赤髪少女は宇宙人

藤原くう

第1話

 あっと声が出た。


 からだがくらりと倒れて、さっきまで掴んでいたはしごが離れていく。手を伸ばしてもつかめない。


 ああ、わたしは落ちるんだ。


 浮遊感が体を包み込む。


 雲一つない空と、そこへと続くかのように伸びるエントツが見える。


「ゆっこんちの銭湯のエントツってロケット飛んでいきそうだよな」


 誰がそんなことを言ったのかぱっと思い出せなかった。でも、わたしも同じことを思っていた。エントツに登って、確かめてみようと。


 それで、足を滑らせてしまった。


 落ちる落ちるどんどん落ちる。風がわたしの下から吹き付けてきて、服をはためかしていく。このままわたしを舞い上げてくれたらいいのに。


 そうしたら、わたしは死なないですむのに。


 こんなことなら、エントツになんて登らなければよかった――。



 わたしは目を開く。


 まず蛍光灯が目に入った。横を向くと、ベッドと、そこに腰かけてわたしを見ている女の子がいた。


 目と目が合った。


「よぉ。目覚めはどう」


「いいですけど……ここはどこ?」


 体を起こして、周囲を見てみる。


 その部屋はベッドがいくつかと、机が置かれた部屋。壁は真っ白で、なんとなく、保健室みたいだ。汚れ一つなく清潔で、だから、なんとなく居心地が悪い。


 女の子の方を向こうとすると、全身に痛みが走った。


「いたっ」


「無理すんな。さっきのこと、覚えてないのか?」


「さっき……?」


 記憶をたどってみる。わたしのおばあちゃんがぎっくり腰になって、銭湯が臨時休業になっ

て、だから、今日ならおばあちゃんに叱られることなく、エントツに登ることができて、それで……。


「エントツから落ちた」


「そ。それで、屋根に落ちたってわけ。あとから見てみ? 瓦ぶちやぶって人型の痕できてるから」


 漫画みたいだったぜ、と女の子はケラケラ笑いながら言うけど、笑いごとじゃないよ!


「わ、わたしケガしてないよねっ!?」


 わたしは全身を触ってみる。急に動くと、ジーンとした痛みが体中に響くけど、体に穴が開いてるとか、腕が一本ないとかはなかった。それどころか、擦り傷一つなかった。


「あ、あれ?」


「治したからな」


「治した?」


「全身の骨が折れて虫の息だったが、装置でちょちょいのちょいってね。ま、痛みはまだ残ってるから、あんま動くなよ」


「ど、どういうこと……?」


「超すげー技術で治したってことだよ」


「超すげー技術って?」


 よくわからなくて、わたしはオウム返しする。女の子は腕を組んで考え込み始める。


 わたしと同じ年くらいの彼女は、すごくかっこいい。真っ赤な髪は染めてるんだろうか。炎のような髪をゴムでひとくくりにしている。でもどうして、お父さんが持ってるようなスーツを着てるんだろう?


 わたしが見ている間に、女の子の顔が真っ赤に染まった。


「あたしは知らないから、ハルミにでも聞けばいいんじゃない」


「ハルミ……?」


 わたしが口にした途端、天井から光が降りてくる。その光は女の子の姿をしていた。


「え、えっ?」


「ワタシがHAL-3通称ハルミと申します。以後お見知りおきを」


「光が返事した」


「これはホログラムです。例えばそうですね」


 言いながら、可愛らしい女の子が消えた。次に現れたのは、ロボット。その次は車で、そのさらに次は三毛猫……。映像って思えば何位も不思議ではないかもしれないんだけど、ハルミが話すのに合わせて、映像が動きを取る。それが、不気味だった。


「このように実体がないので好きな形をとることができます」


「おいそのくらいにしとけ。怖がってんだろうが」


「そうですか。それはすみませんでした」


「ううん。ちょっとびっくりしただけだから……」


「文句があるならちゃんと言った方がいいぞ。こいついたずらばっかりしてくるからな」


「いたずらじゃありませんユーモアです」


 最後に変化したのは女の子で、わたしは安心した。白髪の女の子でだぶだぶの白衣を身にまとった女の子。赤い髪の子もそうだけど、学校では見たことないや。


 目の前にいる二人のことも気になるけど、別に聞きたいことがあった。


「こ、ここってどこなの?」


 わたしが質問すると、二人が目を見合わせる。ちょっと集合、という掛け声とともに、わたしから離れて秘密の相談をし始めた。話はすぐにまとまったみたいで、戻ってくる。


「あんたって、はなの孫なんだって?」


「はなおばあちゃんのこと?」


 おばあちゃんの名前は弓野はなって言って、この辺では知らない人がいないくらいの有名人なんだ。はなおばあちゃんがやってるのが銭湯「ほしのゆ」で、わたしが上ったエントツがあるのも、ほしのゆ。


「そうだ。また腰やって入院だろ? いい年してんだから、やめりゃいいのに」


「そういうわけにもいかないでしょう。はなさんにとってこの仕事は生きがいですから」


「そうだよっ!」


「つってもなあ。あんたも手伝うか?」


「はなさんがいないのに勝手に決めていいんですか」


「いいだろ。だってあたしはあいつの代理なんだから」


 白髪女の子のただでさえ細い目が、ますます細められる。


「わかりました、司令官代理」


「わかればいいんだよ。それで、ここがどこなのか知りたかったんだよな?」


「う、うん。なんか不満そうな人がいるけど……」


「ワタシはヒトではありません。不満を抱いているAIです」


「AI……?」


「そういうのは後から説明してやるから、ほら行くぞ」


「どこに?」


「ターミナル――ま、みりゃわかるから」


 差し出された手を、わたしは握った。

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