第3話
「さてそれでは第一回司令官代理選抜試験を始めましょう」
「何言ってんだこのAI」
わたしたちがいるのは、真っ白な部屋。上を見ても下を見てもどこを見ても、真っ白でシミ一つない。天井からは病的な白の光が降り注いでます。あまりの白さに目がちかちかしちゃうほど。そのほかの色も持ったものっていうかそもそも何もない。
「ここで試験をするんですか?」
「はい」
「机とか」
「もちろん用意しますが、先に運動神経を確かめましょう」
「や、それよりもほかにつっこむところがあるだろ! なんだよ選抜試験って。あたしが司令官代理だぞ」
「わかっていますが、そういえばテストをしていなかったことを思い出しまして」
「テストなんてあんのかよ」
「今ワタシがつくりました」
「おいっ!」
セキアが、ハルミちゃんをどつこうとする。だけどその手は、華奢な体を突き抜けていく。ホログラムだから、触れることはもちろんどつくことだってできはしない。セキアが舌打ちする。仲がいいのか悪いのかわからない。
ハルミちゃんは部屋の奥へと歩いていく。その指先が触れると、真っ白だった壁にいくつかの文字と画像が浮かび上がる。
「試験の内容ですが、大きく分けると運動テストと頭脳テストの二つです」
「うわあ、体力測定みたい」
「有事の際は宇宙人と戦わなければいけないので。でも、そんなことはほとんど起きませんし、何より子どもですから無理はさせませんよ」
「おいっ。子どもだからって手加減はすんなよ」
「もちろんです。正確に測定します。それはさておき、セキアさんこそ本気出してくださいね。手加減したらクビですから」
「……わかってらあ」
そこからがもう、大変だった。
わたしは体力測定をやらされた。上体起こしとか長座体前屈とか握力測定とか……。一番きつかったのは、やっぱりシャトルランだった。あの間延びしたドレミファソラシドを聞くだけで、気持ち悪くなってきちゃう。どうして、急かされながら行ったり来たりしなきゃいけないんだろう。
二十回くらいで床へへたり込む。わたしはもうへとへと。心臓はドキドキしていて、汗は次々噴き出してくる。でも、セキアは楽々走り続けていた。
「この程度でやめるのかよ」
なんて、わたしに言えるほどの余裕がまだあるみたいだった。それからもずっと走り続けて二百を超えたところで、音がやんだ。
「まだ走れるんだが」
「これ以上は時間の無駄でしょう。成人女性の平均を優に超えています」
「ふうん。だらしないんだな」
その言葉は、明らかにわたしへと向けられていて、むかつく。
セキアはほかのテストでも、見たこともないような成績を叩きだしていた。運動系のクラブに入ってる男子でもそんなに体力はないし、握力もなかった。
「セキアってバカ力でバカみたいに体力があるんだねっ」
「……それ褒めてんのか?」
「次は、頭脳のテストです。筆記試験なので少しお待ちください」
ハルミちゃんが消える。同時に、部屋の扉が開いて、ロボットがテーブルを抱えてやってくる。これは映像か映像ではないのか。わたしはそのつるりとした肩をつついてみる。
コーンと車を叩いた時のような音がした。
「危険ですので、おさわりは厳禁でお願いします」
「へっ? ど、どうしてハルミちゃんの声が」
「このロボットを操作しているのはワタシですから。ちなみにほかにもロボットはありますから、いつか機会がありましたらお見せいたしましょう」
どんなロボットが来るんだろう。うねうねしたのだったらイヤだなあ。さっきの女の子の姿をしたロボったなら友達になれそうだけど、手をつないだりしたら硬いんだろうか?
