第41話 「魔王」の名前は
「やだ……ちょっと……何あれ………!?」
「サイカ様!お逃げください!」
「メイ様!私たちがお守り致しますわ!」
「撮らなきゃ!メイ様と謎の巨大生物!!撮らなきゃ!」
淡く多彩な色をしたスライムは、ずんずんと身体を膨らませていき、その色合いを全身に保ったまま、巨人の姿になった。高さは5階建ての建物から顔を覗かせられるほどで、ドラゴンの姿になったサイカよりも、ひとまわり、ふたまわりほど大きかった。頭には太い角が1本ずつ、両耳の少し上から伸びていた。顔には目も鼻も口も付いているようだったが、何しろ全てが淡いピンク・紫・水色などが混ざったゆめかわ系の色彩でできているので、判別が難しく、なんとなくのへこみやでっぱりがあるくらいしか認識できなかった。とにかくスライムは巨大な恐ろしいモンスターへと変貌を遂げ、学園に新たな危機が訪れたのだった。
「ゴーカス!!!!!」
ミホリー先生はその巨大なモンスターに向かって、再び炎の上級攻撃呪文を放った。真紅の爆炎が巨人の左足に命中する。
「グオォォォォォォ!!!!!」
巨人は呻き声こそ上げたものの、それが魔法を食らったからなのかは分からない。それほどヤツは一切微動だにしなかった。先生も「駄目ですね」と言う。
「先生、あれは何ですか?スライムは何に変身したんですか?」
「スライムは相手の心を読み、相手が恐れているものに変身します」
「はい。だから俺の前では女子高生になったし、ルルップの前ではお化けに、メイの前では虫になりました」
「そしてあのスライムは、私の恐れているものに変身したんです」
「先生が恐れているもの………それは何ですか?」
「それは…………」
「…………」
「魔王です…………」
「魔王!?」
予想だにしなかった「魔王」という名前に、俺は虚を突かれた。
「魔王って……いるんですか………?」
「今はいないはずです。今この世界は魔王の恐怖に晒されていない。しかしかつては確かにいました。暗黒の力で世界中の人々を支配し、恐怖と苦痛に陥れてきた1体の特別なモンスター、「魔王」というモンスターが確かに存在していました」
「先生は……見たことあるんですか………?」
「あります。私の故郷は魔王によって滅ぼされました」
「………………」
「しかし魔王は勇者によって倒されました。だから本当はもう魔王の心配をする必要などないのです。それでも一度植え付けられた恐怖は心に、しかも意外と表面の浅いところに残り続けるのです」
「それは俺にもよく分かります」
俺も本当は女子高生相手に怖がる必要なんてないのに、心にこびりついた恐怖をどうしても拭えないでいるのだ。
「今回はその恐怖をスライムに嗅ぎ取られてしまった。そして魔王の形にさせ、魔王ほどではないにせよ、似た力を与えてしまった。油断してしまいました。申し訳ないです」
「先生は悪くないですよ。これは不運な事故です。そしてあいつは先生の村を襲った魔王ではない。言うなれば………………」
「とぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
ドラゴンに変身したサイカが「魔王」に飛び掛かった。しかし女子高生を少なくも5人は背中に乗せることのできるサイカでさえ、巨大な「魔王」の前ではサイズにおいて見劣りしている。力でも、ほぼ最強なのではと思われていたあのサイカが、圧されている。爪牙による斬撃やブレス攻撃も、あまり効いている様子はない。逆に「魔王」が仕掛けた一撃のパンチは、サイカを遠くへぶっ飛ばす。BBQ場ではクラスメイトたちが、カレーの材料等が吹き飛ばされないよう、何とか守っていた。
「やはりサイカさんでも難しいですか」
「全然攻撃が効かないですね」
「全く効いていないわけではないんです。ただ『魔王』に対して一般人は致命傷を与えることができない」
「では誰が『魔王』を倒せるんですか?」
「選ばれしモンスターである『魔王』を倒せる可能性があるのは、選ばれた『属性』を持つ者のみです。つまり、『魔王』を倒せるのは『勇者』のみです」
サイカが再度「魔王」に対して突進する。メイやルルップや他のクラスメイトたちや、集まっているファンたちも、戦闘のできる者は、「魔王」へ、打撃、斬撃、魔法等、あらゆる攻撃を仕掛けていく。カリーナ先生も巨大な斧を、「魔王」の足へ振るっている。だがこの場にいる者たちの総攻撃を受けていてもなお、「魔王」は平静を保ち続けている。
「今日ユイは別の街に出張していてこの学園にはいない。この学園に『勇者』である大人は今いない。まずい状況です」
ミホリー先生はやや震えていた。「ゴーカス」「カチコチール」「エアレーレ」「ツナミゾーン」「ゴロロンパ」、あらゆる上級攻撃魔法を唱え、戦いに参加しながらも、それでも唇の端は震えていた。単純なトラウマだけでなく、最高の魔法使いだからこそ、「魔王」についての知識があるからこそ、余計に恐怖が増すのだろう。
だが俺はほとんど無知だ。そして俺は「勇者」かもしれない。
総攻撃に業を煮やした「魔王」は、両手をパーにして天高く上げ、そのまま地面で蟻のように群がる女子高生らに向け、振り下ろした。パステルカラーの巨大な天井が、物凄い勢いで彼女らに迫り、圧し潰さんとしている。
「アリサさん!?!?」
走り出した俺は、「魔王」の足の間を通り抜け、群衆の一番前にいるサイカファンと思しき女子高生の胸を両手で掴む。ごめんなさい!!!
「こんなときに何してんのよ!!!!!」
怒った女子高生は俺の顔面に、斜め下から平手を張り上げ、俺は空中にふっ飛ばされる。
「アリサ!?何してるの!?」
サイカの目線のさらに上へと、俺は急上昇していく。
「この野郎!本物の魔王でもないくせに、いっちょ前に皆の攻撃を耐えやがって!これでも食らえ!」
「魔王」の頭の位置にまで到達した俺は、ゆめかわ系の色がファンシーな顔面へ、全力の蹴りを入れる。
「アリサウルトラキーーーック!!!!!」
「グオォォォォォォ!!!!!」
顔面に重い衝撃を与えられた「魔王」は、そのまま森が広がる後ろへと倒れていく。どうやら先ほどまで与えられていた攻撃も無駄ではなく、その蓄積されたダメージが俺の蹴りにより反映されたようだった。
ズドォォォォォォォォンンンンン!!!!!
スタッ。
倒れた「魔王」の腹の上に、俺は着陸した。先ほど食らったビンタのせいで、顔は歪んでいる。そして俺は皆に向かって、そしてミホリー先生に向かって、声を上げた。
「こんなスライムがでかくなっただけのヤツに俺たちはやられない!!!大切な『カレー作り』の邪魔なんてさせない!!!こいつは魔王の姿をしているだけで、魔王じゃない!!!こいつは言うなれば……………」
BBQ場の女子高生たちが息をのんだ。
「ゆめかわまお~ちゃま♡♡だ!!!!!」
しらけるBBQ場の中、サイカとミホリー先生だけが、「的確な名前だわ」と言った。
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