第2話

 赤髪の女の子に手を引っ張られるまま、わたしは真っ白な通路を歩いていく。よく見てみるけど、つなぎ目とか、案内とかはない。病院とかなら、小児科はこちら売店はあちら、って書いてあるよね。


 じゃあここはどこなんだろ。


 聞いてみても、先を進む女の子は答えてくれないし、ハルミちゃんは肩をすくめて「司令官代理が話すなと言っていますので」と言った。


「そういえば、なんていうの?」


「セキア」


「セキアちゃんね。わたしは――」


「知ってる。ゆこだろ」


「どうしてわたしの名前を」


「別にいいだろ。あと、ちゃん付けすんな」


 手を引く力が強くなった。心なしか、セキアの歩くペースが速まって、わたしは駆け足になってついて行く。


 二人分の足音だけが、純白の通路に反響する。


 まもなく、通路の終わりが見えてきた。ぱっと見だと、それが扉だとはわからない。遠目からだと行き止まりにしか見えなかったけど、近づくと、長方形の線が入っているのがわかった。


「これが扉なの」


 わたしの言葉に、セキアが口角を上げた。


 小さな手が、ぺたりと付けられる。線が光り、区切られた場所が横へとスライドしていく。本当に扉だったんだ、と驚いていたわたしの前で、セキアが手で促してくる。


「お先にどうぞ、お嬢様」


「…………」


 なんだかバカにされているような気がしないでもなかったけれど、その先の空間が気になってもいて、促されるままにわたしは一歩踏み出した。


 扉の先には広い空間が広がっている。確かに、多くの人が行きかうそこは、空港とかのターミナルだった。でも、行きかっているのは人間だけじゃなかった。つるつるとした銀色のこども。キャリーケースを転がすひょろりとしたナナフシ。二足歩行する猫――あ、見られてることに気が付いて、四足歩行でどこかへと行ってしまった。


「な、なにこれ」


「いったろ。ここはターミナルさ」


「で、でも、変なのがいるよ。人間じゃないのだって……!」


 わたしがそう言うと、周囲の目が突き刺さった。セキアが、わたしの肩に腕を回して、耳へ直接囁いてくる。


「そういうことはあんまり言うな。地球人の評判が下がるだろ」


「う、うん」


 わけもわからず、うんうんと首を振る。地球人って、あっちにいるのは地球にいる人たちじゃないみたいな言い方。いや、さっきの銀色の小人が地球人とは思えないけど、でも信じられない。


