第47話 カレーを食べよう
「カレー作り」は翌日に延期され、土曜日の午後は怪我人の治癒に費やされた。幸い致命傷を負った者は1人もおらず、全員が回復魔法と睡眠ですぐに元気になった。
女子高生となったスライムが、その後もとの姿に戻ることはなかった。髪や瞳の色彩にかつての面影を残しているが、それ以外は俺たちと同じ普通の女子高生だ。
「スラミ」と名付けられた彼女は(命名:ルルップ。サイカの「デス・スライム・クラッシャーⅢ世」は却下)、きょとんとした表情のまま一言も言葉を発せず、なぜか俺の後ろを付いてくる。女子高生と常に一緒にいるなんて、俺には耐えられないだろうと思ったのだが、案外平気だった。ミホリー先生の訓練が効いている他、彼女が元々スライムで、本質的には女子高生でないということが、恐怖心を薄めているらしい。俺からそのことを聞いたルルップが、「女子高生に慣れるためちょうどいいんじゃないか」と言うので、「スラミ」は寮の206号室にある俺の部屋で過ごすことになった。先生も何故か許可した。今回とスイカの事件のせいで、俺への信頼がやたら高まっている気がする。昨日の夜は最初こそ落ち着かなかったものの、疲れていたこともあって熟睡できた。「スラミ」はずっと静かに立っていて、朝、俺が起きると、布団にもぐり込んでいた。
だがしかし、精神の根底にこびりついた女子高生に対する恐怖心を、そう簡単に払拭できるわけではない。「カレー作り」が再開し、再び女子高生と共同作業をしなければならなくなった俺は、玉ねぎやルウにピーラーを使ったり、豚肉を千切りにしたり、米を炊くための水をオレンジジュースと間違えたり、踏んだり蹴ったりであった。
「アイアイ!そんなにピーラー好きアルか!?」
「斬新な切り方。実家が、そうだったの?」
「オイィ!!!そんなオレンジ色で甘い米、食いたかねぇぜ!?!?」
俺はいったん落ち着くため、BBQ場の隅にあるベンチに座った。BBQ場を見渡すと、サイカとメイのファンたちが、やはり大量に押し寄せているのが見えた。あれだけやかましいのに気づかなかったとは。緊張でかなり視野が狭くなっていたみたいだ。
「サイカ様ーーー!!!私もお手伝い致しますわ~!!!」
「メイ様!!!お上手!!!あぁ……クラクラする………」
「サイカ様!!!お弁当作ってきましたわよ!!!」
「あぁ……メイ様……メイ様が触れたじゃがいもを食べたい………」
「ちょっと!!!押さないで!!!」
「あかん!!!料理にならん!!!」
群衆を押さえるサイカとメイは、行事を邪魔され狼狽していた。彼女らと一緒にカレーを作る班員のクラスメイトも、かなり迷惑そうだ。
当然サイカとメイのファンの中には、女子高生もたくさんいる。2人を助けたいところだが、女子高生がいるんじゃあしょうがない。そうして何もできず、ただぼーっと眺めていると、ミウが隣にやって来た。
「アリサも落ち着きに来た?」
「うん。ちょっとは克服できたと思ったんだけど、やっぱりまだ女子高生は厳しいや」
「私も……なかなか大変…………」
「サイカとメイも大変そうだね。俺たちとは全然違うタイプの大変さだけど」
「うん………………」
「…………………………」
「ねぇ……………」
「ん?」
「サイカさんとメイさん………助けない…………?」
「でも俺は女子高生がダメだし、ミウは人がダメだし…………」
「私も怖い…………本当は怖いけど…………このまま何も変わらないのも………怖い…………」
「ミウ……………」
「それに………アリサと2人なら…………」
そう言って俺を見つめたミウの目には涙が浮かんでいて、その奥に小さな勇気の火が灯っていた。その火は俺の中にある勇気をぽかぽかと温めて、俺はミウの想いに応える以外の選択肢を全て唾棄した。
「行こう!!!ミウ!!!」
「うん!!!」
「サイカ様!!!こっち向いてください!!!」
「メイ様!!!ちょっとあなた邪魔よ!!!見えないじゃない!!!」
「どいてよ!!!せっかく高等部初行事のサイカ様なのに!!!」
