第29話 プロジェクトF

 ルルップは部屋からあの大きな熊手を持ってきて、サイカは再び完全なドラゴンの姿に変身した。メイと俺はさっきの広場に待機していた。これから俺は杖を使う予定なので、さっきまでキラースイカを叩き潰し、「プチーユ」の発動に使っていた木の棒は、もう捨ててもよかったのだが、共に試練を乗り越えて、妙な愛着を持ってしまったので、一応広場に持ってきていた。もちろんスイカの種も捨てていない。購買で買った小さな紙の袋に入れて、ポケットにしまっていた。


 特にドラゴンの姿をしたサイカが目立っていたので、広場にはスイカ人間にならずに済んだ女子中高生たちが、観衆として集まっていた。サイカやメイのファンたちも大勢いて、騒然とする広場がさらにやかましくなった。





 土曜の空は日が暮れかけていた。




「じゃあ作戦通り行こう。これでスイカ人間になった人も、みんな元に戻るはず」


「アリサ、本当に私、暴走する必要ある?このままでも十分砕けると思うけど」


「これはオマケなんだ、ルルップ。ルルップが危険な存在でないことを学園中に示すチャンスだ」


「大丈夫よルルップ。私がすぐに熊手は強奪するから。それにそのバーサーカーフォルムってやつ?にも徐々に慣れていった方がいいわ。カッコいいし」


「うちもそのバーサーカーフォルム見てみたいわ~」


「サイカ、メイ、私真剣なのよ」


「でもルルップ、本当にその『見せる』ってことが大事なんだよ。しょうもない憶測で噂を鵜呑みにする人も、実際に見ることで真実を分かってくれると思うんだ」


「分かったわ、アリサ。あなたを信じる」


「じゃあ行こうか」



 熊手を持ったルルップがサイカの背中に乗り、俺とメイは杖を持って相対した。




 作戦はこうだ。まず俺が、メイの指のマメに対してありったけの「プチーユ」をかける。持てる魔力を最大限に使って、溢れんばかりに。そしてその大量の「プチーユ」の光にメイが「コチール」をかけることで、氷の中に魔法を閉じ込める。俺の「プチーユ」が封じられたその氷塊を、今度はサイカが持ち上げて、上空の高いところへと運ぶ。ルルップはサイカの背中に乗って、その間頑張って熊手を武器だと思い込む。そしてバーサーカーの姿にフォルムチェンジする。最後にルルップが氷塊を熊手で思いっきり叩き割ることで、封じられた「プチーユ」の光が学園中に放射され、スイカ人間が元の姿に戻る。以上の作戦を「プロジェクトF」とする。



「皆、準備はいい?」


「いいわ」


「いいよ」


「ええで」



「プチーユ!!!」



俺は杖を振った。メイの指へと緑の光が、どんどん吸い込まれていく。



「まだまだぁぁぁ!!!」



もうマメを治すには十分の魔力を放っていたが、俺はさらに体内の魔力を杖へ杖へと集めていく。魔法の光は激流となり、メイの指の周辺に渦巻く。



「アリサ!!もっとや!!がんばれ!!」


「おらあぁぁぁあぁぁああ!!!!!」




「すごっ!あんな『プチーユ』初めて見た!」


「あの子、入学式で倒れた子じゃない!?」


「アリサちゃんだ!あの子私のクラスメイトだよ!」




ふっ…………




女子高生の周りで騒ぐ声が俺の耳に届いてしまった。全ての身体機能が一瞬停止する。魔法の放出も途切れる。



「あかん!!まだ足りてへんで!!アリサ!!はよ魔法かけなおさな!今集まってる魔法も消えてまう!!!」


「アリサ!起きなさい!」


「アリサ!起きて!」



俺は棒立ちのまま、真っ白になってしまった頭を必死に起こし直そうとする。



「姉貴!大丈夫すか!」


「ヒメカ……あんまり暴れないで………重いかも……」


「てめぇリトス!!レディに重いとか言うなぁ!!!」



 気づくと俺の背後にいたのは、肩車をしたヒメカとリトスだった。リトスがふらつきながらヒメカを肩に乗せ、ヒメカは両手の人差し指で俺の両耳の穴を塞いでいた。



「姉貴!!これで集中できますか!!」


「ヒメカ……耳塞いでるから話しかけても聞こえないかも……聞こえいていたら私たち意味ないかも………」


「確かに!!!」



 そういう2人の会話が俺には聞こえていなかったが、俺は「ありがとう」と声に出し、メイの指に意識を集中させた。そして再び、回復魔法を唱えた。




「フチーユ!!!!!」




 中級回復魔法「フチーユ」。初級の「プチーユ」と比べ、魔力の消費量こそ多いものの、より効率的に大きなダメージを回復させることができる。


 予め「フチーユ」を試してみようと思っていたわけでも、「フチーユ」を使えると確信いたわけでもなかったが、何故か口からポロっと出てきたのは、初めての中級回復魔法だった。土壇場になると人は思わぬ力を発揮することがあるようで、俺は自分で自分に驚いていた。


