第35話 野菜と豚と
夜も更け、既に森は真っ暗闇であった。カリーナ先生は光の魔法によって作動する懐中電灯を灯しながら、スタスタ森を進み、その後ろを俺たちも、サイカ-ミウ-メイ-ルルップ-俺 の順に、一列になって歩いていた。俺たちも一応それぞれ懐中電灯を所持していたが、明かりで敵に居場所が感づかれないよう、光は消していた。
「うう……ううう……」
俺の前でルルップが、呻き声を上げている。小さな身体をさらに縮こませ、ガタガタと震えいていた。
「ルルップ、どうしたの?大丈夫?」
「うう……アリサ~。私、暗いとこ苦手なんだよ~」
「ほななんで来たん!無理せんと待ってたらよかったのに!」
「だって『ビッグピッグ』が夜行性だなんて知らなかったし……キャンプに1人は寂しいし……」
「アリサ・シンデレラーナ。手でも繋いでやれ。それでいくらかマシになるだろ」
「は…はい……」
「アリサ大丈夫?いくら私でも女子高生と手を繋ぐとかイレギュラーなことしちゃったら、また変になっちゃうんじゃない?」
「大……大丈夫だよ………」
「ホントに……?」
するとルルップは前を向いたまま、両手を窮屈そうに後ろへ上げた。俺がそれらの小さな手を、左右両方軽く握ると、ルルップは「もっと」と言いながら、両手を強く握り返した。かわいっ。
「アリサ、大丈夫?正気保ててる?」
「おーう。全然大丈夫だコーン」
「え?コーン?」
「気にしないで進むイモ」
「イモ!?!?」
「先生、『ビッグピッグ』はまだいず?」
「奴らの生息地はもう少し奥のはずだ。まあ慌てるな。時間はたっぷりある」
「いや!?!?大豆!?!?」
「先生、アリサにライトを当ててください!」
サイカがそう頼むので、先生は俺の顔面に懐中電灯の光を当てた。
「眩しっ!!!!!」
「アリサ………」
「やっぱり駄目だったのね………」
「全然大丈夫ちゃうやん!」
明かりに照らされ素性を明かした俺の顔は、トウモロコシ、サツマイモ、大豆、他にも様々な葉っぱや種や根で構成されており、アルチンボルドの絵画みたいだった。
「大丈夫だよ。そんなことより早く狩りに行コーン」
「アリサ、もういいよ!手離して!」
「ルルップ。無理しなくていいんダイズ。手を離したら怖くなイモ?」
「アリサの顔の方が怖いんだよ!!!」
ドドドドドドドドドドドドド………
森の先の深い暗闇から、何かが接近してくる音がする。ルルップはもう一度、俺の手を握り直した。
ドドドドドドドドドドドドド………
バキッ、ボキッ、バキッ、ベキッ、ボキッ
その音は森の木々を薙ぎ倒しながら、ずんずんこちらに近づいてくる。
ドドドドドドドドドドドドド………
バキッ、ボキッ、バキッ、ベキッ、ボキッ
「ブゴゴオオォォォォォオオオ!!!!!」
「ビッグ・ピッグだ!!!お前らいったんよけろ!!!散れ!!!」
カリーナ先生が向けたライトの先では、高さ3mほどの巨大な豚が、こちらへ突進してくる最中だった。薄い桃色の肌はとても柔らかく繊細でありそうなのに、何本もの樹木を簡単にへし折っていく。脂肪と筋肉に包まれた、まんじゅうのような丸いフォルムは、バラバラに散った「肉班」の中でも、俺に狙いを定めていた。
「マズいわ!!アリサを狙ってる!!」
「顔がちょうどあいつの餌なんや!!!」
「アリサ!元に戻って!もう手は離れたでしょ!」
無理だ。そんなすぐには戻れない。俺は栄養満点の首から上をぐらぐらと揺らしながら、必死に逃げようとする。しかし脳みそまで野菜になっているせいか、足の運びが上手くいかず、俺はしばらくフラフラした後、地面に倒れこんだ。
パクリ。
結局俺はビッグピッグに頭部をくわえられてしまった。もしもこのビッグピッグがカレーの材料に使われるなら、これからこいつに食べられる俺も、カレーの一部となるわけで、つまり女子高生恐怖症の俺が、女子高生の血肉の一部となるわけである。皮肉な話だ。
