第19話 アリサロケット発射
「おららあぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
どでかい熊手を振り回したルルップが、ばったばったと女子高生を、のべつまくなしに薙ぎ倒していた。
暴走した姿=バーサーカーフォルムへと変身する心配がなくなったルルップは、これまで溜め込んできた鬱憤を、全て開放するかのように、のびのびと打ち合いに興じていた。次々倒される女子高生を見ると、暴走したときと同じじゃないかと思われるところではあるのだが、実際はただ勝手気ままに熊手を振るっているのではなく、相手が痛みを感じないような、相手が絶対に怪我をしないような、そんな打ち方をルルップは徹底していて、その的確な熊手捌きに、彼女の戦闘技術が本物であることを確認できた。
「やはり見事だな」
そう呟くミツキさんと、今日もマッチョなアイリンさんと共に、俺は闘技場の端っこで、ルルップの様子を見守っていた。
「ミツキさんやアイリンさんがルルップとサシで勝負したらどうなるんですか?」
「あちらが熊手でこちらが剣というなら勝てるかもしれない。だが正々堂々やるとなれば、僕はルルップに及ばないだろうな」
「あら、私は負けるつもりないわよ。この筋肉があればたとえルルップちゃんでもギャフンと言わせちゃうんだから」
「本当はアイリンもルルップに届いてはいないさ。そもそもアイリンの場合、生まれながらの戦士かどうかというハンデもある」
「アイリンさん、最初から魔法戦士だったんじゃないんですか?」
「実は私、もともと魔法使いだったのよ♡でも筋トレをいっぱいして魔法戦士に転性したの!」
「属性って変えれるんですか!?」
俺は「てんせい」という響きにドキッとしつつ、属性が変更できるものであるということを意外に感じた。というより、そもそも自分の属性さえ分からない俺は、属性を変えるという発想そのものを、これまで持ち合わせていなかった。
「君は転性を知らないのか!」
「無理ないわよ。転性ってちょーちょー珍しいことなんだから」
「確かにそうだな。転性というのはそれほどまでに難しいことでもあるんだ。生まれ持っての才に関わることだから、転性することを目指しても、道半ばで挫折する者が圧倒的に多い」
「へぇ~。じゃあアイリンさんはすごいんですね!」
「そうだ。アイリンはすごいんだ」
「あらやだ2人とも♡そんなに褒めたって、投げキッスくらいしか出ないわよ~♡チュッ♡」
「うわああぁぁぁぁぁ!!!女子高生の投げキッス!!!!」
不意に放たれたアイリンさんの投げキッスを受け、俺の体温が急激に上昇する。その熱によって体液が煮えたぎり、体内で気化した水蒸気が、突如俺の脳天に生えた、煙突の穴から噴出した。
「ポッポーー!!!」
暴走機関車となった俺は、闘技場の中を縦横無尽に走り回った。ルルップの熊手攻撃に翻弄されいてた生徒らが、今度はポッポと奇声を発しながら爆走する俺に閉口する。
「ポッポーーー!!!ポポポポーーー!!!ポッポポポーーー!!!!」
「もうアリサちゃんったら。あんまりみんなを困らせちゃダメよ」
そう言うとアイリンさんは、持っていた竹刀を軽く振り、「コチール」と唱えた。竹刀の先から一筋の青白い光線が伸び、制御を失った俺の首筋に命中する。すると、命中したところから徐々に全身が凍てつき始め、遂に俺は氷塊の中に封じ込められてしまった。
「ありがとうございます。止めてくれて」
「いいのよぉ♡ホントアリサちゃんって、予測不能の面白いコ♡」
「アリサ大丈夫!?今度は何で暴走したの!?」
かち割られた氷の中から無事脱出した俺のところへ、ルルップが来た。アイリンさんの投げキッスが原因であることを話すと、ルルップはちらりとアイリンさんのぶ厚い唇を一瞥し、弱冠顔色を悪くした。ルルップは話を逸らすよう、慌てて口を開いた。
「そ、そうだ!ミツキさん!私たちメイと同じクラスだったんですよ!今日は昼ごはんまで一緒に食べました!」
「ほう!それはよかった!ところでメイの選択科目を聞いていないか?メイのやつ、僕に受けている授業を隠したがるんだ」
「それ私たちも秘密って言われました。ねぇアリサ」
「はい。あともう1つ疑問なんですけど、ミツキさんは中等部からこの学園にいるんですよね。でもメイは高等部からの入学で………2人の入学時期がズレているのには何か理由があるんですか?」
「ある。というより僕には、なぜメイがこの学園に入って来たかが分からないんだ」
「ナニナニ、どういうことよ。私知らないわよ、その話。詳しく聞かせてちょーだい」
「ああ。メイはパラディンの天才だったんだ。特に防御力がずば抜けていて、モンスターや悪党からの、大人でも防ぎきれないような攻撃を、小さい頃から難なく受け止め、故郷の街を守っていた。回復魔法もパラディンにしては、かなり優秀に使えていたな」
「へぇ~。すごいね、アリサ」
「うん。カッコいいね」
「そこで中学に上がる段階で声がかかり、メイは国直属のパラディンとして、中学校に通いながら王宮へ務めることとなった。僕と別の中学校に行ったのは、王宮からでも通学できる中学校に行く必要があったからなんだ」
