第37話 キャンプの夜

 先ほど俺が放ってしまった信号弾の赤い光は、こいつにとって刺激が強すぎたのだろうか、黄色いスライムは目をしょぼしょぼさせ、気を失っていた。俺たちはしっかりと落ち着いた後、「青」の信号弾を空へ打ち上げた。



「なんやこいつ、スライムやったんか」


「そうだよ!女子高生がこんな森の中を1人でいるわけないもん!」


「じゃあさっきルルップを追いかけていったのっぺらぼうも、こいつが変身した姿ってこと?」


「ほな納得やわ。そんでうちが見た虫型モンスターも、アリサが見た女子高生も、たぶん別のスライムが変身した姿やってんで!」


「アリサーーー!!!!」


「メイさーーーん!!!!」



 俺たちがいる場所の西側からサイカが、東側からミウが走って来た。彼女たちはそれぞれ水色のスライムとピンク色のスライムを腕に抱きかかえていた。



「アリサ、無事でよかった。あの女子高生、スライムだったわよ」


「ミウさん……もう大丈夫です……あの虫型モンスターはスライムでした……」


「サイカ!ミウ!」


「あらルルップじゃない!あなたも無事でよかったわ!てっきり崖から転落して、木の枝で串刺しにされたのだと思っていたから」


「怖いわ!でもごめんねみんな。急に逃げ出しちゃって」


「スライムは相手の心を読み取り……相手が心から怖いと思っているものに変身します……だからルルップさんはお化けが本当に怖かったんだと思います………」


「つまり仕方がないってことだよね。俺もスライムが変身した女子高生から逃げちゃったし」


「うちも虫型モンスターから逃げてもうたからな。ルルップのことは責められへんで」


「うぅ~!!!みんな優しい~!!!大好きだよ~!!!」


「でもサイカとミウはスライムに心読まれなかったの?」


「私は……心を読まれる前に……虫型モンスターであるうちに倒しました……倒してからこのコがスライムだと分かりました………」


「なるほど。サイカは?まさか女子高生に攻撃したん?」


「違うわよ。私の場合は水色の女子高生だったのが、いきなりスライムに戻ったのよ」


「え………サイカさんの怖いものに変身しなかったんでしょうか………」


「私、怖いものなんてないわよ」



 さすがのサイカである。心を読めるスライムでさえも発見できなかったのだから、本当にサイカには怖いものがないのであろう。恐ろしい女である。サイカに怖いものが無いと知ったとき、今サイカの胸で気絶している水色のスライムはどう思ったのだろうか。ひどく混乱したに違いない。怖いものが無い人なんて普通いないのだから。このスライムは俺を驚かせた張本人であるのだが、俺は何故かこいつに同情してしまうのだった。サイカ怖っ。



「それでそこに倒れている黄色いスライムが、のっぺらぼうの正体ね」


「うん。たまたまアリサが倒したんやんな!」


「本当にたまたまね……こいつがスライムじゃなかったら危なかったよ………」


「おーい!!お前らー!!怪我はないかー!?」



 ほっとした表情のカリーナ先生とも合流し、無事全員が揃ったので、俺たちはキャンプへ帰ることにした。サイカとミウは抱えていたスライムを黄色いスライムの横に並べた。カリーナ先生やミウによると、いずれ目を覚ますだろうということなので、その3匹は置いていった。




 「ビッグ・ピッグ」を放置していた地点に戻り、他のモンスターに食い荒らされていないことを確認すると、俺たちは再び交代でビッグ・ピッグを運び、ベースキャンプに到着した。ベースキャンプには夕食後に組み立てた車輪の付きの荷台があったので、その上にビッグピッグを乗せた。日付が変わろうとしていた。




「よーし。トラブルこそあったが、思っていた以上に早く狩猟を終えることができた。上出来だぞ。『肉班』がお前らでよかった。これから6時間ほど寝て、朝食を食べたらすぐに学園へ戻る。そしてそのまま『カレー作り』だ。『カレー作り』には担任のミホリー先生も参加することとなる。行事とはいえ学園活動の一環だから、途中で眠るなんてことがあれば、恐ろしい目に遭わされるぞ。しっかり休んでおけよ」




