第6話
その日から、わたしは第42宇宙港月見基地の司令官代理補佐として仕事を手伝うこととなった。
といっても……。
「これじゃあいつもの仕事と変わんないよ」
嘆きの声が、銭湯のエントランスへと響いた。
わたしがいるのは番頭さん――店の主のこと――が座る番頭台。最近の銭湯はフロントに代わってるらしいんだけど、うちは昔っからのこのスタイルを捨てていない。というか、おばあちゃんが断固拒否しているのだ。なんでもこっちの方が居心地がいいのだそうだ。
正座をして何とか座れるような狭いスペースの周りに、料金箱があったり、せっけんやタオルなどのお風呂に入る際に必要なものが並んでいる。座ってみると、おばあちゃんが言う通り、居心地がいい。押し入れの中に入ったときみたいな感じ。
「文句言う暇があったら、仕事しろ」
なんていうのは、セキアだ。下であった時とは違い、その姿は昔ながらの作業着――作務衣というらしい――を身にまとっている。ちなみにわたしも同じものを着ています。
司令官代理補佐として任された仕事は、ほしのゆの番頭として働くことだった。
えっ、と思った。どうしてこんなことをしないといけないんだろう。わたしたちの仕事は、悪の宇宙人とビームライフル片手に戦うことなんじゃないのって。
ハルミちゃんにそう言ったら、すっごい棒読みの笑い声が返ってきた。
「悪の宇宙人なんて、今じゃほとんど見ません。銀河警察がいるって言いましたよね? 彼らはサイキッカーを動員して、悪事を未然に防いでいるのです」
「じゃあ月見基地の仕事って……」
「はい。もっぱら観光にくる宇宙人の案内ですね。実に平和なものですよ」
ということで、わたしは番頭として働いているってわけです。
はあ……。
もっと派手なことができると思ってたのになあ。
はちまきをしたセキアは、右手にちりとり左手にほうきを持って、掃除をしている。熱心にやっているけども、掃く力と勢いが強すぎて、ほうきが動くたびホコリが舞った。
「もうちょっとゆっくりしてよ」
「んー。そうだな」
「それに、真ん中ばっかやって、隅っこの方にホコリが残ってるよ」
「わかってる」
「さっきからそればっかりじゃん」
「うるせえなあ。あんたはあたしの母ちゃんか」
「…………」
セキアを睨むと、睨み返された。
近所のおばちゃんが料金を払いながら、仲がいいのねえ、と言った。よくありません、とわたしは返事する。すごく恥ずかしい。
『ちゃんと仕事してくださいね』
左耳に装着したイヤホンから、ハルミちゃんの声がする。ハルミちゃんはここにはいない。地下の基地で、宇宙人たちの案内をしている。ちょっとうらやましいなって思いつつも、昨日見たにょろにょろでてかてかの宇宙人と話をするのは大変なのかなって思ったりもする。
『はなさんが帰ってきたときに怒られるのは、お二人なんですから』
「どうしてだよっ」
「そりゃあ掃除しないからでしょ」
「あんだと。ちゃんとしとるだろうが」
「どこが」
『ケンカばかりしていたら、報告いたしますよ』
「それは……ずるいだろ」
がっくりと肩を落として、セキアが掃除をし始める。わたしも、暑い中いらっしゃったお客さんに挨拶する。
季節は夏真っ盛り。わたしがこうして、朝からほしのゆで働けるのも、夏休みで学校がお休みだから。おばあちゃんがぎっくり腰で入院しちゃったのが、夏休みに入ってすぐのこと。その次の日には、わたしはエントツに登って、落ちちゃった。
それで、宇宙人がたくさんいるってことを知った。
夏休みが始まってまだ数日しかたってないのに、すごい時間が経った気がする。いろいろなことがあったなあ、なんて思い返してみたり。
と。
すみません、という声がした。たぶん、石けんか何かを買いたいんじゃないかな。わたしはそちらの方を向く。
声はしたけど、人の姿はない。
「あの、聞こえてますか」
