明日焚〈あすたき〉さんの赤い頬

もやしずむ

プロローグ:明日炊さんの赤い頬



「んん~そうだな‥‥」



 桜並木の赤らみが薄れるこの頃。



明日焚あすたきぃお前、席移動してくれ」



 誰もが青い春を心に秘めて‥‥いいや、心から求めて。



「はーい、分かりました」



 例に漏れず、自分自身も心のどこか奥底で、年頃の体裁との隙間にそんな気持ちがちょこんと芽を出している。



「(前方の席と交代‥‥誰だろう)」



 しかし、人間は色の濃すぎる感情にその思いを隠しきれないと



「あ、尾岸おぎし君、よろしくね」



この時、初めて実感した。



「‥‥ッッっ!!!!!???」






「んん? どうしたの?」


「‥‥‥‥‥‥!!」



 そう、目が合った。

 曇りなく透き通るその潔白の肌、視る者の心に突き刺さる程に魅惑的なその眼、ふわり舞う艶やかなその髪‥‥ときた。



「どっ‥‥どど、どうしたの尾岸君?」



 どくんッ!! という胸の負荷と共に目の前の魅力の塊を前に、思いっきり顔に出て固まってしまう。いや違うか、彼女の溢れ出る魅力はもはや暴虐の域だ。

 止まった時間の中で、寝起きのブルーライト、はらぺこの1口目、タンスにぶつかった小指、その全ての衝撃的経験をも軽々しく凌駕する刺激に、脳は耐えかねて身体中に停止信号を送ったのだろう。



 「ねぇ‥‥ な、何とか言ってよ!?」



 自分はこの時、自分という存在が彼女に打ち消されてしまうかと思った程だ。

 あぁ、でも何か喋らなければ‥‥。

 何でもいい、よろしくの一言くらい‥‥。


 

 「ヱ‥‥あっ、と‥‥」


 「‥‥?」



 そうだ、動け、僕の口。



 「き‥‥きれ‥‥‥‥」


 「え‥‥? な、何?」



 動けっ!!



 「綺麗‥‥です‥‥‥‥‥」


 

 あ、やべっ



 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 

 僕が失言をしたその数秒後、黙り込む彼女のその頬が、何かに気が付くように赤らみを帯び始めた。



 「はっ‥‥! えっ!? ちょっとっ‥‥何!?

 どういう‥‥!? えっ‥‥!」

 


 熱が伝導してゆくようなその頬の赤らみは、やがて茹で上がる甲殻類の如く、彼女の顔全体を染め上げていく。



 「あっ‥‥!? えっと今のはちがっ‥‥!!」


 

 力なき弁明の言葉を発すると共に、僕は身体の芯から広がるものを感じる。

 その熱が僕にまで伝わってきているようだ。

 


 「っ!? えぁ‥‥ううぁぅぅ///////////」



 彼女は恥じらうその顔を両の手で押さえつけ、まだまだ赤くする。

 その仕草がまた、僕の寿命をその熱で焼き付くしていく。

 そしてふと、僕の鼻の奥からプツンと響き渡る。

 同時に足のバランスが崩れふらついてしまったみたいだ。そして‥‥何だか‥‥ぼーっと‥‥するよう‥‥なぁ‥‥。

 


 「(こっ、これは‥‥?)」



 霞む意識の中で、彼女の頬の赤らみが一瞬、引いていくように感じられた。

 その代わり、やや濃い赤色が僕の目に映ってい‥‥?



 「う"っ"ッ‥‥‥‥!?」


 「ち、ちょっとぉ!! 尾岸くうんっ!?」





 ………………………。




 これは、少年少女のまだ青い春すら赤く染め上げてしまうような、二人の物語の始まりに過ぎない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明日焚〈あすたき〉さんの赤い頬 もやしずむ @moyasing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