「メイ様!!!メイ様!!!メイ様!!!メイ様!!!」
「ちょーーっと待ったぁーーー!!!!!」
「ちょ……ちょっと待った………!」
ピリピリし始めた群衆の前に、俺とミウが立ちはだかった。
「アリサちゃんよ!!!スイカ事件のときの!!!」
「昨日の騒動でも活躍したって!!!サイカ様と一緒に!!!」
「メイ様の御友達よ!!!」
「アリサ!?大丈夫なの!?この中には高等部の子もいっぱいいるわよ!?!?」
「ミウも人前大丈夫なんかいな!!!無理せんでええのに!!!」
「サイカさん……ミウさん……これは私たちのためでもあるんです………!」
俺たちを心配するサイカとメイに、ミウが声を震わせて答える。ミウが頑張っている。俺も頑張らなくてはならない。
「皆さん!!!俺の大親友であるサイカとメイを応援してくれるのはとても嬉しいです!!!ですが!!!もう少し彼女たちのことを考えてほしい!!!彼女たちはアイドルじゃなくて!!!ただの女子高生なんです!!!皆さんと同じで!!!ただのラン・フォンテーヌ学園の一生徒なんです!!!皆さんに憧れられることは!!!彼女たちの仕事ではないんです!!!だからもう少し彼女たちに!!!落ち着いた学園生活を送らせてあげてほしい!!!憧れのままに動くのではなく!!!彼女たちの過ごしやすさに目を向けてほしい!!!無理に詰めかけなくても!!!彼女たちと交流はできます!!!なぜなら彼女たちはアイドルではなく!!!皆さんと同じこの学園の生徒ですから!!!」
少しの間、場は静まり返った。それから再びぽつぽつと声がしてくる。
「確かにそうだけど…………」
「でもこの気持ちは抑えられないし………」
「本当に交流してくれるのかしら………」
「サイカ様…………」
「メイ様…………」
ここで俺の熱された勇気が限界を迎え、体がフラフラし始める。足に力が入らなくなり、その場で倒れそうになったとき、誰かが俺の体を支えてくれた。見上げるとそれはサイカで、隣にいるメイは俺の手を握ってくれていた。
「皆さん。いつも応援ありがとうございます。皆さんに憧れられるのは、本当に嬉しいです。でもアリサの言う通り、もう少し平穏に学園生活を送らせてほしいというのも事実です」
「今までうちらは皆から逃げてばっかりでした。やのにうちらの気持ちを考えろっていうのも、そら無理な話です。やから皆といい関係を結ぶため、ここでちゃんと皆と向き合いたいと思います」
「その勇気をアリサと、後ろにいるミウから今貰いました。アリサの言う通り私たちと皆さんは、同じラン・フォンテーヌ学園の生徒です。だから友人として、ごく普通の友達として、皆さんと一緒に過ごせるはず」
「カレー作りはクラスの行事やから、ちょっと待っててくれませんか?13時頃には完成してると思うんで、そん時また来てください。一緒にカレー食べましょ。多めに作っとくんで」
「それでいいですか?先生?」
遠くから見守っていたミホリー先生とカリーナ先生が、優しく微笑みながら頷いた。2人の言葉に納得した生徒たちは、いったんBBQ場を後にした。
「ありがとう。アリサ。ミウ。これからかなり変わりそう」
俺たちは先ほどのベンチに戻った。気分が優れない俺は、サイカに膝枕をしてもらった。
「ほんま熱いスピーチやったで!アリサ!」
「うぃ……でもやっぱり女子高生がいるとダメだ…………」
「でも今回は気ぃ失ってへんやん!!!」
「それに昇天したり、ポリゴンになったり、バナナ人間になったりもしてないわ」
「徐々に克服できてるんだよ!さっきのカッコよかったよ!お疲れアリサ!ミウ!」
俺たちの様子を見に、ルルップもベンチへやって来た。
「そうかな…………」
「そうよ」
そう呟いたサイカの左手は、俺の左手を握っていた。
女子高生恐怖症の異世界女子高学園伝説!!! 藤原俊介 @shunsuke_shunkai_fujiwara
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