第16話

 じきに、砕けた窓ガラスにシャッターが下りて行き、空気が抜けていくのも止んだ。


「助かったぜ。ハルミ――それとゆこも」


 セキアはわたしがやってきたことに、驚いているようだった。


 わたしが、別に、と短く返せば、慌てたように言葉の続きがやってくる。


「来たのがわりいってわけじゃねえよ。……意外だったってだけで」


「ゆこさん、お気になさらず。照れくさいから、そんなことを言っているだけなので」


 何も言わずに、セキアは外の方を向く。ハルミちゃんが言っていることは正しいのかもしれない。セキアにも、そういうところがあるんだと思うと、ちょっと嬉しくなる。わがままな女の子って思ってたけど、かわいいところもあるじゃん。


「なんだよ、その生暖かい目は……!」


「なんでもー」


「お二人さん」


「ん」


「なんだ?」


「あの少年が来ます」


 次の瞬間、宇宙船が揺れた。まるで、大きな何かが体重をかけてきたみたいな、一度の揺れ。


「船首カメラ起動します」


 割れた窓に、映像が浮かび上がる。そこに映し出されていたのは、タコのような、巨大な軟体生物だった。


 わたしは思わず尻もちをついてしまった。ぶよぶよしていて見ているだけで気分が悪くなってしまいそうな気持ち悪さが、その巨大生物にはあった。


「あ、あれはなに。スバル君なの!?」


「はい。擬態型宇宙人の一種とは思われます」


「んなことはどうだっていいんだ! このままだと食われるぞ!」


 食われる。セキアの言う通り、その軟体生物は長い触手をけだるげに伸ばし、アロマニスのビーム砲を引っこ抜いては、無数の口へと押し込んでいる。咀嚼するように体が震えている。このままいけば、武器だけではなく、宇宙船そのものさえも丸のみにしてしまいそうだ。


 あれが、スバル君だなんて信じられないけど、とにかく逃げなきゃ。


 わたしたちは操舵室を飛び出すように出た。


 廊下を走りながら、これからのことを相談する。


「ホワイトキャンディで来たんだよな?」


「そうです」


「じゃあ、あれに転送してもらえば脱出自体はできるか。問題は……」


「この宇宙人ですね」


「ああ。今ある武器じゃどうしようもねえ」


「この宇宙船のじゃダメなの?」


「もうほとんどのこっちゃいねえんだ。最強戦艦だって、ほかのやつらは言うが、整備されてねえんだ、どこもかしこもボロボロだし、ガス欠寸前なんだよ」


 通路が揺れる。バランスを崩しそうになりながらも、わたしたちは必死に走る。


 最初にやってきた場所までたどり着くと、その広大な空間のいたるところに戦闘機が転がっていた。船が揺れたことによって、転がってしまったに違いない。それを眺める余裕は、わたしにはなかった。


「ここが、宇宙艇の真上です。転送準備完了しています」


「ああ」セキアは何事かを考えていた。「わかった」


 わたしたちは光の輪に包まれる――。


 その直前で、セキアが光の外に出た。


「セキア!」


「わりぃ。やっぱあたしは逃げるのイヤだわ」


「そんなこと言ってないで早くっ!」


「自分のケツは自分で拭わねえと」


「……本当にそれでいいのですか」


「いいに決まってんだろ。AIが口出しすんな」


「なら、いいのですが」


 ハルミちゃんが、わたしの手を掴む。顔を見れば、ゆるゆると首を振っていた。――諦めろと言わんばかりに。


「ゆこのこと頼んだぞ」


「もちろんです」


 そのやり取りを最後に、セキアが光にかき消されていった。


 わたしは叫んだが、その声が届くことはなかった。

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