第40話 誰だお前は

「ネナイZ!?目を開けて!!!死んじゃやだ!!!」


「ガハッ!!!ハァ……ハァ……て……てつやしすぎたのが……いけなかったみたいだ……ゲボォ!!!ま……まさかこのネナイZが……これほど早く永遠の眠りにつくことになるとは………」


「そんな!!!やだ!!!ネナイZ!!!いかないで!!!」


「さようなら……My……Honey…………」


「ネナイゼーーーーーーーット!!!!!」



それから二度と、ネナイZが目を覚ますことはなかった。



〈完〉



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 4時間にも及ぶミホリー先生おすすめの映画『ネナイZの逆襲』は、まさかのバッドエンドで幕を閉じた。これだけ長時間面白くない展開を見せつけられ、その上最悪の結末に終わったことに対し、俺は憤りを感じたと共に、もしかしたらこの作品はかなり実験的な、ある意味で観る価値のある作品だったのかもしれないと、謎の充実感に晒された。ミホリー先生は「ネナイZ」との別れに感動したのか、大粒の涙をハンカチで拭っていた。



「グスッ、グスッ。この映画を通して十分な睡眠を夜に取ることの重要性、そして睡魔に負けず戦い抜くことの尊さを学んでいただけたかと、グスッ、グスッ、思います、グスッ」


「は……はい…………」


「それでは最後の訓練です、グスッ、こちらを着けてください、グスッ」



 そう言ってミホリー先生が取り出したのは、ヘッドホンのような形をした、というよりヘッドホンと言ってしまっていいアイテムだった。おそらく違いは魔法で動作するかどうかのみだ。俺はヘッドホンを受け取り、耳に装着した。着け心地はかなりよかった。



「最後はヒーリングミュージックで雑念を浄化していただきます。森羅万象の気が込められた神秘の音楽を堪能してください」


「あの………この曲は何時間ありますか?」


「55分です」


「短めなんですね」



 有野サダメだった頃の俺に身近な音楽は、大体4分くらいが普通で、長くても7、8分くらいであった。クラシック音楽などで1時間やそれを超える楽曲が存在することは知っていたけれど、一度もフルで聴いたことはなかった。それでも500回の読誦と4時間の映画によって時間感覚に狂いが生じていた俺は、音楽が55分間しかないことを、とても軽く感じていた。



「そうですね。最後は短めです。では音楽を再生します」



 楽器の音とも、自然の音とも、電子音とも、生活音とも言えない、そのどれでもないような、もしくはそれら全ての中間であるような、不思議な音楽が鼓膜をチロチロと揺らした。ヒーリングミュージックというには刺激的な気もしたが、俺は全身の血液が巡るのを感じ、いつの間にか目を閉じており、徐々に沈んでいった。


****************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************助けて***************************************************************************************************************************助けて***************************************************************************************************************お願い**********************************************あの人を************************************************************助けて********************************************************************************************************************




「誰だ!!!!!」




 俺は氷水をぶっかけられたかのように、急激に冴えわたった頭で目を開き、周囲を見渡した。当然そこは「無限の間」で、虹色の淡い景色が遥か先まで続いていた。隣ではミホリー先生が目を丸くしていた。まだヘッドホンは着けたままなのに、心臓の鳴る音で音楽は聞こえない。



「アリサさん?どうしました?」


「いえ……何でも……何でもないです………」


「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ?」



 ミホリー先生の異様な訓練の中で、顔が青くなることは、決しておかしいことではなかった。事実以前訓練を受けたハッピーは、青くやつれた顔で教室に戻ってきた。しかし俺の場合は、何かが違った。ただ先生の訓練が辛いからという理由ではなかった。先生が女子高生でないことで、俺は奇怪な試練でもなんだかんだ乗り越えることができていた。しかし今、俺は、明らかに、変だ。女子高生に対する発作とも違う。とにかく変だ。



「これを飲んでください」



 ミホリー先生がコップ1杯の水をくれたので、俺はゆっくり飲み込んだ。



「落ち着きましたか」


「はい……もう大丈夫です………」


「まだ音楽をかけ始めて48分なのですが、あなたはもともとは優秀ですし、もういいでしょう。皆さんのところに戻りますか」


「はい………」



 俺たちは「無限の間」を出て、クラスメイトらのもとへ戻るべく歩き出した。管理者室の先生のテーブルに置かれた時計を見ると、2つの針はここへ来たときに指していた時刻と、同じ数字を指していた。







「無いって何が?」



 「カレー作り」の最中であるBBQ場で、慌てるミウにルルップが聞いた。BBQ場の入口近くでは、サイカとメイのファンたちが押し寄せるのを、カリーナ先生が制止している。



「無いんです……ぬいぐるみが……」


「ぬいぐるみ?」


「はい……昨日ビッグ・ピッグを狩った森に、ウサギのぬいぐるみが捨てられていて………あまりに可哀そうだったんで拾ったんです……淡い紫とかピンク色をしていて…」


「へぇー。それが無くなったの?どっかに落としたとか?」


「落としちゃったんですかね………」


「もしかしたら学園内かもしれないし、『カレー作り』が終わったら落とし物センターとか正門までの道とか探してみようよ」


「はい……ありごとうございます………」


「うぉぉぉーーーーーい!!!!!やめろ!!!それはやめろ!!!!!」



 群衆の方からカリーナ先生の叫ぶ声が聞こえた。目を向けると、サイカとメイのファンたちが、自作のサイカぬいぐるみやメイぬいぐるみをカリーナ先生に押し付けていた。



「ほらほら先生!尊いぬいぐるみでしょ!」


「なぜこんな気高く美しいぬいぐるみを避けるんですか!」


「やめないか!お前ら知っててやってるだろ!私はかわいいぬいぐるみが苦手なんだ!!!」



 ルルップとミウの頭の中に暗雲が立ち込めた。






 俺とミホリー先生は「魔法館」のある「中・高等部エリア」を出て、両側が森になっている道を歩いていた。それはBBQ場へ続く道で、あと2分くらいで着くはずだ。



「狩りは順調だったようですね。いい経験ができたんじゃないですか?」


「はい。でも途中少しだけハプニングがあって」


「ハプニング?それは私、カリーナ先生から聞いてないですよ?」


「ビッグ・ピッグのいた森にスライムもいて、そいつらが俺たちの怖いと思っているものに変身して脅かしてきたんですよ。それで少してんてこまいになっちゃって」


「そうですか。それでも無事に帰って来てくれてよかったです」


「はい。あ、見えてきまし………あれは?」



 BBQ場の入口には大勢の人だかりができていた。どうやら「カレー作り」の噂を聞きつけてきたサイカとメイのファンらしい。



「ん?アリサさん、あれは何ですか?」


「サイカとメイのファンたちですよ。休日なのによく集まるな~」


「いえ、私が言ってるのは下の―――――――――まずい!ゴーカ」



 ミホリー先生が炎の上級攻撃魔法を唱えきる前に、ゆめかわ系の色合いをした綺麗スライムが地面の上で、ムクムクとその体躯を増大させていた。

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