「なるほど~。あれ?じゃあメイは何で今この学園にいるの?王宮に務めるのは辞めたってこと?」
「どうやらそうみたいなんだ、ルルップ。しかしその理由は聞いたって教えてくれない」
「何か心境の変化があったのかしら」
「こら!伸びしろたち!そんなところで駄弁ってないで打ち合いをしろ!私にもっと伸びしろを見せろ!」
授業に参加せず、端の方でペチャクチャとお喋りをしているだけの女子高生だった俺たちは、アチーナ先生に注意され、打ち合いに戻ることにした。ミツキさんが熊手のルルップとどこまで戦えるか試したいということなので、俺はアイリンさんとペアを組むことになった。打ち合いをするにあたり、俺は体操服のポケットからメガネを取り出して、ズレ落ちないようしっかり顔にかけた。
「アリサちゃん?何かしらそれ。前見えてるの?」
「いいえ、見えていません!」
俺がかけたメガネは、知らない人のにやけた目もとがプリントされた、パーティー用のおもしろメガネだった。このメガネをかけると視界が失われる代わりに、相手が女子高生であるという意識を緩和することができる。先ほどの着替えの際も、俺はこれで乗り越えていた。この眼鏡こそ、俺がまともに授業へ参加するための秘密兵器だった。
「前が見えないんじゃ、打ち合いにならないんじゃない?」
アイリンさんの声からは困惑の色を感じさせられたが、俺は大真面目である。これが今できる最良の手段だと、俺は心から信じていた。
「前が見えてしまう方が打ち合いにならないんですよ。前が見えない状態だと、一方的にやられるだけで済みます。しかし前が見えて、アイリンさんという女子高生を確認できてしまうと、俺はきっと軽く触れただけで、場外へ弾き飛ばされてしまう。だからこれでいいんです。さぁアイリンさん!いきますよ!」
「あらま!きちゃうの!?」
そうして俺は、アイリンさんへ打ちかかった。前が見えないので、何となくのところへ、適当に竹刀を振り回す。変なメガネをかけながら、空振りを繰り返す俺の姿に、アイリンさんは深い哀れみの心を抱いたという。
「アイリンさん!アイリンさんからも来てくださいよ!」
「いいの?私の筋肉ちゃんたちは、あんまり手を抜けないわよ?」
「情け無用です!思いっきり来てください!」
「分かったわ。じゃあ行くわね」
アイリンさんの地面を蹴る足音が聞こえた。視界がなくても、こちらに向かってくるのが分かる。目が見えないなら耳を使うんだ!俺は神経を研ぎ澄ませ、タイミングを見計らう。まだだ……まだ早い……まd
キーン、コーン、カーン、コーン
5限の終わりを知らせるチャイムが学園中に鳴り響き、にやけたメガネの上のおでこに、大きなたんこぶが1つできた。当然の結果だった。
「アリサちゃん!?大丈夫!?」
「ア…アイリンさん……、ナイスヒットです………」
「おーい、アリサ!更衣室に戻ろ………えっ、何ふざけてるの」
ミツキさんと一緒にルルップが、こちらへ合流してきたようだ。アイリンさんがゆっくりと俺の顔から、おもしろメガネを取り外す。俺は涙目になっていた。
「すごいたんこぶできちゃったわね………ごめんなさい………」
「すみません……100%俺が悪いので気にしないでください……謝られると余計に罪悪感が募る……」
「あらそう?かなり痛そうだけど………」
するとアイリンさんはおもむろに、優しく俺の前髪を上げ、俺のおでこのたんこぶに、そっと口づけをしたのだった。そのぶ厚い唇は、予想以上に柔らかかった。
「ごめんね……魔法をかける前におまじないよ♡」
女子高生の!!!女子高生の!!!おでこキッス!!!!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………
俺のお尻から1本のノズルが現れ、中で何かが燃え始めていた。
「駆動用電池起動、全システム準備完了、メインエンジンスタート」
俺は目の焦点が合わないまま、半分意識を失った状態で、口から機械的な音声を自動的に流していた。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、点火、リフトオフ」
ドオオオオォォォォォォォォ
お尻に生えたノズルから大量の煙を吐き出して、俺は眩い光を放ちながら、闘技場の外へと飛んで行った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………
パリィィィィィィィィィン!!!
俺はそのまま高等部校舎5Fの窓をぶち破った。閃くガラスを飛び散らせながら、俺は中へと転がり込む。未だおでこにたんこぶが残る、みじめな顔をゆっくり上げると、そこには休み時間が始まったばかりなのに、早くも行儀よく着席している、勇者学の生徒らがいた。
ツリーフさん、ドゴーさん、そしてサキノは、おどろきあきれた表情でこちらを見つめていたのだった。
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