第44話 参上!!!

 BBQ場のあちこちで、女子中学生や女子高生、教師や職員の女が倒れている。呻き声や浅い呼吸の音がバラバラに聞こえてくる。メイら回復魔法が使える者たちも深手を負ってしまった。「首なし魔王」は頭が無いのに、周囲を見渡すような動作を見せ、「中等部・高等部エリア」のある方角へ歩を進めようとした。まずい。その方角の先には休日でも大勢の人がいる。そう焦った俺の頭は未だ地面のすぐ上にあり、首から下は地中に埋まっていた。



「待て!ハァ……、ハァ……、行か……行かせないぞ………!!!」



 「首なし魔王」の正面に立ち、両手で剣を構え直したのはサキノだった。しかしその姿は立つのがやっとのようで、全身に傷や打撲の痕が残り、剣も肩から上には満足に持ち上げられないだろうというのが見て取れた。それでもサキノは立ち向かっている。



「行かせない……私は…勇者だから……学園を………皆を……守るんだ………!!!」




「首なし魔王」はサキノを無視し、右足を一歩進める。




「行かせないと言ってるだろ!!!マチャッカ!!!」



 サキノの持つ剣の先端に赤い火の玉が灯り、「首なし魔王」が宙へ浮かせた右足の外くるぶしへと飛んでいく。しかし火球はかわいい色の流動的な外くるぶしにぶつかった後、ポッと小さく爆ぜ、すぐに消えてしまった。そして一瞬怯んだようにも見えた「首なし魔王」の巨大な足は、サキノの真上で水平方向の移動を止め、真っ直ぐ垂直に落下し始めた。重い足裏が、本能的に殺意を含ませながら、速度をもってサキノを潰しにかかる。



「負けない!!!勇者は負けないんだ!!!!!」


「サキノ!!!!!」



 俺はようやくハッキリとした頭で彼女の名前を叫んだが、それで彼女を救えるわけがない。首から下が全く動かず、何もできない俺の目線の先では、「首なし魔王」の足裏のラインが、サキノの身長と同じ高さにまで下りてきていた。俺は目を瞑った。残酷な情景を考えないようにした。




グシャッ!!!!!という音は、しかししなかった。




 俺はおそるおそる目を開いた。先ほど降下していた巨大な右足は、確かに地面を踏みしめ、そこに隙間は無かった。サキノは?避けられたのか?だとしたらどこにいる?俺は目玉を左右に動かし、可能な限りの範囲を視野に収めたが、しかし彼女の姿を捉えることはできなかった。再び悪いイメージが脳裏をよぎりそうになり、強引に抑え込もうとした。



「サキノ…………!!!!!」


「大丈夫。サキノさんは無事ですよ。遅れてごめんなさい」


「!?」



 後頭部の方から聞こえてきたのは、よく知っている声だった。不思議と周囲に勇気を与える声、ボロボロになった俺たちを安心させてくれる声、毎日6限に聞いている、馴染みのある温かい声。



「ユイ先生!!!」



 俺の頭の後ろに立っているのは、ユイ先生であった。それから俺の前に回り込んで、「首なし魔王」を睨む先生の腕には、サキノが抱きかかえられていた。サキノの顔はユイ先生の胸に埋まっていた。少し離れたところで倒れていたミホリー先生が目を覚まし、掠れた喉を震わせた。



「ユイ……そいつはスライムが『魔王』に変身したもので…………ごめん……私の恐怖を読み取られた…………」


「仕方ないわよ、ミホリー。あなたの人生は『魔王』と切っても切り離せないもの」


「先生!そいつはただの『魔王』じゃありません!首を落としたのに動き続けています!!!倒し方が分かりません!!!!!」


「アリサさん。大丈夫。私にどーんと任せてください…………と言いたいところですが、さすがに私でも1人で倒すのは大変です。そこでアリサさん。あなたに手伝ってもらいたい」


「ですが……ムギーーーーッッッッ!!!!!体が地面から抜けません!!!!!」


「ううむ……困りましたね………」


「先生!アリサ!それなら私に任せてください!!!」



 ドラゴンからいつもの姿に戻り、満身創痍の身体を何とか立ち上がらせたサイカが、よろよろと俺の方へ歩き出した。



「私たちも………」


「寝てる場合ちゃうわ………」



 ルルップとメイも立ち上がり、俺の顎を両手で抱えたサイカの後ろへと並んだ。サイカの腰をルルップが、ルルップの腰をメイが掴んだ。



「よっしゃ!!!いっちょきばろか!!!」


「うん!!!アリサを引っこ抜こう!!!」



「首なし魔王」の右手のパンチが俺たちに接近していた。何やら不穏な気配を、状況が一変する可能性を、モンスターの本能で察知したようだ。ユイ先生はサキノを降ろし、何もないところから剣を出現させて握ると、強く地面を蹴った。それを見たサイカが声を上げた。




