第34話 追加目標

 この世界に来てから学園の外に出るのは初めてだった。学園内にはあらゆる店が揃っていて、運動や気分転換をするための広場や施設も豊富だったから、外に出たいとも出ようとも全く思っていなかった。実際ルルップや他の生徒たちも、春休みに古郷へ帰るか、学校行事くらいでしか外に出ることはなく、サイカなど帰郷することすらない生徒らは、より一層外へ出る機会が少ないのだった。



 学園内で全てが充足するというのも外に出ない理由の1つだったが、もう1つの理由として、外にはモンスターの危険があった。



「コルチール!!!」



 サイカが氷の中級攻撃魔法で、おでこから角の生えたウサギのモンスター「アルミラージ」を凍らせ動きを止めると、ルルップが熊手を振り下ろし、アルミラージのうなじ部分に命中させた。気絶したアルミラージの背後から飛び出してきたのは、背中が棘に覆われたネズミのモンスターだったが、竜人姿のサイカは白い鱗を纏った拳で、棘などものともせずに殴りつけた。しかし「フンバリネズミ」は、どんな強力な攻撃も一度は耐え切る性質を持っていたので、かろうじで気絶せず、再びサイカに襲い掛かる。そこで俺は、スイカ事件のときに拾い、何体ものキラースイカを粉砕したあの太い木の棒を振りつけ、残りわずかであったフンバリネズミの体力を削り、気絶させた。



「へぇ~!お前たちやるじゃないか!」



 学園を出て10分ほどで遭遇した、最初のモンスターの襲撃を突破した俺たちに、カリーナ先生は愉快そうな表情を見せた。ミウは腰に据えた鞘に手をかけてはいたのだが、出番のないまま終わってしまった。



 それ以降も「カイリキノコ」「レッドフォックス」「マジックマ」「ヘルスコーピオン」など、様々なモンスターの襲撃を受けたのだが、俺たちは危なげなく撃破し続け、夕日が落ちてきた。俺たちは、ある森の前にたどり着いた。



「よし、ここにテントを張ろう。今から夕食を摂り、少し休憩してからこの森に生息している『ビッグピッグ』の狩猟に向かう」



 カリーナ先生は、リュックから3張りのテントと、コンロや網を取り出し、手際よくベースキャンプの設営を始めた。そして魔法瓶を取り出すと、キャンプの周囲を囲むように、中からパラパラとオレンジ色の粉を撒いた。地面に落ちた粉からは、膝くらいの高さまでオレンジの光が立ち上り、柵のようにキャンプを取り巻いた。「これって魔法ですか?」とメイが聞いた。



「ああ。この粉は、モンスターが近づいてこなくなる魔法『ヒサケル』を結晶にしたものなんだ。1日しか効果は続かないが、基本的に魔法が使えない狩人にとって、拠点を作るのに重要なアイテムだ。あと明かりになるのも便利だ」



 俺たちも設営を手伝っているうちに、月が昇り、夜になった。昼には青に紛れ込み、息を潜めていた星が、黒い背景に本当の姿を隠しきれなくなってしまい、ありのままキラキラしている。



 俺たちは学園から持ってきた「ボンタン鳥」の肉や「しょっぱレモン」、「ワライコメ」などを取り出して、先生の調理器具を使いながら、夕食を作り、食べた。



「アリサ、学園の外に出てから、なんか調子良さそうじゃない?」


「そうなんだよ、ルルップ。4人以外に女子高生がいないからかな~」


「女子高生がいない?どういうことだ?」


「先生。アリサは女子高生がトラウマなんです。女子高生と絡んだら、発作起こしたり、気失ったりしてまうんです」


「ミウ・シタツミも人が苦手だと言っていたな?」


「はい……苦手です………」


「お前ら明日どうするんだ?女子高生や人と絡むことが、主たる目的の1つといっても過言ではないぞ?」


「げ!」


「うう………」


「それにメイ、実は私たちにも問題があるわ。昼休みみたいにファンの子たちが騒いでしまったら、行事どころではなくなるかも………クラスのイベントだから、寮や森へ逃げるわけにもいかないし………」


「ほんまやん……」




 それからしばしの沈黙があり、カリーナ先生がそれを破った。




「よし!お前たちには特別に、この行事における追加の目標を定めよう!」


「追加の目標ですか?」


「そうだ、アリサ・シンデレラーナ。まずお前は最低限、クラスの女子高生に慣れるんだ」


「はあ……そりゃあ慣れたいですけど……でもどうやって………」


「お前は女子高生が駄目といっても、ここにいる4人は大丈夫なんだろ。それは何故だ」


「それは…女子高生というよりも……友達って感覚の方が強いからで………」


「ではクラスメイトも女子高生とは意識せず、単なるクラスメイトだと思い込むんだ」


「できますかね……」


「できるできないじゃない!やるんだ!」


「は、はい!」



 カリーナ先生の言動に熱血が帯びてきた。その厳しさは、やや気圧されるものであったが、優しくされたところで女子高生の克服はできないのだから、俺にはありがたいものだった。そして先生は、そこまでを見越してわざと厳しくしているのだとはっきり分かり、心から信頼のおける人なのであった。



「じゃあミウは、人をモンスターだと思い込めばいいんじゃないかしら」


「え……モンスターですか………」


「ほう。それは良い方法かもしれないな。所詮人とモンスターの違いなど、喋る喋らない程度だ。積極的に人と話す必要はない。人の話を聞く必要もない。まずは人のいる空間に慣れるんだ。できるか?ミウ・シタツミ?」


「はい……がんばります………」


「サイカとメイはどうするの?意識の問題とかじゃなくない?」


「せやねん、ルルップ」


「先生。私たちはどうすればいいですか」


「知らん」


「えぇ!?」


「知らんの!?」


「あぁ。知らん。ただ私に言えることがあるとすれば、逃げたところで何も変わらないということぐらいだ」



 そうして俺たちは夕食を終え、片付けてから少しの間休憩をした。俺はぼーっと夜空を見上げていた。




 休憩が終わると、俺たちはついに狩猟のため、森の中へと入っていくのだった。

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