 「プチーユ」では、煙のようなもやもやとした光が放たれるのに対し、「フチーユ」の光はもっとサラサラとしていて、カーテンがひらめくように爽やかな緑がメイの眼前の魔法の渦巻に流れていった。




 そして学園中に届くのに十分な、魔力の塊が完成した。




「おっしゃあ!!!次はうちの番やで!!!」




 メイはきれいにマメが消えた手で杖を振り、氷の初級攻撃魔法を唱えた。




「コチール!!!」




 凍てつく白い冷気が、螺旋する緑を囲っていく。パキッ、パキッ、パキッと薄い氷の膜が徐々に表面を覆っていき、俺の回復魔法が全てその内に仕舞い込まれた。しかしその直後、ピキッ、ピキッと所々に小さな穴が開いていき、そこから魔法が噴き出していく。



「あかん!氷の強度が足りん!」



 閉じ込めている魔力の量が膨大であったため、少しずつ穴ができるにとどまらず、氷の膜はその全身にひびを走らせていき、遂には崩壊した。中に押し込められていた魔法がはじけ飛び、宙に舞い散り消えようとしている。




「まずい!魔法が消えてしまう!ヒメカ!リトス!『キツマイモ』を買いに行こう!とりあえず俺が魔力を回復させないと!」


「待ってアリサ!たぶん大丈夫やから!」




 広場の東側、食堂と隣接する購買へ俺たちが走り出そうとしたところを、メイが制止した。その表情には些かの不安と、自分を成長させる危機への興奮が入り混じっていた。




「そうやん。なんで『コチール』でええと思ったんや。アリサが一段階上の魔法に目覚めたのを見たばっかやろ。うちもぉぉおお!!!やったるでぇぇぇぇ!!!!」




メイはもう一度、空中に浮かぶ魔法に対して鋭く杖を振り上げた。




「コルチール!!!!!」




 より凛冽な激しい風が大きく吹き広がって、魔法の漂う面積の中心へと収束していく。それにつられて緑の光も、中心へ中心へと集まっていき、再び塊の体を成した。それから寒風は塊の周囲をぐるぐると周り、徐々に氷が分厚く固まっていく。先ほどの膜とは全く異なる隕石のような氷塊に、「プチーユ」と「フチーユ」の混じった渦が閉じ込められ、重く不思議な音を立てて、地上に落下した。



「すごいよメイ!!とんでもない威力だ!!」


「アリサのおかげやで!!氷の中級攻撃魔法『コルチール』や!!」


「メイさん……カッコよかったかも………」


「ありがとうな、リトスちゃん」


「さあ、次は私がこれを運ぶ番ね。ルルップ、行くわよ」


「うん!どどーんと行こう!」



 サイカが巨大な氷の塊を両手で抱え込む。「冷たっ」と呟きながらも、軽々持ち上げると、翼を上下に大きく羽ばたかせ、いっきに空へ駆け上った。白く壮麗な迫力ある姿が、みるみる小さくなっていく。



「ルルップ?どう?その熊手、武器と思えそう?」


「これは武器これは武器これは武器これは武器これは武器これは…………」


「そう、それは武器よ。使い方次第で簡単に人を殺せるわ」


「これは武器これは武器これは武器これは武器これは武器これは…………」


「その調子よ。それを使えば、敵の腹を裂いて内臓を掻き出すこともできるし、背中に食い込ませて脊髄に直接裂傷を負わせることもできる。両方の目玉を同時にほじくり出すこともできるし、表面を掻いて皮膚だけ引き剥がすこともできる」


「サイカ!!怖すぎるよ!!!」


「私はいいから!武器に集中して!」


「気になるわ!!!」



 日が落ちて星が輝き始めた大空の、目標の地点に2人は到着した。学園を見渡すと当然まだ、スイカ人間となった人たちがふらふらと放浪している。今年からこの学園に来たばかりの人もいるだろうに、初めての休日が台無しだ。それでもサイカは、スイカのことは嫌いでも、この学園のことは嫌いならないで欲しいと心から思った。ルルップも、この人たちを救わなければと、切に思った。





 綺羅星が散り積る天空の闇、白き衣を纏いし竜が、暴虐の戦士を背に乗せて、翡翠を閉ざした氷晶を、空に放り天に捧ぐ。戦士の跳躍は月に重なり、陰の黒きが武器を携え、次第に黒は月をも隠し、眼前の光彩に武器を通らす。





 氷塊は砕け散り、花火のようだった。

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