やっぱり声がした。耳をすませてみると、番台の下の方から聞こえてきていた。わたしを身を乗り出して、のぞき込んでみる。
ネコが立っていた。立ってたといっても、四足でっていうわけじゃない。後ろ足で人間のように立っていたのだ。
わたしはその場に固まってしまった思う。昨日も見たけど、あの時は、おかしいなって思ってたから、すんなり受け入れられていた。でも、今日は違う。そこらへんに人間がいる。基地の人間じゃない、近所のおじいさんおばあさんがすぐ近くのベンチでくつろいでいる。
わたしは目をこする。こすってこすって、まぶたを開いても、そこにはやっぱり二足歩行するネコがいた。
「あの、何か?」
「あ、えっとそのう」
と、その時、またしても客。今度は普通の人間で、安心した。……いや、待って。二足歩行するネコちゃんが見られてしまうのでは。
なんて、慌ててしまったわたしに、壮年のお客さんは一瞥をくれるだけで、お金を払うと、さっさと歩いて行ってしまった。
「よかったあ」
『よくありません』
「うわっ」
『朝に説明したはずですが、カードを持っている存在にしか、宇宙人の姿は検知できません』
わたしの胸元には、カードケースがぶら下がっている。ケースの中には、今朝ハルミちゃんからもらったカードが入っている。見た感じは、顔写真が付いただけの名札。でも、実際には、ボイラー室の先にある基地へ続く扉を開けるためのキーなのだ。そして、宇宙人が見えるようになるっていう効果もある――っていうのを、今まさに思い出した。
「そ、そんなことも言ってたね。っていうか、わたしのこと見てるの?」
『カメラ越しですけどね。じゃないと、セキアさんは仕事しないので』
「するわっ」
『セキアさんのことは置いといて、とにかく、普通にしてください。接客しても、変に思われたりはしませんので』
カードは持っている常識を改変するとかなんとかかんとか、ハルミちゃんは言ってたけど、わたしにはよくわかんないから、無視して、ネコちゃんへと向きなおる。しっぽがピンと伸びてて、ご機嫌ななめ。
「ご、ごめんなさい。何ですか?」
「料金箱に届かないので受け取っていただけますか?」
「は、はい」
ネコちゃんの手には百円玉が三枚。めいっぱい体を伸ばして、掲げる姿は、すごくかわいい。きゅんとなりながら受け取ると、ネコちゃんは頭を下げて、更衣室の方へ走り去っていった。
「あれも宇宙人なんだ……」
『はい。ネコ型宇宙人は、この銀河においては普遍的な存在であり、古来から地球にやってきています』
「だから、ネコの考えてることってわからないのかなあ」
「話をするのはいいけど、ちゃんと仕事しろよ。あと、宇宙人だからって差別すんな」
「……セキアにだけは言われたくないんだけど」
ああん、とセキアが怒りの声を上げるけど、わたしは無視する。いちいち怒っていたら、キリがない。
今日はただでさえお客さんが多いんだから。
わたしが、おばあちゃんのお手伝いしていた時の倍以上、お客さんは来てるんじゃないだろうか。夏休みはじめとはいっても、休みなのはわたしたちみたいに、学校に通ってる子だけじゃないかな。
たぶん、最初から、この量だったんだ。わたしには見えてなかったし感じ取れもしなかっただけで、おばあちゃんは、この量のお客さんを――それも明らかに人間じゃない存在を――相手にしてた。いつも、番台に座って、お茶をすすってるからのんきでいいなあって思った。うらやましいと思ってたけど、とんでもない。
のれんを、身をかがめるようにして、お客さんがやってくる。手で払いのけたらいいのにって思って、そのお客さんの背に驚いてしまう。すっごく背が高い。わたしの二倍くらいありそう。手を伸ばしたら、天井に届いてしまいそうだ。
宇宙人というよりは妖怪みたいだったけど、とにかく。
この仕事って思ったよりもずっと大変かもしれない。
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