「繊細な皮に、上質な肉。とても美味しそう。ごめんなさい。食のため、あなたを殺します。せめて一切苦しまず、安らかな死を」
それは一瞬の、ほんの一瞬の出来事だった。
ルルップたちがいる方向から銀色の直線が閃いて、俺をくわえたビッグピッグの頭上をまっすぐ通過した。俺は口からぽとりと落とされた。ビッグピッグは後頭部から少し後ろの箇所にできた、必要な裂け目から赤い鮮血を噴き出して、ごろり横に倒れた。そして俺の隣では、ミウが太刀を鞘に収めていた。
「ミウ……す…すごいね……」
「はい。狩りなら任せてください」
「あ……ありがとう!!助かった!!」
「うえ!!!うええ……はい……無事でよかったです………」
「アリサーーー!!!!ミウーーー!!!!」
俺たちを呼ぶルルップの後ろから、サイカとメイとカリーナ先生もこちらへ向かって走って来ていた。そしてようやく俺の顔も元に戻った。
「ほう!ミウ・シタツミ!素晴らしい狩りの腕前じゃないか!」
「はい……ありがとうございます……」
「よし!いったんこいつをキャンプへ運ぼう!」
カリーナ先生はリュックから木の棒を1本取り出し、両手の手のひらに挟み、コロコロと転がした。するとその棒はにょきにょきと伸びていき、ビッグピッグの体長より少し長いくらいになった。それからその棒にビッグピッグの手足を縛りつけ、棒の両側の余った部分が肩に担げるようになった。
「前は私が持つから、後ろを1人交代で持ってくれ。他の4人はモンスターが襲ってこないか、周囲の様子を確認しておいてくれ」
最初にサイカが後ろを担ぎ、俺たちはキャンプへ歩き始めた。ルルップは再び暗闇に怯え始めたが、俺ではなくメイの手を握ることで、少し落ち着いたようだった。周囲にモンスターの影はとりあえず見えなかった。ルルップがカリーナ先生に1つ尋ねた。
「先生、この森ってどんなモンスターが生息してるんですか?」
「そうだな。『ビッグ・ピッグ』のような獣型、あとは植物型と物質型のモンスターが生息している筈だ」
「幽霊型のモンスターはいないですよね?」
「おそらくいないだろう。何だ?ルルップ・ベルは幽霊型のモンスターが怖いのか?」
「はい……お化け怖いです……」
「そうか。でも大丈夫だ。この森に幽霊型のモンスターは出ない」
「よかった~」
安心した様子のルルップは後ろを振り返った。
「ねえアリサ?モンスターの気配はどう?まあ幽霊型のモンスターがいないなら、私がちゃちゃっと倒しちゃうけどね!」
お化けが出てこないと悟り、調子に乗れるほど元気になったルルップだったが、俺は彼女に言わなけれなならないことがあったので、後ろを振り返った。
「ルルップ、俺、こっちにいるんだけど……」
俺はルルップの前方にいた。暗くて視界が悪かったので、気づかなかったらしい。そしてルルップが後ろに振り返り、話しかけた相手も、確かに俺のように見えた。
「え…え……?どういうこと……?」
そう言ってルルップは、自分の懐中電灯を点け、後ろにいる「俺のような物体」を照らした。ポニーテールの金髪や、我ながら小顔で綺麗な肌は、まさに俺そのものであった。ただその女には顔が無かった。
「ギャーーーーーーーーー!!!!!!!」
恐怖のあまり気が動転したルルップは、懐中電灯を地面に落とし、森の深いところへ逃げ去ってしまった。のっぺらぼうの俺もまた、それを追いかけて行った。
「待て!!ルルップ・ベル!!単独行動はマズい!!!!!」
そんなカリーナ先生の注意も意味をなさず、ルルップは行方不明となった。
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