第3話

 担任教師から面接の日程が決まったと言う知らせを受けた革と命は、まるで子供の様に大いに喜んだ。

 面接日はまだ先の事だと毎日を過ごしていた二人だったが、それは瞬く間に過ぎ去り、気づけば当日を迎えていた。


 「うーん……今日も俺の顔が……いいぜ」


 命は洗面所に付いている鏡の前で自分の顔を見つめながら、お決まりのナルシスト発言をしていた。

 左前髪のはね具合をさっさと手ぐしで整えると、更に満足気な顔をした。


 「みこと、こっちおいで。ネクタイ締めてあげるから」


 洗面所と廊下を繋ぐ間から現れたのは、兄のかなめである。

 おっとりとした声色に、髪は綺麗な黒髪ロング。

 そして菖蒲しょうぶ色の優しい目をしており、所謂白皙の美少年だ。


 「あにぃ。今日も俺の顔が……いいんだぜ」


 命は要の事を「あにぃ」と呼び慕っている。

 だらしなく結んである命のネクタイを解き、要は会話を続けながら綺麗に締め直した。黒いワイシャツのボタンも全部閉めてやり、はみ出たシャツもズボンの中に閉まってやる。


 「はい、これでもっとイケてるよ。

 今日は大事な日だから、これくらいお兄ちゃんにも手伝わせてね」


 要は命に微笑みかけると、命は目を逸らし、気恥しそうな顔をした。


 「あにぃ。――俺もう二十歳。子供扱い……すんなよな」

 「えへへ。――みことももう二十で、今からお仕事先決める為に面接行くなんて、大きくなったなぁ」

 「――いってくる」

 「はい。いってらっしゃいみこと」

 「――服、なんか……変な感じ」


 服装に違和感を呟いたが、今はそれよりも革との待ち合わせが大事だと思い、そのまま歩を進めた。


 ――同時刻


 「髪よし。ワイシャツの襟よし。笑顔も……よし!」


 革は自分の部屋にある全身鏡の前に立ち、身嗜みを整えていた。


 「あらたちゃーん、支度は出来たぁ? お母さんがチェックしてあげるわよ」


 革の部屋へ様子を見に来たのは、シスター服を着た大柄の男性。――否、先程の発言からして女性とも言うべき男性は、革の片親である。

 歴とした男性ではあるが、訳あって女装をしている。

 ウィンプルを着用している為髪型は伺えないが、顔を見る限りは褐色肌で、スリットから伸びた力強い脚が目を引く。

 革の実家は教会を所有している。父は教会でシスターをしている為、大柄の男性がシスターの格好をしていてもおかしくはない。


 「朝からでけぇ声出しやがって、うるせーぞババァ!」

 「お母さんと呼べって言ってんだろうがクソガキ!」


 革は口が悪い。何故かと言えば父もまた、口が悪い。

 こうした言い合いは、最早二人にとっては日常である。


 「俺を誰だと思ってんだ? あらた様だぞ! 準備なんて昨日の夜からして、シュミレーションも鞄の中身確認も五往復はしたぜ」


 所謂ドヤ顔をした革は、父の顔を見てはっとした。先程の口の悪さは何処へ消えたのかと疑う程、父は優しい顔をしていた。


 「な、なんだよ」

 「――いいえ。あらたちゃんも大人になったねって。お母さん感慨深くなっちゃった」


 革は父からの言葉に気恥しさを感じ、それを隠すかの様に自分の右横に置いていた鞄に手をかけた。


 「う、うるせーな! 俺はもう行くからな」


 革は足早に部屋を出て階段を駆け下りると、玄関へと向かう。そして履きなれた白のショートブーツに足を通し、玄関のドアを押し開けた。

 外から差し込む夏の光に、目を細め歩みを進める。


 「あらたちゃーん! 頑張って来なさい! お母さん応援してるから」


 革の部屋のベランダから、父は大きな声でそう話し、大きく手を振った。

 革はそんな父の行動に足を止めた。そして深呼吸した後、父の方を向き大きな声で返事をした。


 「ありがとう! いってきます!」


 激励の言葉を胸に、革は歩みを進めた。


              ✝︎✝︎


 天界に存在する様々な神や美神は、皆天界神殿という場所で各々仕事をしている。

 ここに出入りを許されているのは、そんなお偉い達とその補佐だけである。


 「つ、遂にここまで来たんだな……俺達」

 「あらた……ラスボスに挑む前の……冒険者みたい」


 革と命は今、天界神殿の目の前に居た。

 神聖であり、天界人からしたら誰もが感慨深くなり、誰もが夢心地の様な気持ちになっても無理はない。だがそんな普遍的な考えに命は囚われていなかった。いつも通り気だるげな雰囲気で、声色にも特に変化はない。


