第7話
今日は、おばあちゃんのお見舞いの日。ほしのゆの仕事はお休みにして、朝から病院へ。
バスに揺られること少し。大きな建物――月見総合病院が見えてきます。
わたしのおばあちゃんは、この建物の整形外科ってところに入院してる。牛乳瓶が入ったケースを持ち上げようとしたときに、ぎっくり腰になっちゃったとか。おばあちゃんは別に入院するほどじゃないって言ってたけど、額には冷汗が浮かんでて痛そうだからって、お父さんが入院させたんだ。
ちょっと迷いそうになりながら、やっとのことで、おばあちゃんが入院している病室までたどり着いた。
「おばあちゃんー? わたしが来たよ」
「ゆこは相変わらず声が大きいねえ」
別に大きくないよって返事しながら、わたしは扉を閉める。
広くはない個室に、ベッドが一つ。そこに、おばあちゃんが丸まるように横になっている。そんなおばあちゃんは体を起こそうとして、いたたたたっ、と声を上げていた。
「無理しないで」
「これくらい、昔はできてたんだけど」
「年なんだって」
「ゆこに年のことを言われちゃあ、かなわんね」
なんて言いながら、おばあちゃんは体を起こし終えた。わたしが何を言っても、聞いてくれるような人じゃないっていうのは、ほしのゆのお手伝いをしてる時から知ってた。すっごく頑固なんだ。でも、他人には優しい。お手伝いをしているときは別だけど。
わたしは、テーブルの上に、買ってきたものを並べる。近所の和菓子屋さんで買ってきたおまんじゅう、果物屋さんのイチオシのバナナに、えっとほかには……。
「ちょっと買いすぎやしないかい」
「だって、一週間くらい入院なんでしょ? これくらいあってもいいかなって」
「私は団子よりも花がよかったんだけどねえ」
「だんごなんてないよ」
「……ものの例えっていうものを知らないのかい、この子は」
お見舞いのために持ってきたものを並べると、テーブルはすっかり埋め尽くされていて、モノの置き場がなくなっちゃった。お見舞いのためのお金を全部使ったんだけど、ダメだったのかな……。ちょっぴり暗い気持ちになっていると、そんなことはないさ、とおばあちゃんが言った。
「もっと考えて買いなさいってだけさ」
「うん。次からはだんごを買ってくるようにするね」
「……本当に分かってるのか、不安だよ」
「それより、おばあちゃんに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい。わたしに答えられるようなことなんてほとんどないだろうに」
「セキアって知ってる、よね?」
わたしは恐る恐る聞いた。窓から差し込む光に照らされたおばあちゃんの顔は、いつもと変わらず元気でつやつやしている。かさかさした唇から、ため息が出た。
「カードを出してごらん」
「う、うん」
わたしはポケットに入れたカードを取り出す。宇宙人の姿を見たくなければ、表に出さなければいいんだって、ハルミちゃんが教えてくれた。見えないものは存在しないに等しいからって。ハルミちゃんが話してくれることって難しくてわかんないや。
おばあちゃんはカードを取ると、まじまじ見つめている。もしかして、勝手なことをしちゃって怒られちゃう……?
