から腑に落ちない言葉遣いが、今日もヒサを悩ませた。

 あの時はまだ部下では無かった為に口出しは控えていたが、もうその必要は無い。


「――みこと。お前は誰に対しても、その様な態度なのか?」

「え? うん。――俺は俺。特に変わる事は……ない」

「なぜそれで良いと思うのだ?」


 何故今になってヒサがその話をするのか、命は理解出来ずに目を丸くした。


「気兼ねなく話した方が……変に気を使わなくて……いいから」

「甘い考えだ、改めよ」


 命の意見を、ヒサは厳しい声色で非難した。その場には張り詰めた空気が漂っていると革は受け止め緊張したが、命はそんな空気を気に留める様子はなく、小首を傾げている。


「なんで? 俺は俺だ……周りは関係ない」

「関係ある。――私は、今日からお前の上司。お前の責任はこれから私の責任になる。お前が至らぬ所は、私の指導不足になる」

「――ははっ。自分がかわいいから……俺に文句……言うんだ?」

「納得がいかぬならば、理由を説明してやろう。――目上の者等に失礼な態度を取ってはならぬ。――何故ならば、敬語を使う事で敬意を表す。そしてお互いの立場を明確にする為だ」

「へぇ……」


 理解しているのかそうでないのか、命はヒサの指導に気の抜けた返事をした。

 命の態度にヒサの表情は険しさを増し、眉間には深いしわが刻まれていた。


 「お前……私の事を馬鹿にしているのか?」

 「馬鹿にはしてねーよ。……でも、俺と君……どちらが強いかって事、俺まだ知らねーし。――なんなら、俺と今から……戦ってみる?」


 一触即発とはこの事だろう。ヒサと命はしばらく無言ではあるものの、鋭い視線で睨み合っていた。どうにかこの空気を変えられないかと、革が思考を巡らせているそんな中で、静寂を最初に破ったのは命であった。命はその場で欠伸あくびをしながら、少し伸びをしたのだ。

 命の態度にヒサは深い溜息をついたまま俯き、口を開いた。


 「そんな事では仕事にならぬ。お前のせいで私のやる気まで失せるというものだ」

 「上司って……嫌な事は部下のせいに……するんだな。――覚えたぜ」

 「――不愉快だ。出ていけ」

 「はぁーい。さよならー」


 命はなんの躊躇いもなく身をひるがえすと、部屋から出ていってしまった。

 取り残された革は命を追いかけようと体をドアの方へと向けたが、直ぐにヒサの方を向き直し、深く一礼した。


 「申し訳ございません! みことの事、必ず連れ帰って参りますのでしばしお待ちください!」


 そう言い残すと、革は足早に部屋を後にした。

 ヒサは天を仰ぎ、二度目の溜息をついた。


              ✝︎✝︎


 気分を害したのは何もヒサだけではなかった。

 自分の事を理解した上で雇われたと思っていた命は、今更になって文句を言われたのが納得いかなかったのだ。


 「はぁー……気分悪ぃ。――窓から出てっちゃお」


 今は静かな場所で昼寝をしたい気分。そんな命は廊下壁にある大きな出窓から飛び出し、を広げると、神殿を後にした。


 しばらく上空を飛び、どこで昼寝をしようかとゆっくり辺りを見回していると、命の後ろから聞き慣れた声がした。声の主を即座に理解し、空中で一時停止した。


 「みこと! はぁ……はぁ。追いついた」

 「――俺が飛んでったって……よく分かったな。あらた」

 「そりゃ……一応分かるよ。はぁ、ふぅ……みことの事は、なんとなくね」

 「――そっか」


 必死になって後を追って来てくれた革を見て、命は薄く微笑んだ。

 乱れた呼吸を何とか整え、革は命の顔を真っ直ぐ見つめた。


 「――このままじゃ俺達、仕事させてもらえないぜ? どうするの」

 「どうするも何も……出てけって言ったの、向こう。――それに、俺は俺だ」

 「そりゃあ、俺だってみことにはみことらしくあって欲しいけど……。まだ一日目だぜ? そう上手くはいかないよ」


 自分は自分で居たいというのは、革も命も同じ。命は革よりも引き際が分かっていない事と、自己解決してしまう癖が災いし、相手とより一層分かり合えない。


 「――俺の事、認められないなら……辞めさせられる……のかな」

 「みこと……」


 真剣な面持ちで、命は不安を呟いた。

 何も仕事をこのまま辞めたいわけではない。これから革と共に、仕事を頑張っていきたいと言う思いは本物だ。ただ、一緒に仕事をする者に嘘をつきたくないという思いも、本物だ。

 命へ何を言ってやれば良いのかと考える革の思考は、急な警報音により阻まれた。


 「マジかよ……」

 「あらた……俺から離れるな」


 警報音が一定時間流れた後【悪魔目撃情報】という連絡が辺りに響き渡っては、また警報音が鳴る。

 

