第3話 トイレ掃除の青年

話しかけていいのだろうか、少しおにぎり君は考えた。

公衆トイレの掃除を終えた30歳の青年におにぎり君は話しかける。

「そこのお兄さん、おにぎりいるかな? すごくお腹減ってると思うんやけど。お仕事まだあるのかな? おにぎり食べるぐらいの休憩取れるかな? お兄さんは今食べないとしばらくしたら空腹で倒れることになる」

青年は10歳ぐらいに見えるおにぎり君にそんな声をかけられて少し驚いた。

「そうだね、休憩取るか。ありがたくおにぎりをいただくよ」

おにぎり君は青年におにぎりを渡した。

むしゃむしゃむしゃ。ごくん。

「美味い!」

「あれ? まだ美味しすぎるかな」

「美味しすぎたら何かいけないのかい?」

「美味しいおにぎりを配り続けたら食べ物屋さんが潰れる」

「食べ物屋さん? 僕は外食なんてしないから関係ないけどね。僕みたいな貧乏人に配るだけならいいんじゃないかな? 君はお金待ちの子なの? 何かオーラがあるね。誘拐とか気をつけた方がいいよ」

「うん、僕は大農家の息子やねん。冗談やけど。トイレのお掃除の仕事ってお給料安いんかな?」

青年は笑って答えた。

「多いわけないだろう。手取り10万円ぐらいだよ。土日以外毎日市内の公衆トイレ全部掃除してそんなもんだよ。世の中の役には立ってるけどね、でもお医者さんとかプロ野球選手に比べたら簡単な仕事だから。はっきり言って、生活保護の方がいいよ。3万円のアパートに住んでるんだけど、残り7万円。働いても生活保護ぐらいなんだよ。こういうこと言うと、清掃の仕事を馬鹿にするなとか言う人もいるんだけど、仕事してる本人が言ってんだからさ」

「そうなんやね」

「生活保護でさ、食事は現物支給でもいいよ、さっきのおにぎりぐらいでさ、服と部屋があれば、質素なご飯でもいいんだ。もう働きたくないよ。生活保護受けさせてくれないから仕方なく働いてるんだ」

おにぎり君は少し言葉に詰まった。

「例えばベーシックインカムで10万円出るとする。1万円のステーキを食べる幸せの為とか野球の試合を見に行く幸せの為とかで働く気あるかな?」

「ないね。好きなだけ寝ていられる幸せの方が上だよ。好きなだけ寝ていられて、服とエアコンがあって、さっきのおにぎりぐらいのご飯を誰もが得られるならば、世の中から色んな仕事がなくなるんじゃないかな。売春とか食肉産業とか。全部はなくならないだろうけど、供給は大幅になくなるだろう」

「食肉産業も?」

「やったことあるけど、きつい仕事だよ。危ないし、動物なんて殺したくないし」

「お兄さん、色んな仕事やってたんやな」

「ははは、お兄さんって呼んでくれてありがとう。おじちゃんって呼ばれることもたまにあるからね今時は。ヒゲなんか伸ばしてるとね。しかし別に僕はそんなに色んな仕事やってないよ。採用してもらえる仕事があんまりなくてね、市のトイレ掃除の仕事が見つかって良かったよ」

「さっきの話、野球やサッカーの試合観戦する為に頑張る人もいるよね?」

青年はうなずいた。

「そりゃいるだろうけど、僕は野球やサッカーって見たくないんだよね。夢を叶えた人達でしょ。見てるとしんどいんだよね。テレビでも見たくないよ。お笑い芸人とかも見たくない。馬鹿やってても金持ちじゃん。そしてアイドルや女優と結婚するんだよ。佐々木希、高橋愛、蒼井優、おにぎり坊やにはまだその不愉快さが伝わらないかもしれないけどさ笑」

おにぎり君はスマートフォンを取り出して、高橋愛を検索してみた。

「なるほど、可愛い人やな。何となく不愉快さは分かった」

「はははっ、今おにぎり坊やのファンになっちゃったよ僕」

「お兄さんに聞きたいんやけど、僕がパパか何かの財力を使って、栄養満点のおにぎり定食を世界中に配って、餓死者をゼロにする。売春とか嫌な仕事に就かなくても飢えないようにする。その地球は幸せかな?」

「きっとバランスが崩れた変な、楽しくない世界になっちゃうだろうね、お金をしっかり稼げる人達にとっては。僕なんかは少し幸せになるかな。豪華な食事とか特にいらないからね。女も買わないし。コンサートとかも別に行きたくないしね。音楽はサブスクで充分だよ」

「バランス、バランスか、お兄さんありがとう、僕はまた旅に出るよ」


おにぎり君はまたテレポーテーションした。

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