第46話 2つの願いと風と水

 しかし「魔王」の誘導は、そう簡単なものでなかった。



 俺の目の前に「魔王」を留め、俺に意識を向けさせねばならない。目(と思われる箇所がある頭部)の位置は遥か天空であり、奴からすれば俺は床に落ちた米粒。そんな俺への集中を維持させるというのは至難の業だ。



 アリサ、ルルップ、メイも戦闘に加わり、何とか「魔王」の手綱を握ろうとするが、姿を一新した「魔王」には激しさが増しており、太刀打ちできない。俺は「魔王」の近くに再び戻り、眼前の事態を眺めていた。大量の女子高生にべたべた拘束され、発狂しながら。



「アアア゛ア゛ァァアア゛ア゛ァァァアアアアァ゛ァ゛ァアァァァア゛ア゛アアァア゛アァア!!!!!」





 キラキラキラキラ





 発狂した俺の全身から、金色の光が溢れだした。俺を押さえつけていた女子高生たちはわぁっと驚いた後、その素敵な輝きにうっとりし始める。「何これ」と「きれい」を半々くらいに喋っていた。



 俺の身体から発生した光は、ドラゴンの姿で「魔王」と取っ組み合っているサイカと、遠距離攻撃を放つ集団の先頭に立つメイのもとへ飛んで行った。サイカとメイに達した光は、彼女らの周囲をくるくる回る。



「何なのこれ!?」


「なんやなんや!」



 困惑する2人の体内に、そのまま光が溶け込んでいくと、今度は2人の全身からまばゆい閃光が放たれた。



「ちょっと!?何が起きてるの!?」


「わぁー!!!まぶしっ!!!ほんまなんやこれ!!!」



 その瞬間的な光はサイカの肩を掴む「魔王」をも怯ませ、その隙にサイカは後ろへと飛び、距離をとる。それを見ていた俺の顔色は青になっている。俺はハッとした。




「願いの叶うときが来たんだ」




 3日前。「カレー作り」の班決めのとき。あのときも俺は女子高生にクラクラしていた。恐怖で真っ青になって、魔法のランプに入り、願いを2つ叶えた。




 まずはサイカの願い。




「いざというときのために秘密兵器が欲しいわ」





 羽ばたくサイカの両翼の間に、2本のミサイルが現れた。白い鱗で覆われた背中に銀色を煌めかせ、横に並ぶ。サイカはクリスマスの少女のような目をし、ボロボロの状態でもなお今日一番の快活さで、はしゃいだ声を轟かせた。



「待って!何これ!カッコいいわ!!!カッコいい!!!よ~し!!!化け物め!!!最強無敵の秘密兵器を食らえ!!!!!」



 サイカの背中のミサイルから、金色の炎が後ろへ吹き出した。ボボボ。そのままミサイルは真っすぐに、「魔王」のみぞおちへと発射された。チュイン。





「グブゲェェェェェェェェェェェ!!!!!」





 ミサイルが直撃し、悶え苦しむ「魔王」に次なる攻撃が襲い掛かる。




 メイの願い。




「超級魔法試させてほしい!」





 ミホリー先生さえ簡単に唱えることのできない、最上の魔法、「超級魔法」。そのための莫大な魔力が、メイから閃いた光から、メイの杖へと宿っていった。



「よっしゃぁぁぁぁ!!!!!いい加減この騒ぎも終わりや!!!!!早く皆でカレー食べるで!!!!!」



 杖の先で魔力がどんどん圧縮され、小さくなっていく。そして先端の直径よりさらに小さくなった、圧倒的密度の魔力の球が、急速に膨張した光線となって「魔王」に襲い掛かる。メイは魔法の名前を口にした。




「テラ=クレア=リベレ!!!!!」




「魔王」の身体がすっぽり埋まるほどの莫大な魔力。赤と青の混ざったような魔法の砲撃は、「魔王」の神経を焼き尽くす。




「…………………!!!!!」




 足の感覚をほとんど失った「魔王」は、ふらふらとよろめき出す。このまま地に伏してくれれば、俺に意識を向けさせることができる筈だ。しかし眠っていた本能が働き出したのだろうか。「魔王」の足取りはずっとおぼつかないままなのだが、決して倒れはしなかった。




 俺は女子高生の密着に慣れ始めていた。それはまさしくミホリー先生が課した精神力を高める訓練の成果だった。今じゃない!!!今効果が表れてどうする!!!魔王よ!!!早く!!!早く倒れてくれ!!!女子高生への恐怖から醒める前に!!!




そんな俺に纏わりつく女子高生の中から、ボソボソとした声が聞こえてきた。




「あれ………気を失ってた…………確かアリサの恐怖心を掻き立てるために………あぁ……そうだ………一緒に密着してる人が怖くて気を失ったんだった」




 ミウだった。人の苦手な彼女は、たくさんの人が俺に絡みつくのに紛れている途中で、意識を失ってしまったらしい。



「ミ……ミウ…………」


「アリサ?顔が真っ青だけど……ほんとに大丈夫………?」


「お……俺は大丈夫だから………今あの怪物に大きなダメージを与えられた筈なんだ………でもなかなか横転させることができなくて…………だから……ミウ……なんとかできない………?相手はモンスターだし…………」


「相手がモンスターなら大丈夫」



 そうしてミウは俺と女子高生たちの少し前に出た。そして腰に差した太刀に手をかけ、居合の構えに美しく入った。



「学園を脅かす魔物よ。私の不注意による混乱は、私が始末致します。そなたの怒気狼狽を鎮めるため、些かの幇助を加えます」



 ミウは鞘から抜き出した太刀を、左から右へ大きく払うように動かした。その太刀筋に沿うように、強い風が巻き起こる。すると左側の地面に落ちていた「バナナの皮」が、ひらり風に乗り、そのまま宙を漂っていった。俺がバナナ人間になったときの残骸だ。バナナの皮はゆらゆらと地面から1.5メートルくらいの高さを浮遊した後、「魔王」の足元に着陸した。千鳥足の「魔王」がバナナの皮を踏んづける。




とゅるんっ




 バナナの皮を踏んだ「魔王」は体制を崩し、前方に思いっきりコケた。そして顔面を強く地面に打った。「グゥゥ………」と呻き声を漏らし、顔を上げた「魔王」の鼻先には、大量の女子高生に掴まれ、触られ、抱き着かれ、同じく呻き声を上げている、下着姿の俺がいた。




「ほら……うぅ……『魔王』め………違うか………お前は『スライム』か………どうだ……俺は……女子高生が怖いぞぉ…………」




 「魔王」の体がどろどろと溶け始めた。巨大な身体がアイスクリームのように液体と化していき、幻想的な洪水が膝くらいまでの高さで起こる。そうしてしばらくの間、目の前の湧き水を凝視し続けていると、中で女子高生が立っているのが見えた。彼女の瞳や髪の色は、「魔王」と同じゆめかわ系の淡いカラフルで、鼻からは赤い血が、少し垂れ下がっていた。

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