第4話
机の上に置かれたのは、箱だった。
中には、真っ白なジグソーパズルが入っていた。
「なにこれ」
一つをつまみながらセキアが言う。いかにも退屈そうなセキアを見て、ハルミちゃんがため息をついた。
「宇宙ゴリラのセキアさんにはわからないかもしれませんが――」「ゴリラちゃうわ」「そこはどうでもいいのです。ジグソーパズルといってパズルの一種なんです」
「でもこれ模様がないよ」
「はい。だからこそ、難しいのです。ヒントがありませんから。ちなみにですが、宇宙飛行士が試験や訓練で用いることもあるそうですよ」
「そんなのわたしにできるかなあ」
「はっ。できないなら、やらなくてもいいんだぜ」
「できますよ。少なくともセキアよりは早く終わると思う」
「よーいスタート!」
「あ、ずるい!」
箱をひっくり返し、シミ一つないパズルを出す。100ピースだからすぐにできますよ、とハルミちゃん。確かに、500ピースとか1000ピースが普通だもんね。
真っ白な山からピースを取り出し、つながりそうなところからつくっていく。こういう、地道な作業は好きだ。たぶん、おかあさんの影響なのかも。おかあさんがジグソーパズルにハマってた時があって、わたしも綺麗な海とイルカが描かれたパズルを手伝わされたなあ。
そんなことを思いかえしながら、無心になってやってたと思う。
気が付くと、ピースの山がなくなっていた。代わりに、四角い白い板がそこには生まれていた。
「できた」
「本当ですか」
ハルミちゃんがとてとて近づいてきて、わたしの机をのぞき込む。
「驚きました。まだ三十分も経過してませんよ」
「そうなんだ。自分でも信じられないや」
「才能があるのかもしれません。……あっちは真逆の才能がありそうですが」
ハルミちゃんの流し目が向かう先は、お隣のセキア。ジグソーパズルを弄んで、しまいには放り投げようとしていた。いっこうに進んでいないみたい。
「セキアはこらえ性がないんですよ。すぐにイライラしちゃって」
「クラスの男子みたい」
「なんか言ってんの、聞こえてるんだからな!」
「また怒った。おお怖い怖い」
「あーもういい加減腹立ってきたぞ……! 表出ろ!」
「いいんですか。表に出ても」
「や、やっぱり――」
「いいんですか」
「…………悪かった」
セキアが頭を下げる。ちょっと意外だ。セキアって、わがままな感じがするから、相手が折れるまで自分の意見を押し通そうとするとばかり。もしかしたら、ハルミちゃんって、おとうさんと一緒で怒ったら怖いタイプなのかな。
にこにこともせず、無表情なハルミちゃんを見て、あんまり怒らせることは言わないようにしようと思った。
「成績発表をしたいと思います」
感情の起伏に乏しい声で、いぇーいとハルミちゃんが続ける。テストの結果が出たらしい。わたしがジグソーパズルを解き終わってから、そんなに経ってないのにすごく早い。セキアといえば、そっぽを向いている。その表情は不満げ。
「セキアさんはクビを免れました」
「当たり前だろ……」
「ワタシとしては非常に残念です」
「…………」
「ゆこさんですが」
「は、はいっ」
「貴女もこの基地の一員として認めましょう」
「やった!」
「あまあまじゃないか?」
「ひいきなどしていませんよ。ワタシはAI、公明正大という点においてはあらゆる生物よりも秀でているという自負があります」
「他人から言われてるわけじゃねえのかよ……」
「それはともかく、ゆこさんの待遇ですが、司令官代理補佐ということでどうでしょうか」
「はあ!? そんなのダメに決まってんだろ」
「どうしてでしょうか。先ほどのテストの成績から行きますと、これが一番合理的だと考えます。セキアさんは運動に秀でており、ゆこさんはセキアさんよりもずっと賢いですから、相性はいいと考えます」
「どこがだ! 誰がこいつなんかと」
こっちを指さしながらセキアが言うけども、わたしだって言いたいことがある。
「それはこっちのセリフだよ。こんなに人をバカにする人と一緒なんてイヤ」
「こっちから願い下げだっての」
わたしが睨めば、セキアも負けじと睨みつけてくる。そのルビーのような赤い瞳は、きれいだけどなんだか怖くなる。宇宙人っていうのは本当なんだなって思っちゃう。それでも、わたしは睨む。だって、バカにしてくる人って許せないよ。
「まあまあ落ち着いてください」
ハルミちゃんが、わたしとセキアの間に入ってくる。ハルミちゃんが言うなら、まあ……。セキアも、しぶしぶって感じで、睨むのをやめていた。
小さくて感情のないお面みたいな顔が、わたしを見てくる。
「ゆこさんは、セキアさんのことが嫌いなのでしょうか?」
「運動できるのはすごいって思うけど、人をバカにするところは嫌い」
「あたしの方がすごいんだから、しょうがないだろ」
「ああいうところ」
「わかります。でも、ああ見えて、寂しがりなんです。かまってほしいだけなんです」
「そうなの?」
「ワタシが保証します」
「そいつが言ってることは全部嘘だから。ぽんこつAIだから」
「……とにかく気にしないでいただけると幸いです」
ハルミちゃんがわたしに一歩近づいてくる。蚊の鳴くような囁き声がやってくる。
「セキアさんは一人ぼっちですから友達になっていただけないでしょうか」
「え――」
どういうことなんだろうかと、質問しようとしたときにはもう、ハルミちゃんは離れていく途中。そっと話したってことは、わたしも大きな声で質問するのは、いけないことだよね……。
悩んでいるわたしをよそに、ハルミちゃんはセキアに声をかけている。大人なんですからもっと考えてください、とか。年上っていうのは本当なんだ。見た目はわたしと一緒で小さいのに。
セキアががっくりと肩を落とすのが見えた。
「わかったわかったよ。こいつと一緒にやればいいんだろ」
「はい。いい経験になると思いますし、何より、はなさんのお孫さんですから、恩が売れるかもしれませんよ?」
「別に恩なんてどうでもいい。ってかそんなことを考えてるのか、ハルミは」
「当然です。ここはワタシたちの故郷というわけではありませんので」
「どこから来たの?」
「別にどこからだっていいだろ。それに、言ってもわからん」
「わからないなら教えてくれたって」
「無意味なことはしたくないんだよ」
そう言って、セキアは部屋を出て行ってしまった。
――本当に勝手なんだから。
ハルミちゃんを見れば、頭を下げていた。
「ごめんなさい。セキアさんはああいう人なんで」
「そうなんだ」
「仲良くしてあげてください。先ほども言いましたが、友達と呼べるような人がいませんので」
「わかってるけど……」
「もちろん無理に、とは言いません。さて、基地の一員になったことですし、案内しましょうか」
「セキアはいいの?」
「よくありません。司令官代理の仕事を務めていただきたいものですが、しょうがありませんので」
ハルミちゃんがウインクする。無表情でやってるから、なんだかおかしかった。
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