「ここにいるのは宇宙人」


「そうさ。ここは、地球観光へやってきた宇宙人が最初にやってくるところ。宇宙港ってやつさ」



 目の前にはオレンジジュースが注がれたコップ。だいだい色の水面には、不安そうな顔が浮かんでいる。


 セキアから教えてもらったことは、信じられるようなものではなかった。


 ほしのゆの地下には宇宙人のための港があって、おばあちゃんはここの偉い人らしい。ちょっと信じられないよね。わたしも信じられていなかった。


 でも。


 わたしが通されたのは、司令官室という偉い人が仕事をする場所。ここで、セキアとハルミちゃんが教えてくれたんだ。


 めちゃくちゃ豪華な机の上には、おばあちゃんの名前が書かれたプレートがある。そこには

【第42宇宙港月見基地司令官】と書かれていた。月見基地ってのはわからないけど、わたしが住んでるこの町は月見町だ。


「わかったか?」


 なんて言うのは、椅子の上であぐらをかいているセキア。その姿は、机に隠れて頭しか見えないけれど、偉そうに話す声はよく聞こえた。


「わかったけど、それって本当なの……?」


「さっき見ただろ」


「わたしをだまそうとしてるんじゃないよね」


「するわけないだろ。むしろ感謝しろよ」


「なにを?」


「先ほど、貴女は煙突から滑落し、瀕死の重傷を負いました」


 言われてから、その時のことを思い出した。


 わたしははしごをつかみ損ねて、銭湯の屋根に。全身に鈍い痛みが走ったような気さえする。


「音に気が付いたセキアが、貴女をここまで連れてきてくれたんです」


「はなの孫だからな。ほっとくわけにはいかないだろ」


「だそうですが、照れ隠しなので気にしないでください」


 違うわ、とセキアは言ったが、ハルミちゃんは無視して言葉をつづけた。


「とにかく。厳しい状態ではありましたが、貴女はなんとか一命を取り戻したというわけなんです」


「そ、そうなんだ。ありがとうね、ハルミちゃん」


「おい。あたしにはなんかねえのか」


「セキアもありがとう……?」


 舌打ちをしたセキアが顔を背ける。怒らせてしまったのかと、ちょっと不安になる。


「これも照れ隠しですから」


「あんま適当言ってるとぶち壊すぞっ」


 勢いよく立ち上がり、セキアが言った。その拍子に、オレンジジュースが波を立てた。


「適当ではありません。性格診断に基づいて発言しております。それに、セキアさんにはワタシをすることは不可能です」


 セキアは何も返答せずに、座った。二人の間には、何か特別な関係性があるんだろうな。気になるけど、部外者のわたしが聞けるようなことじゃないよね。


 部屋がシーンと静かになる。居心地の悪い空気に、なんだかもじもじしちゃう。


「あのう」


「はい、なんでしょうか」


「おばあちゃんって何してたの?」


「はなさんは、ワタシたちとともに宇宙人を監視していました」


「宇宙人の監視……」


 だらしのない宇宙人に対して洗面器を投げつけているおばあちゃんの姿が、容易に想像できる。だって、わたしもそんな感じで叱られてるもん。


「ああええと。先ほどセキアも言いましたがここは宇宙港。ようするに空港と似たようなものです」


「宇宙からいろんな宇宙人が来るってことだよね?」


「はい。たいていは観光ですが、やはりいろいろな宇宙人が来ます。ここは銀河の外れに位置しますから、銀河警察の監視の目も届きにくいですから」


「ぎ、銀河警察?」


「銀河規模の警察ですね。日本語ではそのように形容されます。やっていることも大体一緒ですよ。犯罪者を捕まえたり、武器の密売を防いだり」


「そ、そうなんだ」


「そうです。そんなわけで、危ないやつも来るんですよ。それを捕まえてお引き取り願うのがワタシたちの仕事です」


「な、なんだかSFの話みたい」


「ああ、あいつらはあたしたちの活躍をもとに書いてる節があるし、存外、そこここに宇宙人はいるんだぜ」


 自分がダイブし叱られてでも泳いでいた湯舟の下に、こんな空間が広がっているように。


 信じられなかったけれど、これが真実。


 ドキドキして、なんだかワクワクする。


「ねえねえ」


「なんだ」


「わたしも仲間にしてよっ」


「はあ、いったいどうしてそんなことをしなくちゃならない。何のメリットが――」


 セキアの言葉を、ハルミちゃんの手が途中で遮った。


「いいではないですか。記憶消去の手続きが省けて」


「記憶消去っ!?」


「ほらなんつったか、エイリアンの映画であっただろ。あれに似たのがうちにもあんだよ。短期間の記憶が消えちまうやつ。秘密を知った奴らの記憶を消してやるのさ」


「や、やめてよ。こんな楽しい経験がなくなるなんてイヤ!」


「楽しいですか、それはますます向いてます。たいていの人間は嫌悪感を抱くでしょう」


「そこは、流石ははなの孫っていったところかもな」


「納得していただけましたか」


「いいや、しちゃいないね」


「まだ何か屁理屈こねますか」


「屁理屈ちゃうわ。そいつがはなと同じように適性があるかわからんだろ」


「セキアのくせに一理ありますね」


「くせには余計だ。だから、ハルミの意見は却下――」


「あ、あのっ!」


 会話に参加できていなかったわたしだけど、意を決して声を上げた。目を丸くさせた二人の視線がわたしの方を向いて、心臓が大騒ぎする。


「て、テストとかないんですか」


「そんなのあるわけ」


「あるよ。大昔のでよければ」


 あんのかよ、というセキアの声が、部屋に響いた。

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