 「居たぞ! 悪魔だ」


 しばらく続いた警報音が止んだ上空に、その声は突如響き渡った。誰かがを見つけたのだ。


 ヒサ班の他にも、天界の街には警備隊が存在する。街で起きた小さな問題から大きな問題までを、それぞれ街個々の部隊が複数人で常時担当している。

 革と命の方へ向かって飛んでくる人達は街の警備隊であった。警備隊の面々は二人から一定の距離をとり、何やら話をしている。


 「一般人が一緒なのか」

 「逃げ遅れて人質にされたのでしょうか……可哀想に」

 「始めて見る悪魔ですね」

 「いつ仕掛けてくるかわからん。気を抜くな」

 「悪魔一人に対して、こちらは五人も居る。余裕だな」


 天界で起こる問題は様々存在するが、その中でも一番問題視されているのが悪魔の存在だ。

 主に悪魔は人を惑わし契約を持ちかけ、その人に力を与える。それにより力を得た人々が、悪意や憎悪で他人を傷つけたり困らせる事件が多発する。

 悪魔は負の感情を大変好み、それにより力をつけては、人をより困らせる。

 契約を上手く取り付けられなかった悪魔や、蛮族な悪魔は力を振るい、自ら人に害をなす。

 そんな悪魔の存在は、天界では見つけ次第排除の対象となっている。


 警備隊は話を終えると懐から双剣や片手剣を取り出し、二人の方へと構える。命もそれに対し臨戦態勢をとるが、革だけはその状況を理解出来ず、警備隊に尋ねた。


 「悪魔見当たらねぇけど……あの、すいません。悪魔どこですか?」

 「隣に居るでしょう!」


 革の心臓がドキリと大きく跳ね上がり、不安そうな顔で命の方へ視線を向けた。命はただ真剣な眼差しで警備隊の様子を伺っている。


 「先程神殿内の者から通報を受けました。天界に居るはずのない、黒い翼で飛ぶ悪魔を見たと……そこの悪魔! 人質を取るとは何とも卑劣な」

 「――ちっ、めんどくせぇなぁ」


 悪魔は基本的にを持ち、を着用している。

 命は黒が元々好きで、日常的に黒い服を着用している。そして翼は悪魔との契約により、天界人ではまず有り得ない黒に染っている。眼は赤くないものの、黒い服装に黒い翼を持つ命を見かけた者達には、悪魔だと判断されていた。

 その状況を理解した途端、革の中で怒りの感情が溢れ出した。


 「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!! みことは悪魔じゃねぇよ。――天界人と悪魔の見分けも付かねぇとか、どうしよもねぇゴミだな!」

 「あらた……」

 「あの一般人、悪魔に意識を操作されているのか……可哀想に」

 「一刻も早く救いましょう。我々の手で」


 革の思いも虚しく、警備隊の面々はその言葉を聞き入れてはくれず、臨戦態勢のまま命を睨みつけている。

 ――刹那、二人の目の前に警備隊全員が迫った。命に向かって三人が斬りかかり、残り二人は革へと手を伸ばしてきた。


(嫌だ!)


 革はその手を拒み、隣にいる命の腕にしがみついた。命は瞬時に革を横抱きし、身を翻して軽々と攻撃をかわした。


 「なっ!?」

 「指一本、触れさせはしない! あらたは、俺が守る」

 「みこと……」

 「作戦変更だ! 先に悪魔を五人で叩くぞ!」

 「――受けて立つ」


 いつもの命からは想像出来ない程に、冷静で真面目な態度へと変わる。

 命が左手を真っ直ぐ横に伸ばすと、淀んだ時空が現れ、そこから刀が現れた。その刀を慣れた手つきで握ると、四方八方からくる攻撃を目にも止まらぬ速さで一つ一つなした。

 束になってかかってきた相手の剣は全て、命からの攻撃により手元から弾かれていった。


 「つ……強い!」

 「このくらい……俺にとってはなんともない」

 「ふざけるな! 俺達は街の対悪魔班だぞ」

 「ふざけてんのは君達。――己の弱さ、受け入れろよ」

 「悪魔に負けるだなんて……屈辱だ」

 「俺は天界人だ」

 「――悪魔、何故私達を殺さない?」

 「だからさぁ……悪魔じゃねーし俺」

 「お、応援だ! 上級悪魔が現れたと、応援を要請しよう!」

 「――あーくそだりぃ……馬鹿みたい。――そんなに痛い目……みてぇの?」


 警備隊の誰一人として、命を悪魔ではないと信じる者は居ない。

 命はそんな現実に苛立ちを隠せずにいた。


 緊迫した空気の中、はっとして命は辺りを気にし始めた。

 音がしたのだ、風をきる音が。

 援軍が来たのかもしれないと思った命は深呼吸をしてから、刀の柄を握り直すと、音のする方へ体を向ける。

 どうやら一人だけの様だが、その人物が誰なのか分かる頃には、その場にいた誰もが目を丸くした。

 その人物がヒサであったからだ。


 「遅れてすまない」


 ヒサを前にした警備隊は全員、ヒサに向かって一斉に礼をし「お疲れ様です」と挨拶をした。

 その場の空気に取り残された革と命は言葉を失い、ヒサの方を眺める。二人はヒサが自分達を排除する為に来たのではないかと、嫌な方面へ考えを巡らせていた。

 礼を終えた警備隊の面々が、ヒサに対して話を始めた。


 「対悪魔班である私達ですら今、応援を要請しようと思案した所でした」

 「一般人が洗脳され、人質に取られている状況です」

 「大方上級悪魔です! どうか、お力添えをお願いいたします!」

 「――なるほど」


 ヒサはその場で瞼を閉じて、考えを巡らせる。

 先程の言い合いを踏まえ、ヒサにとっては自分が居なくなった方が国の為にもなり、名誉も守れるのでは無いかと命は考えていた。

 自分を守る為に他人を貶めるのは普通の事だと、命は鼻で笑うが、不安が渦巻く。そんな気持ちを誤魔化すかの様に、命は口を開いた。


 「――俺は、誰が相手だろうと退かない。美神だろうと……俺は立ち向かう!」


 その言葉を聞いたヒサは瞼を開くと、革と命の方へ距離を詰める。

 二人の心臓は大きく脈打ち、革の体は少し震えていた。

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