 「みことはいつでもマイペースだよな。流石だぜ」

 「そう? よく分かんねーけど……ありがとう」


 そんな話をしていると、入口から人が出てきた。段々と二人の元へと歩み寄ってくる。

 その人物とは国民なら誰もが知っている偉人。美神の一人、ヒサであった。


 「お前達、本日午前九時から面接予定の者で相違ないか?」


 急に偉人から声をかけられた革は言葉に詰まった。マイペースな命も、美神を前に声が出ない様子だ。

 何とか意識を張り巡らせ、美神からの問に失礼のない様、革は返事をした。


 「はい! 相違ないです。私はあらたと申します。本日はお忙しい中、時間を割いて下さりありがとうございます。よろしくお願いします!」

 「よろしく……ヨロシクオネガイシマス」


 命は敬語に慣れていない為、タメ口が出そうになるも、前日から革や要に再三言われた「失礼な態度は絶対にダメ。タメ口も絶対にダメ」を思い出し、カタコトの敬語を話した。


 「あらた、今日はよろしく頼む。私の名はヒサだ。――隣の者、名はなんという?」

 「あ……えと。――みこと……です」

 「みこと、今日はよろしく頼む。私の名はヒサだ。――では、中へと案内しよう」


 革と命はヒサの案内により、天界神殿内部に足を踏み入れた。


 数分程館内を歩いた頃、ヒサはある部屋の前で立ち止まり「到着だ」と話すと、ズボンのサイドポケットから鍵を取り出し解錠した。そしてドアノブを握りドアを押し開けた。

 部屋の中には洋紅色の布地に銀縁の、いかにも高価そうなアンティーク調のロングソファーが対面で置いてあり、真ん中には白いひし形の大きなテーブルが置いてあった。

 ヒサは右側のソファに座る様二人に声をかけ、自分は左側のソファに座った。


 「失礼します!」


 元気よく返事をしてから、革はソファへと座った。命は特に何も言わず、難しい顔をしながらソファへと座った。

 返事をしない事を心配した革は命の顔を覗き込むが、視線は交わらない。


 「――みこと、心ここに在らずといった様子だが、どうかしたのか?」


 遂にヒサから命の事を指摘されてしまったと、革の心臓がドキリと大きな脈を打った。


 「申し訳ございません! みことは美神様を前に、緊張しているのだと思います。ね? みこと」


 どうにか自分がカバーしなければと、革はヒサにそう話し命に同調を求めたが、命の心は革の意見にすら納得いかなかったようだ。

 自分らしくない敬語や服装をする事に対し、違和感が拭えない命は、美神の事を考える気分ではなかった。

 命は急に席を立つと、俯きながら朝要がしっかりと締めてくれたネクタイを左手で緩めた。そして顔を上げ、ヒサの方に鋭い視線を向けた。


 「美神様。一つ聞きたいんだ……です。――仮に、俺達が……これから一緒に……仕事するなら……隠し事、なしだよな……ですよね?」


 急に何を言い出すのかと、ヒサも革も命の発言に対し、目を丸くした。


 「どうしたんだよ? ほら座りなって」

 「――座らない。黙ってて」


 いつも革に対しては大層優しく接する命だが、今は違う。真面目な声色だが突き放す様な命の言い方に、革も思う所があり、席を立つと命の方を向いた。


 「あのなぁみこと……これまでとは違うんだぜ? このお方は、偉大なる美神様だ。今までの大人達とは訳が違うんだ! 失礼な態度をとるな」

 「あらたって、そんなつまんねー事言う奴だったか? いつも……なんだかんだついてきて……くれたじゃん」

 「それは……」

 「落ち着け!」


 突如口喧嘩を始めた二人に、ヒサは一喝した。

 はっとして我に返ると、二人はお互いの顔を焦った様子で見つめた。


(俺のせいで、あらたまで失敗させちゃった……)

(俺がもっと上手くやれてれば、二人で働けたかもしれないのに……)


 その様子に対してヒサは深い溜息をつくと、テーブルの上に置かれていたクリアファイルから書類を取り出し、口を開いた。


 「お前達の話は、事前情報として少しは心得ている。それを踏まえ、私はお前達と面接する事を了承した。――さて、先程の問に私から返事をしよう。お前らが問題児であろうとも関係ない。全力でぶつかっていく所存だ。――そして、適している人材であれば採用する。以上だ」