 モンスターを寄せ付けない魔法『ヒサケル』に囲まれたベースキャンプの内側には、テントが3張横一列に並んでいた。1張のテントにつき2人ずつ寝られる仕様で、サイカはカリーナ先生と、ルルップはメイと、そして俺はミウと一緒に寝ることとなった。


 「おやすみー」と言いながら、ルルップとメイが左側のテントへ入っていく。サイカとカリーナ先生も、既に中央のテントに入ってしまっていた。俺たちも右側のテントへ入ろうとは思ったのだが、困ったことに俺は女子高生が、そしてミウは人そのものが、とても苦手だった。女子高生と一緒に寝るだと!?!?俺とミウの心臓の鼓動は、ベース音のように重く低く鳴り響き始めた。



ドュドュドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュドュドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、Another One Bites the Dust!



心臓のリズムに体を小さく揺らしながら、俺とミウはテントへと進んだ。



ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、Another One Bites the Dust!



テントの中には暖かそうな寝袋が2枚あって、その間には炎の初級攻撃魔法「マチャッカ」を点けたり消したりできる、ヒーターのような暖房器具が設置されていた。しかし俺たちは寝袋を足で踏み潰しながら、心臓が刻むビートに身を任せるのだった。



ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、Another One Bites the Dust!



”Whoo!!”と叫びながら、“clap!!”手を叩きながら、俺たちは踊り狂っていた。楽器なんてなくていい。ヒーターなんてなくていい。この心臓のビートさえあれば、俺たちはどこまでもヒートアップできるぜ!!!!!Yeaaaah!!!!!



ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、ドュッ、ドュドュッ、ディッディッ、ドュディッ


ドュッ、ドュッ、



「てめぇらうるせぇぞ!早く寝ろ!」



 2人一緒に寝るという事象におかしくなっていた俺とミウは、カリーナ先生に怒られたことで正気を戻し、床に就いた。体は熱くなっていたが、風邪をひくといけないので、しっかりと寝袋の中へ入った。




 とはいうものの、隣で女子高生が寝ているという現状に、俺は落ち着くことができず、全く眠れなかった。1時間ほど目をつぶってごろごろしていたのだが、遂に我慢ができなくなって、上半身を起こした。


 すると隣ではミウも起き上がっていて、手には淡いピンクや紫や水色が入り混じった、ゆめかわ系のウサギのぬいぐるみを、大切そうに撫でていた。



「ミウ……かわいいね……それ………」


「はぅあ!アリサさん!起きてたんですか!」


「それミウのぬいぐるみ?」


「いえ……ここへ戻ってくる途中に森で拾ったんです……以前森で狩りをしていた人が落としたものだと思うんですけど……少し汚れていて何だかかわいそうで……」


「モンスターの形をしてるしね」


「そうなんです!それで私ほっとけなくて……帰ってから綺麗に洗濯して、ツリーハウスにでも飾ろうと思って………」


「あの『ツヨビーバー』のビビンバくんは大丈夫なの?そのぬいぐるみにイタズラしない?」


「ビビンバくんは賢いコなので大丈夫だと思います……」


「そっか………」



 優しくぬいぐるみを抱きしめるミウの向こう側に、隣のテントで横になっているカリーナ先生のシルエットが見えた。先生は寝相が悪いらしく、しゃくとりむしのようにうつ伏せの状態で、くの字に背中だけが盛り上がっていた。



 結局眠れないまま朝を迎えた俺だったが、ミウと話したことで精神的な緊張は解け、穏やかな夜もすがらだった。




 翌朝、俺たちは朝食を摂り、テント等を片づけると、学園への帰路についた。途中で何匹かのモンスターを倒しながら順調に歩みを進めた俺たちは、午前10時頃、鍋や包丁など「カレー作り」の準備を整えた1―Cのクラスメイトが待つ、学園内のBBQ場へ到着したのだった。

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