第39話 ミホリー先生の説教タイム
「魔法館」はミホリー先生が統括する施設で、中等部・高等部の生徒が「魔法」に関する感性を磨くことのできるよう、様々な展示が行われている。炎と氷の魔法を用いた冷暖房システムの仕組みや、幻影の魔法の発展に伴う映像技術の進化過程など、どれも好奇心を刺激されるものばかりで、また時間があるときにゆっくり見て回ろうと思った。
「この施設に興味を持つのは感心なことですが、今は説教のために来ているのです。さあこちらへ」
そう言ってミホリー先生は、最上階の管理者室の前へ俺を連行した。なぜここなのだろう。俺はどんな罰を受けるのだろう。以前授業中に寝てしまったことで先生に連れていかれ、見るに堪えない様子で帰って来たハッピーのことを思い出した。ミホリー先生は扉を開けた。
「アリサさん。中へ入ってください」
管理者室は、用途の分からない魔法の道具に溢れていて、カラフルな森のようにも、どうしようもないゴミ屋敷のようにも見えた。ただここはミホリー・ジンギーというキッチリしすぎている先生の部屋なので、おそらく散らかっているのではなく、それぞれが必要な場所に置かれているのだろうなと推測した。俺は奥にあるデスクの前まで進んだ。
「右にもう1つ扉があるでしょう。あの中に入ります」
部屋の右奥には腰くらいの高さしかない小さな扉があって、「立入禁止」の札が貼られていた。ミホリー先生がその扉に「マーゴマーゴ」と呪文を唱えると、「立入禁止」の札がペロンとめくれ、宙に舞い、扉が手前に開いた。
腰を屈めて中に入ると、そこは5人ほどしか居られないだろう狭い空間で、ただ天井だけはここが最上階と思えないくらいに高く伸びていた。床からはかなり弱いものの、風が吹き上げていて、今日は丈の長いスウェットパンツを履いているからいいものの、スカートだったらスースーするだろうなと思った。そしてこの空間にはもう1枚、今度は見上げるくらいに大きな扉がそびえていて、ミホリー先生は取っ手を掴み、手前に引くのだった。
「さぁ、お入りなさい」
この狭い空間で、大きな扉を完全に開けれるわけはなく、俺は少しだけ開いてできた狭い隙間から中に入った。
そして俺は目を見張った。
それはオーロラの中にやって来たみたいだった。虹色のわたがしの中に迷い込んだような、甘く無限に続く空間が、優しく抱きしめるように俺を圧倒した。後ろでミホリー先生が扉を閉め、俺の右隣に立った。
「ここは『無限の間』。いくらここで過ごしても、外の世界では一切時間が流れていない、そんな世界。私が40年かけて作り上げた魔法の場所」
やはり彼女はとんでもない魔法使いだ。ただ強力な魔法を高い精度で発動できるだけでなく、魔法の力で時空間を超越した新しい世界を作り出してしまっている。ジジのような神の領域に接近しているのではないかという恐ろしさを感じた。そして今から俺は、この規格外の魔女に説教される。
「アリサ・シンデレラーナさん。学園の行事中に眠ってしまうのは、心の弛み、集中力の欠如が原因です」
いいえ。女子高生と1つテントの下で過ごすことになったゆえの寝不足と、喋ったことのない女子高生と突如絡むことになったゆえの発作が原因です。
「そこであなたの精神力を高めるため、これから3つの訓練を受けてもらいます。まずはこれを受け取ってください」
そうして俺はミホリー先生から、1枚の紙を受け取った。俺はその紙に書かれた文字に目を通す。
一、ねじれた心を真っ直ぐに!淑女たる者、素直であるべし!
二、なぜ間違いを犯したか!淑女たる者、反省すべし!
三、いいわけせずに!ひたむきに!淑女たる者、真摯であるべし!