ドキドキしながら待っていると。
「写真うつり悪いわねえ」
「べ、別にいいじゃん。それは急に撮られたからで」
「ゆこも基地に入隊するだなんて思わなかった。……何かしでかしたんじゃないだろうね」
おばあちゃんの目が鋭くなる。こういう時のおばあちゃんはすごく怖い。お菓子を勝手に食べたこととか、お手伝いをさぼっていたこととか、すぐに気が付かれちゃう。
背中に汗を感じる。
どうか気が付かれませんように。
「どうせ、煙突でも登って怪我したのでしょう」
「そ、そ、そんなことするわけないじゃん」
「声が震えているわ」
わたしは口をぎゅっと閉じる。おばあちゃんが、ころころと笑った。
おばあちゃんは、カードをおまんじゅうの上に置く。それをすばやく取って、ポケットの中へ。
「別に取り上げないから安心して」
「お、怒らないの?」
「エントツに登って、怪我とかしてたら怒るかもしれないわね」
「…………」
「でも、誰かに強制されたことじゃないんでしょう? 自分で決めたことなら、まあいいんじゃない」
「うん。自分で決めた」
「ならよし。だけどね、基地の一員になったからにはちゃんと働かないといけないよ」
そう言われて頭をよぎったのは、お手伝いをしているときのこと。少しサボっただけで、めちゃくちゃ怒られちゃう。いつもの穏やかなおばあちゃんから想像できないくらい、厳しいんだ。お母さんも怖いけど、おばあちゃんはもっと怖い。
わたしはひきつったような声しか出なかった。
「それはそうと、セキアの話だって?」
「う、うん。お見舞いもだけど、そのことも聞きたくて」
「本人に聞けばいいじゃないか」
「だって教えてくれないんだもん」
「へえ。あの子がねえ」
「仲よかった?」
「全然。むしろ、犬猿の仲って感じで、よく睨みあってたものだよ」
「わたしもそうだよ。運動できないくせにってバカにされる」
「何も変わっちゃあいないんだねえ。私も同じことを言われたよ」
おばあちゃんを見ると、窓の外へと目を向けていた。青い空に、どっしりとして入道雲が浮かんでいたけど、おばあちゃんの黒い眼は、どこか遠くを見ていた。
「おばあちゃんはどうしたの?」
「悔しくて悔しくてね。特訓したんだ。そうしたら、宇宙人と張り合えるようになってしまってねえ」
「宇宙人って、セキア?」
「それ以外もだけど、想像に任せるよ」
想像の中のおばあちゃんは、手ぬぐい片手に、タコのような宇宙人をちぎっては投げちぎっては投げしている。……おばあちゃんならありえそうなのがちょっと怖い。
「おばあちゃんって、子どもの時にセキアと会ったんだよね?」
「そうさ、あれはゆこくらいの歳のころだったか。光が空から降ってきたの」
「流れ星みたいに?」
「私も最初は流れ星だと思ったさ。でもそれは、どんどん大きくなって、私がいた山に落ちてきた」
「昔は山なんてあったの?」
「そりゃあもう。野イチゴやアケビを両手いっぱい抱えられるほどにね。でも、開発でなくなった。基地をつくるためにはしょうがなかったのさ」
「どうして基地をつくったの?」
「空から宇宙人が来たってことは、もう一度来てもおかしくはないだろう?」
「そのためにってこと」
「もちろん、セキアと話をして決めたことさ。いや、違うか。あの子はバカだったから、宇宙船に搭載されていたハルミと話をしたんだ」
わたしはおかしくて笑っちゃった。七十年も前から、セキアはバカ扱いされてたんだ。セキアの顔を思い浮かべながら笑い続けていたら、おばあちゃんに睨まれた。
「笑いごとじゃないよ。ゆこだって、テストの成績は下から数えた方が早いと聞いているけれど」
「うっ。でも、あそこほどじゃないよ」
「そりゃあそうかもしれないけどね。その代わり、セキアの運動能力は、地球人の何倍、いや、何十倍さ。宇宙には、そんなのがごろごろいて、地球へとやってきている。そういうわけで、私は日本の偉い人をはじめとして、世界中の偉い人に声をかけて回った。もともと、宇宙人自体は目撃されていたから、組織を立ち上げること自体は難しくなかった。仕事することになるかは別にしてね」
「どういうこと?」
「宇宙人に侵略されるかもしれないぞって創った組織だけど、侵略されたことなんか、一度もないってこと」
「わたしはない方がうれしいけど」
「私だってそうさ。でも、組織としては困るのよ。ほら、私の息子がいるでしょ。あの子ったら、休日ってなるとぐーたらしているでしょ。あんな感じ」
だらけていると叱られちゃうっていうのは理解した。だって、お父さんの話をしてるんだもん。
「政府から援助してもらえなくなってきちゃってねえ、それで始めたのがほしのゆ」
「お金がなかったから始めたんだ……」
ちょっとショック。もっとこう、やりたいから始めたんだ、とか温泉を掘り当てたからとか期待してたのに。
おばあちゃんは苦笑交じりに言葉を続ける。
「ま、それだけではなくて、隠れ蓑って面もあるのだけれども」
「何から隠れているの?」
「そりゃあ人々と――」
そこまで言ったところで、おばあちゃんは口を閉じてしまった。この話はまた今度、おばあちゃんは疲れちゃったよ、と言うけど、途中で話を止められちゃうと気になってしょうがないよ。教えて教えて、とわたしはベッドにしがみついてお願いしたけれど、おばあちゃんは最後まで教えてくれなかった。
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