第28話 イタミヤスイカの主張

 俺の発する鬨の声に反応した巨大スイカが、大きなにやけた口をくるりとこちらに向け、キャキャキャと笑った。そしてその口は、内側にいっぱい空気を溜めこみ、頬を膨らませたような様相をし、それからガトリング砲のように俺たちに、多量のキラースイカのを発射した。



「バギュゴボギャビガバグブゴギュジュドガギャ」



 次々と飛来してくるキラースイカを、次々と破壊しながら、俺は巨大スイカのもとへじりじりと前進していった。単純な連射では通用しないと考えた巨大スイカは、噴出したスイカを地面にバウンドさせてみたり、アーチを描くように空から攻撃させてみたり、スピードやリズムを崩しながら、俺を撹乱しようと試みた。しかしもう絶対に集中を切らさないぞと心に誓った俺は、そんな奴の工夫をものともせず、なお次々とスイカを破壊していくのだった。その感覚は、音ゲーに似ていた。




GREAT! GREAT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! GREAT! PERFECT! GREAT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! GREAT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PREFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT! PERFECT!




 フルコンボ!




「いくらお前が学園を揺るがす不死身の化け物でも、女子高生でない限り俺は倒せないよ」


「キャ…………キャ…………」



 悉く攻撃を挫かれ混乱する巨大スイカの目前に辿り着いた俺は、大きく棒を振りかぶった。こいつを叩き割ればとりあえず、これ以上キラースイカが増殖してしまうのを防ぐことができ、あわよくば現存するキラースイカの消滅と、スイカ人間の回復も期待できる。俺の粗相に大勢の人を巻き込んでしまった。自らの犯した過ちは、自らで取り返す。



「オラァァアアァァァアアア!!!!!」


「右!!アリサ!!右!!!」



 ルルップの叫び声が指示した右側に視線を移すと、地上を彷徨っていたはずのスイカ人間となったユイ先生が、俺に襲いかかろうとしているのが見えた。スイカ人間といってもさすがはユイ先生で、彼女の俺に近づいてくるスピードと、右の拳を突き付けてくるスピードは、異次元と言って差し支えなかった。ユイ先生の接近に気づけなかった俺は、何とか振り上げた棒を動かし襲撃を受け止めようとしたが、どう考えても間に合わなかった。殴り飛ばされ、塔から真っ逆さまに落ちる姿が予感された。



「次は!!私が!!!アリサを助ける番んんんんん!!!!!」



 先生の拳と俺の顔面が紙一枚分の距離になったところで、俺の背後からルルップが、先生のスイカとなった胴体へ突進した。ルルップと先生はそのままごろごろと転がっていき、煉瓦でできたパラペットへ激突した。俺と巨大スイカがその光景に呆然としていると、隣をメイとサイカが通り過ぎて行った。サイカは入学初日に中等部の中庭で見せた、竜人の姿になっていた。すれ違いざま、サイカが「ユイ先生は私たちが止めるから、アリサはそいつをお願い!」と言い、メイも「せやで!うちらに任して!」と言ってくれたので、心から頼もしい仲間だと思った。



 すぐさま俺は巨大スイカを睨みつけなおし、棒を構えた。先ほどまで下品に吊り上げられていた口角が、今は弓なりに下へ向き、怯えた表情になっていた。何だか可哀そうな気もしてきたが、学園やスイカ人間にされた人たちのためにも、今ここでこいつを粉砕しなければならない。しかしやはりこの巨大スイカ、もはや戦意を喪失し、助けを乞うているようにさえ見える。



塔の下、地上の方から声が聞こえてくる。



「ワラナイデ……ワラナイデ……」



3人に取り押さえられたユイ先生の口からも、同じ台詞が聞こえてくる。



「ワラナイデ……ワラナイデ……」



 俺は振りかざした木の棒を、縞になっているスイカの皮の黒い部分に、そっと下ろした。そしてその棒を介して、「プチーユ」を唱えた。



「ごめんね。俺の魔法が暴走したばっかりに、びっくりさせちゃったよね。もう大丈夫だよ。怯えなくていいから、ゆっくりお休み」



 緑の光が巨大スイカの丸い図体を囲んでいく。その真ん中の大きな口は、もう憎たらしくにやけることも、恐れおののくこともなく、安心したようなほほ笑みを、天使のように浮かべていた。