そんなことを考えているうちに、二つの机が並べられた。学校で見るやつだけど、これって学校でしか見ないのに、どこで用意したんだろ。
机に座る。隣を見ると、セキアも同じように腰を下ろしていた。そこだけ見ると、わたしのクラスメイトって感じだけど、走る姿はアスリートみたいだった。
「なんだよ」
「すごい似合ってるなって」
「幼稚ってか」
「違うよ。かわいいってこと!」
「お話し中すみませんが、テストを始めます」
始めますと言われて、机の上を見ると、紙があった。開いてみると、名前を書き込むところといくつかの問題があった。本当にテストみたいで、頭が痛くなってくる。体力テストよりは好きだけど、どっちかっていうと、嫌いだ。
解けるところから、答えを書いていく。わからないところは適当に埋めよう。
カリカリカリカリ。
とりあえず全部埋めたけど、セキアはどんな調子だろ。隣を見れば、机に突っ伏して眠っていた。とっくに終わったってことなのかな。
わたしがシャーペンを置くと、もういいのかな、というハルミちゃんの問いかけ。頷くと、テストの答え合わせが行われる。机の紙に光が降り注ぐ。ふむふむとハルミちゃんが呟いていた。
「ゆこさんは五十点」
わたしは胸をなでおろす。よかった赤点じゃなくて。学校のテストじゃないにしても、赤点を取ってしまうのはすっごく恥ずかしいから、そうじゃなくて本当にうれしかった。
隣のセキアはいびきをかいていたけど、どこからともなくやってきた電撃にあてられて、勢いよく飛び上がっていた。
「なにすんだっ!」
「解答します。邪魔ですからどいてください」
セキアは舌打ちしながらも、上体を起こす。ぺかーっと光がセキアの答案を包み込み。
「セキアは0点です」
「れ、0点?」
「わ、悪いかよ。わかんなかったからしょうがないだろっ」
わたしはセキアの紙を取る。あっ見るなよ、という焦ったような声が聞こえたけど、わたしは無視してプリントを見た。
丸付けされているわけじゃないから、ざっと見だけど、ほとんど間違ってる。たぶん、0点じゃなかったとしても、5点とかじゃないかな。同じ問題だったから、わたしのと見比べたら、もっとよくわかるに違いない――その前に、セキアに奪い返されてしまった。
自分のテスト用紙を抱えるように隠そうとしているセキアを見てると、なんだかにやにやしてきちゃう。
「な、なんだよ気色悪い」
「わたしよりも点数が低いって思わなかったから」
「バカって言いたいのかっ!?」
「そこまでは言ってないじゃん」
「一緒みたいなもんだろ! それに、こんなん、生きていくためには必要ねーしっ」
「それは同意見だけど……テストの点数よくないと叱られちゃうよ」
おとうさんはそんなに怒らないけど、おかあさんはめちゃくちゃ怒るんだ。その時のおかあさんっていったら、鬼みたい。本人の前では絶対言えないけど、角が生えてるんじゃないだろうか。思い出しただけで体が震えてきた。
「ゆこも大変なんだな」
「他人事ですが、貴女の成績も大変なものですよ」
「うっさいわ」
「いや、本当に大変ですよ。ちょっとくらい悪くても見逃すつもりでしたが、ここまでとは思いませんでした。それ、小学生の問題ですからね?」
「だって」
「地球人ではないから、なんて言わないでくださいね」
「え! 地球人じゃないの?」
驚きの事実に、わたしはセキアを見る。隣に座るセキアは、わたしが知ってる宇宙人とはかけ離れている。どこからどう見ても、地球人。わたしと同じ小学生だ。そうやって見ていたわたしを、セキアは呆れた顔で見返してきた。
「……さっきのでわかんだろ」
「セキアさんのシャトルランの記録は成人男性をも上回っています」
「そ、そうなんだ。すっごく運動神経がいいのかなって」
「運動神経だけじゃねえが、すげえだろ?」
「バカってさっき思っちゃったけど、地球のこと知らなかっただけなんだね」
「やっぱバカにしてんだろ! あたしはあんたよりもずっと年上なんだぞ!」
「嘘だあ。わたしと同じ身長じゃん」
「年取らねえの!」
「言い合いするほど仲良くなったなんて、管理AIとして嬉しい限りです」
「なに母親面してんだ!」
「一緒に地球へとやってきた仲じゃないですか」
騒がしく言い合っている二人を見ていると、本当に仲がいいんだな、と思う。ちょっとほほえましい。
「なんで笑ってるんだよ」
「いくつか知らないけど、見た目と同じで子どもっぽいなって」
「はあ? あんたの方がよっぽど子どもっぽいわっ!」
「子どもだから当たり前ですー」
「はいはい。ケンカはそこまでにしてください。最後のテストを行いますよ」
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