第17話
ホワイトキャンディに戻ってきてすぐ、わたしは、戻ろうと言った。
だけど。
「セキアが望んだことですから」
「でも、死ぬかもしれないんだよ!」
「……このままでは全員の命が危険にさらされてしまいます」
「だからって……っ」
「ワタシはAIです。そして、AIの仕事は仲間を一人でも救うことです」
それだけ、ハルミちゃんは言った。その表情は、いつもと違って、わずかに苦しげなものが浮かんでいるように見える。ハルミちゃんも、苦しんでいる。しなくないけど、そうせざるを得ない。
「セキアの行動を無駄にしないためにも行きましょう」
わたしはただ頷いた。どっちみち、わたしにはどうすることもできないのだ。
宇宙艇を動かすこともできない。
セキアのように運動神経がいいわけでもない。
なんて無力なんだろうか。
ホワイトキャンディが移動を開始すると、壁が透明になる。そうすると、白い宇宙船が真っ黒な生物に捕食されようとしている様子がよく見えた。
あの中に、セキアはいる。
何をするつもりなのか、わたしにもわかる。
食べている今、アロマニスを爆発させたら――。
わたしは、後方の壁に張り付いて、宇宙船がどうなるのかを見つめる。
そして、その時が来た。
宇宙船が中心から爆発する。生み出されたエネルギーが、宇宙船をねじり、よじり破壊していく。満足そうに体を揺らしていたスバル君だったものが、気が付いたように顔を上げたときにはもう、その体は眩いほどの閃光に包まれている。あまりにも強い光は、わたしの目を焼かんばかりに瞬く。
その光もゆっくりゆっくりと小さくなっていき、最後に残ったのは、宇宙空間の闇ばかり。
そこには何もなかった。
宇宙船も巨大生物もスバル君も、そして、セキアの姿も。
わたしは大声で叫んだけれども、それに答えるものはいない。
地球の向こうからは、隠れていた太陽が、宇宙人がいなくなって安堵したように、その姿をわたしたちの前にさらし始めるのだった。
夏休みはあっという間に過ぎ去っていった。
まず、世界は宇宙人の存在を知ってしまったために大混乱。宇宙船とか怪獣じみたバケモノとか、巨大な爆発とか、日本から伸びた白い電光とか……。いろいろな憶測が飛び交い、根も葉もないうわさが、人々の間で流行した。
政府のせいだという声が上がったが、正直かわいそうだと思う。実際には、政府がやっていたことではないし、実験というわけでもなかったんだから。
そういうわけで、宇宙人を知る人たちは、地球人の記憶を一時的に消去することにしたんだって。その方法は詳しく教えてもらえなかったけれど、電子機器を見ない方がいいよ、と言われたので、従うことにした。
あの現実味のない出来事を、忘れたくない。
みんなが忘れてしまうと、いつも通りの日常が帰ってくる。
ちょっとすれば、おばあちゃんが退院して、前みたいに叱られながら、お手伝いをすることになった。
でも、そこにはセキアはいない。
思い出すたびに、寂しさがこみあげてきて、叫びたくなった。
そして、今、わたしは新学期を迎えている。
九月にもなるのに暑い日差しが差し込める教室には、クラスメイトたちがいる。
「さて、二学期からお友達が増えますよ」
先生がそう言うと、転校生だ、とか、どんな子だろう、とクラスメイト達はわいわいがやがやと話し始める。わたしにとってはどうでもよかった。
入ってきてください、という言葉とともに、教室の扉が開いて、転校生が入ってくる。
クラスメイトが歓声を上げる。それにつられて、わたしは顔を上げた。
赤い髪を揺らして、少女が歩いてきていた。
その顔に、わたしは目を見開く。
名前の紹介をして、と先生が言い、それに従って、少女がチョークを手に取って黒板に名前を書く。
「あたしの名前は弓野――」
「セキア!」
反射的に、わたしは立ち上がっていた。クラスメイトの視線が突き刺さるけど、そんなことはどうでもよかった。
わたしはセキアへと近づいて、抱きつく。
「おかえり」
セキアを見上げると、笑みが返ってくる。
「ただいま」
赤髪少女は宇宙人 藤原くう @erevestakiba
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