「あら、なぜ『プチーユ』の光が至るところに」


「ミホリー先生、きっとアリサたちが何かやってくれたんですよ」


 ジジとミホリー先生の周りにいる、スイカから変身した女子高生らにも、同様に緑の光が漂っていた。光を纏った女子高生たちは徐々に姿を消していき、跡にはスイカの種が一粒ずつ残った。他のエリアにいるキラースイカの集団からも、癒しの光が溢れ出しており、それは学園中が彩雲に飲み込まれ、浄化されているみたいだった。






 俺の前にもスイカの種が一粒落ちていた。その種は、全てを吸収してしまいそうに漆黒で、また全てを反射してしまいそうに艶やかであった。俺はその種を、木の棒を持っていない方の左手で拾った。



 掃除のおばちゃんが俺の傍へと近づいてきて、じっとその種を見つめた。



「イタミヤスイカって、全員が魔法を練習するというわけじゃないから、実は回復魔法の練習用として使われるのって、作られた中の半分くらいしかないのね。もう半分はどうなるかというと、すぐ傷んじゃうから食べることもできないので、スイカ割りの遊びに使われてそのまま捨てられちゃうの」


「だから彼はスイカ人間に割らないでと言わせることで、種族の悲鳴を訴えたんですね」


「なぜあなたの暴走した魔法がイタミヤスイカを怪物にさせたのかは分からないけど、ただイタミヤスイカが自らの苦悩を主張できるようにする、そのきっかけとなったことは確かね」


「おばあちゃん。俺の魔力は怪しいですか」


「正直かなり怪しいわ。長い間生きてきて、こんなことは初めてよ。でもね…………」


「アリサ!!おばあちゃん!!まだ終わってへん!!全然終わってへんで!!!」


「ワラナイデ……ワラナイデ……」



 巨大スイカとキラースイカの処理には成功したものの、キラースイカに噛まれ、スイカ人間になってしまった人たちの回復は叶っていなかった。ユイ先生は引き続き押さえつけられ、地上でもスイカ人間らが未だ徘徊していた。



「アリサ!アリサが先生に『プチーユ』かけてみて!うちの『プチーユ』じゃあかんかった!」



俺は躊躇してしまった。人に魔法をかけるということが、恐ろしいことだと思った。すると隣からおばちゃんが、背中をさすってくれた。



「アリサさん。きっとあなたの『プチーユ』でユイを治せるわ。大丈夫。あなたの魔力はとっても怪しいけれど、きっと優しい力だと思うの」


「……………やってみます」



 俺は呻き続けるユイ先生のもとへ行き、再び木の棒で「プチーユ」をかけた。すると先生の胴体を覆っていたスイカがドロドロと溶けていき、中から元の体躯が現れた。「ワラナイデ」という声は徐々に小さくなっていき、そのまま穏やかに消えた。少し眠ったようになった後、ユイ先生は目覚めた。



「んっ……あれっ………スイカはどうなったの………」


「アリサが収めてくれました。いったん危機は去りましたよ、先生」


「サイカさん……そうですか………ルルップさんもメイさんも……アリサさんも………無事で何よりです………ミポリンは………?あれっ!?そこにいるの!?ナンノじゃない!?」


「ユイ、おはよう。ミホリーは大丈夫よ。避難した生徒も先生方や職員の方たちもとりあえず無事だわ」


「そう……よかった……」


「ただスイカ人間にされてしまった人たちだけは、まだ救出できていないんです。アリサの『プチーユ』で元に戻せることは分かったんですけど……」


「ルルップの言う通りで、そこがどうしよって感じです」


「ワラナイデ……ワラナイデ……」



 スイカ人間1人、ここまで登ってきていた。掃除のおばちゃんナンノさんに近寄っていく様子を見せたので、メイが反射的に杖を取り出し、スイカ人間に先端を向けた。



「コチール!」



 氷の魔法が放たれて、スイカ人間の動きは止まった。メイが杖を下ろした手の指には、治すのを忘れていたマメが残っていた。



「アリサ、はよあのコも戻してあげて」



 俺は再び「プチーユ」を唱え、その子を元の女子中学生に戻した。「ありがとうございます」とお礼をされたが、もともと俺が原因なので複雑な気分だった。




しかし俺はこの一連の中で、目覚ましいアイデアを閃かせていた。




「メイ!サイカ!ルルップ!スイカ人間になった人たちを元に戻そう!ドドーンといっちゃおう!」




 3人は首をかしげながらも、その顔は俺を信頼してくれているようだったので、俺は彼女たちのことを、本当に有難い存在であると思った。

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