「ルルップ!メイ!!!いくわよ!!!」




うんとこしょ、どっこいしょ

まだまだアリサはぬけません



「彼女たちの邪魔はさせないわ!!!!!」



 ユイ先生が剣を振り上げると、斬撃が「首なし魔王」の手首に飛来し、拳を腕からスパッと切り離した。色んな成分が混じり合った珍しい色の岩石みたいに、地面に転がった拳はそのままゴロゴロと移動し、森の木々に衝突した。その衝撃で森の近くに倒れていた女子中高生数名が目を覚まし、状況を把握してメイの後ろに並んだ。



うんとこしょ、どっこいしょ

まだまだアリサはぬけません



 怒り狂った「首なし魔王」は、手首から先が失われた右腕を、そのままユイ先生の頭上へ振り下ろした。それは太すぎる鞭のようで、妙にしなりを見せながら、何度も激しく打ちつけられた。しかしユイ先生はそれらを全て綺麗に躱した。「首なし魔王」の腕はただ地面にぶつかるだけで、その振動は気を失っていた教師や職員たちを揺り起こす。彼女らもまた、今度は女子中高生の後ろに並んで腰を掴んだ。



うんとこしょ、どっこいしょ

まだまだアリサはぬけません



 ひらり、ひらりと攻撃を避け続けていたユイ先生は、そのうち遂に大きな隙を発見し、「首なし魔王」の脇にめがけて鋭い斬撃を2回飛ばした。両方の斬撃がクリティカルに命中したので、「首なし魔王」の右肩は削ぎ落された。



「グオォォォォォォ!!!!!」



 地べたに転がったままの「魔王」の首が、突然悲鳴を上げた。その大声により、近くにいたツリーフ先輩とドゴー先輩が起こされた。



「うぅ………気を失っていたみたいね」


「てかユイ先生来てんじゃ~ん。これワンチャンあるっしょ」



 2人は、ユイ先生に加勢した。



うんとこしょ、どっこいしょ

まだまだまだアリサはぬけません



 ツリーフ先輩は魔法、ドゴー先輩は剣術、ユイ先生はどちらもを駆使し、首と右腕のない「魔王」に立ち向かっている。「魔王」へのダメージは着実に重ねられていて、「魔王」の動きが鈍くなっているのが分かる。だがもともとはスライムというのが厄介で、突如体内から球体を発射してきたり、予想外の箇所から触手を伸ばし、不意の攻撃を与えてきたり、変幻自在の攻撃を繰り返す。再度立ち上がったとはいえ、ツリーフ先輩とドゴー先輩の限界は既に超えていた。「首なし魔王」の背中から一気に十本の触手が伸び、そのうち2本が2人の腹部に強く激突した。



「ア゛アァァァァァ!!!!!」


「いったぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



2人はうずくまっているサキノのもとへと飛ばされていった。



「ツリーフさん!!!ドゴーさん!!!」



 10本の触手のうち8本を対処しているユイ先生に、彼女らを庇うゆとりはなかった。2本の触手は攻撃の手を緩めず、「首なし魔王」の後ろへぐっと引っ張られた。



うんとこしょ、どっこいしょ



 後ろへ伸びた2本の触手はバチンという音と共に、ゴムの反動のように急速に、反対方向のツリーフ先輩、ドゴー先輩、サキノの3人がいる場所へ迫っていく。それは3人にとって致命傷になることが予測できる威力だった。



うんとこしょ、どっこいしょ

ようやくアリサは抜けました






ドゥゥゥゥゥゥンンンンン……………




 8本の触手を切り落としたユイ先生が振り返った先、覚悟を決めて3人で抱き合い、目を瞑ったツリーフ先輩、ドゴー先輩、サキノの目の前、列になって並んでいるサイカ、ルルップ、メイ、その他女子中高生や大人たちの視線の向こう。そこにいたのは、2本の触手をそれぞれ片手ずつで受け止め、少しだけ息を吐いて、「首なし魔王」を睨みつけた、アリサ・シンデレラーナだった。

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