 「――その言葉……待ってたぜ」


 命は口角を釣り上げ、妖艶な微笑みを浮かべた。

 ヒサからの言葉を皮切りに、黒いワイシャツのボタンを第二まで外し、ズボンの中に閉まっていたワイシャツをズボンの外に出した。その場で伸びをし、最後に首を上下左右に動かし回し終わると、ソファに座り直した。

 続けて革もソファに座り直す。命の事を考えると、思わず口元が緩んだ。


 ――やっぱり、みことはこうでなくっちゃ。


 もうどうにでもなれという気持ちで、革は命の態度や行いを咎める事をやめた。

 命が命でいる事は、それ即ち革にとっても幸せという事だ。


 「美神様が居ようと……俺は俺」

 「――良いだろう。これから書類に反って話を聞こうと思ったが、それはもう不要だ。お前達! 偽りのない自己紹介をして見せろ。――私は、お前達の真を受け止めた上で判定を下したい」


 この調子で内定は貰えないだろうと諦めていた二人は、突然の提案に目を丸くした。

 どうするかと頭を悩ませている革の隣で、命は先に口を開いた。


 「俺……頭悪い。剣術しか……やってこなかった。意識障害も持ってて……すぐ忘れたりもする。しっかりとした装いとかも、嫌い。――だけど……女装も苦手。――あ、あと……悪魔と契約してる」


 躊躇いもなく自分を明かして行く命の姿を、革はかっこいいと思った。


 「――でも、最高に顔がいいぜ」


 命はそう言い終わると、所謂ドヤ顔をヒサへと向けた。そんな命の勢いに続き、革も自分の事を話し始めた。


 「俺は男嫌いです! 自分もですが、普段は男装をしていて、女である事をあまり明かしたくありません。――家が教会なので元々シスターとして働くつもりでしたが、恋愛をしてはいけないという教えを破り、辞めました!」


 震え声で自分を明かしていく革を見て、命は珍しく満面の笑みを浮かべた。そして革の右手を、命は左手でそっと握った。


 「――でも、俺はシスターの頃に会得した、外傷を治癒する力が使えます。頭も良く物知りで、字も綺麗で……そして、最高に顔がいいです!」


 革がそう言い終わると、しばらく沈黙が続いた。

 メガネの位置が少しズレたのか、ヒサは咳払いと共に右手で位置を正すと、まず命の方に視線を向けた。


 「お前は何故、天界人の禁忌を破ってまで悪魔と契約した?」


 流石に悪魔と契約したと聞けば、ヒサが怒り狂っても無理は無いと命は身構えていたが、いざ投げかけられた言葉は予想よりも遥かに面白い内容であった。

 命は薄く笑った後、稀に見せる真面目な顔つきへと変わると、静かに口を開いた。


 「――俺の正義守る為だ」


 ヒサと革は、しばらく命の顔を見つめた。何故革も命を見つめたのかと言えば、真面目な命が実に魅力的だったからだ。

 ヒサは小さく「なるほど」と呟き、今度は革の方へと視線を向けた。


 「お前は何故、シスターの禁忌を破ってまで恋愛をした?」


 心にある守りたいものを思い浮かべ、革は真っ直ぐな目でヒサを見つめ口を開いた。


 「俺の正義を守りたいからです!」


 ヒサと命は、しばらく革の顔を見つめた。何故命も革を見つめたのかと言えば、一生懸命な革が実に魅力的だったからだ。

 ヒサは「なるほど」と小さく呟き、手にしていた二人の書類をクリアファイルへと戻すと、二人の顔を見つめた。その眼差しは鋭く、マイペースな命でも目が覚める程の緊張感を与えた。


 「――あらた、みこと。お前達の燃える正義と、自信を持てる程の才で、私の力となって欲しい。言っておくが、私の指導は甘くない。そして、この仕事も決して楽ではない。――それでも、私の力になれるか?」


 予想だにしない言葉を耳にし、革からは間の抜けた声が漏れた。


 「――えっ」

 「俺……はっきり言ってもらわないと、わからない。――それって、俺達が……ここで働いても……良いって事?」

 「そうだ。お前達が了承するならば、書類を制作させてもらうが?」


 言わずもがな、答えは同じだと信じている。


 「ありがとうございます! よろしくお願い致します」

 「――よろしく、お願いします」


 ヒサに対し、二人は深く一礼した。

 一人では絶対に成し遂げられなかった結果だと、繋いだ手から伝わる体温を実感しながら。

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