「何ですか……これ………」
「今からその『淑女三箇条』を、500回読み上げてもらいます」
「ごひゃく!?!?!?」
なぜこの「無限の間」に連れてこられたのか、なぜハッピーが生気を失い教室に帰って来たのか、俺は理解してしまった。
「さあ読んでください」
「ねじれたこころを………」
「どこから読んでるんですか!『一』からでしょうが!」
「いち、ねじれたこころをまっ………」
「心がこもってない!!!はきはきと読みなさい!!!!」
「いちぃぃぃぃぃ!!!!!」
初めて女子高生以外のことで挫けそうになった。
「アリサ……そんな目に遭わされるんだ………」
俺がミホリー先生に連れ去られた後、BBQ場ではルルップたちが、かつて同様の罰を受けたハッピーに、その内容を尋ねていた。
「あの先生はイカれてるっピ。最後までちゃんと付き合うところまで含めて、頭のネジが飛んでるっピ」
「やば~。うちやったら最初の『淑女三箇条』ってやつ3回言うだけでやめてまうわ~」
「たださらに怖いのは、乗り越えたら本当に効果があるところっピ。あれから雑念に集中を乱されることがかなり減ったし、睡魔も少ししたら消えるようになったっピ」
「アリサならきっと大丈夫よ。ミホリー先生は女子高生じゃないんだから」
そんなことを話していると、BBQ場の入り口の方で何やら騒がしくなってきた。
「サイカ様ー!!!!カレーはいかがですかー!?!?」
「サイカ様!!!お弁当持ってきましたわよ!!!」
「メイ様!!!メイ様の作ったカレー!!!食べさせてください!!!!!」
「あぁメイ様……私の愛情という名のスパイスを受け取ってください………」
高等部1年を除いたサイカとメイのファンたちが、このBBQ場で「カレー作り」をしている情報を聞きつけ、集まって来た。
「まずいわね。さすがに今度はクラスの迷惑になるわ」
「いつもなっとるけどな」
「彼女たちを私のブレスで焼き消すこともできるけど……さすがにそれはできないし……」
「やらんだけじゃなくて、言うのもやめといた方がいいんちゃうかな」
「カリーナ先生は逃げても解決にならないって言ってたわよね……」
「ゆうてたな……ほなどうすればええねん!」
「えっ!!!何で!!!無い!!!!!」
ミウが何やら別の理由で突然慌てだした。
「い゛ぢ!!ね゛じれ゛だごごろ゛を゛ま゛っ゛ずぐに゛!!じゅ゛ぐじょ゛だる゛も゛の゛………」
「498!」
「い゛ぢ!!ね゛じれ゛だごごろ゛を゛ま゛っ゛ずぐに゛!!じゅ゛ぐじょ゛だる゛も゛の゛………」
「499!」
「……………ざん゛!!い゛い゛わ゛げぜずに゛!!びだむ゛ぎに゛!!じゅ゛ぐじょ゛だる゛も゛の゛!!じん゛じであ゛る゛べじ!!」
「500!よくやりました!!!」
「い゛ぢ!!」
「終わりですよ!もういいですよ!」
「ばい゛………?」
俺は地獄の発声訓練を乗り切り、声帯が終わっていた。130辺りからはもう何も考えていなかったので、500回が終わったことに、すぐ気づかないのだった。
「素晴らしかったですよ。この調子で次の訓練に移りましょう」
そう言うとミホリー先生はローブの内側から、水晶と杖を取り出した。ミホリー先生が水晶に杖を振ると、水晶から光が伸び、宙に四角い画面を作った。
「次は映画を観てもらいます。先ほどとは違いただ観賞するだけなので、リラックスしていいですよ」
俺は地面に座り、映画が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「俺は正義のヒーロー『ネナイZ』!!!悪の軍団『スイー魔』を倒すため、世界中を駆け巡るぜ!!!!」
「キャーーー!!!カッコいいーーー!!!」
「ネナイZ様ーーー!!!」
「私を妻にしてーーー!!!」
「ふっ……残念だが俺は孤高の戦士……そんなに俺と一緒にいたいなら自力でついてくるんだな……」
「キャーーー!!!どこまでもお供しますわーーー!!!」
「ネナイー♪ネナイー♪ネナイゼーット♪嵐の~ままに~♪(OP)」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
休憩時間だと思っていた俺は、ミホリー先生がそんなに甘い人でないことを思い出した。先生にとってはこれが面白いのだろうが、OPまでを観た限り、この映画がクソ映画であることは明白だった。
「ぜん゛ぜい゛、ごの゛え゛い゛が、な゛ん゛じがん゛あ゛り゛ま゛ずが?」
「4時間です。たっぷり楽しめてお得です」
地獄はまだまだ続く………
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