第3章 マジック☆パニック

第17話 カクメイ

「今日が終われば2日間の休日です。ですから皆さん今日も最後まで誠心誠意努めてください」



 ミホリー先生が朝の連絡を終えた。どうやらこの世界でも、土日は休日らしかった。金曜日の今日が終われば、明日から休みだ!嬉しい!


 

 そう気分を高揚させつつも、未だに女子高生の集まる教室に慣れていない俺は、ポリゴンで構成されたカクカクの3Dモデルになりはてて、4限までの授業を受けた。そして昼休みを迎えたなり、ルルップが隣から俺を呼んだ。



「アリサ!カクカクになってないでサイカを助けるよ!」



 サイカのファンは以前にも増して、凄まじい熱狂を見せていた。サイカがドラゴンであったという噂は、学園中を瞬く間に広がっていき、昨日から今日にかけて、学園の話題はそれで持ちきりだった。そんな噂の広がるスピード感に、俺はここが女子校であることを痛感させられるのだった。



「サイカ様がドラゴンだったなんて!!高貴さが留まることを知らないわ!!」


「はぁ…サイカ様……何てお美しいの……そして属性がドラゴンだったなんて…どこまで気高くいらっしゃるの……」


「サイカ様!今日もサイカ様のためにお弁当作ってきましたの!一緒に食べましょう!」


「キイィィーーヤァーーアァーー!!!!!サイカ様ーーー!!!!!ワアーーーーー!!!!!」




「はいはい。どいてね~。サイカは私たちとご飯食べるんだよ~」




 そんな荒れ狂う人だかりであっても、ルルップは容易に人を払いのけ、中心にたたずむサイカのもとへ悠々自適に進んでいった。俺はやはり自分で歩ける状態になかったので、ルルップの肩に担がれたのだが、カクカクしていて持ちにくいと、文句を言われていたのだった。そんなルルップの噂もまた、学園中に流布されており、むやみにルルップを恐れる者が後を絶たなくなっていた。



「危ないわ。この子、突然暴れ出す子よ」


「やだ、怪我させられたらどうしよ」


「痛っ!この肩に乗っかってるヤツは何?角が当たって痛い!」


「あ゛っ!!指挟まった!!カクカクしてるせいで間接に指が挟まる!!痛い!!」



 やかましい群勢を通り抜けると、その先でサイカが、ほっぺをぷくーっと膨らませていた。



「どうしたのサイカ?なんか怒ってる?」


「ルルップ、見てよこれ。私のファンが少し減ってるわ」



 そうなのだ。確かにサイカの属性が明るみになって、1人1人の熱量は高まっているのだが、ファンの数そのものは、増えるどころかむしろ減っていた。今サイカを囲っているファンの人数は、以前の7割ほどであろうか。



「おかしいわ。ドラゴンであることが知れたのだから、普通ファンは増えるはずよ」


「心当たりはないの?ファンが離れてしまうようなことをしたとか」


「昨日の夜我慢できなくて、寝る前におまんじゅう食べちゃったことかしら」


「違うと思うなー」




 すると教室廊下側の後方で、サイカのファンが発するのに似た、黄色い歓声が立ち上がった。




「メイ様!なんてカッコいい人なの!」


「あぁ♡メイ様♡私の心は生涯あなたのものよ♡」


「クールな容姿と明るい性格とのギャップ♡ズルだわこんなの♡」




「はいはい、ありがとな~。じゃあうち1回帰るから、また後でな~」




 その大騒ぎの中心にいたのは、青い髪のショートヘアと切れ長の目がボーイッシュな、背の高い女子高生だった。端正でクールな容姿でありながら、表情や声の調子はからっと明るく、サイカとはまた違ったカリスマが、燦々と輝いていた。


 

 そして、その女子高生の周囲に群がる支持者の中には、以前サイカを取り囲むのに混ざっていた者の姿も、ちらほらと確認できた。



「あの娘にファンを取られたんだわ」


「うん!じゃあ原因が分かったことだし、ご飯食べに行こ!ね!」


「許せないわ。私のファンを横取りするなんて。高等部から来ただけのくせに、しゃしゃり出てんじゃないわよ」


「サイカ!?」



 全身ポリゴンである今の俺以上に、角の立った物言いで不機嫌を見せたサイカは、そのままズカズカと人だかりを縦断し、メイのもとへ到達した。ルルップも仕方なくそれに着いていくのだが、これ以上粗いポリゴンの俺を抱きかかえるのは億劫らしく、俺は「ごめんね」と謝られながら、左足首を掴まれて、ズルズル地面を引きずられた。その道中、引きずられている俺の角に、誰かが小指をぶつけていて、とても痛そうだった。


 


 中等部時代からのスターであるサイカと、高等部から来たニュースターのメイが並んだことで、密集していたファンのボルテージは、最高潮に昂った。



「ヤバいヤバいヤバい!!!サイカ様とメイ様がついに接触したわ!!!」


「あぁ……絶景………尊すぎて消えちゃいそう…………」


「罪深い!!罪深いわ!!もはやこれは犯罪!!!犯罪級の美しさよ!!!」




「すごいなこの学園。みんなめっちゃ元気やん」


「そうよ。この子たちはみんな元気でいい子なの。あなたメイといったわね。何私のファンをぬすん……」


「さすがやなサイカちゃん。サイカちゃんが中等部の時から生徒会長として、みんなが楽しい学園生活を送れるよう働いてきたから、今こんな活気づいてんねんやろ?ホンマ見た目もめっちゃかわいいし、頼れるリーダーやし、うちもサイカちゃんに惚れてまうわ。ファンになろかな」


「ルルップ、この子いい子だわ」


「サイカ!チョロすぎるよ!」



 俺を連れたルルップが、2人のもとへ辿り着いた。するとメイは、ルルップに気づくや否や、興奮した様子を見せた。



「ルルップちゃんやー!ずっと喋りたかってん!おんなじクラスやのに、なかなかタイミングなかってなー。うちメイ・ド・ジャスミーナ。ミツキ・ド・ジャスミーナの妹やで!」



 これを聞いたルルップもまた嬉しそうな表情を見せ、両手でメイと手を繋ぎ、ぶんぶん振って喜んだ。



「うそ~!早く言ってよー!ミツキさんの妹が今年入ってくることは聞いてたんだけど、まさか同じクラスだったなんて!私ルルップ・ベル!ミツキさんにはずっとお世話になってるの!よろしくね!メイ!」


「よろしくルルップ!……………ほんでそこに転がってんのなんなん?」


「あぁ……これ……これも一応友達だよ………」



 ルルップは床に転がっているポリゴン状の物体が、アリサ・シンデレラーナという人間であること、俺が女子高生に対して強いトラウマを持っていること、そしてそのトラウマによって様々な発作を起こしてしまうことなどを、サイカの助けを借りながら説明した。



「えらい大変なんやな……確かに入学式から卒倒しとったもんな………」



 少し困惑しながらも、メイは一応納得した。すると彼女は俺の方へ近づいてきて、しゃがみこみ、そして太陽のようにキラキラした笑顔を、こちらへ向けた。



「メイ・ド・ジャスミーナやで!アリサもよろしくな!」



 その眩しすぎる笑顔。それがクールでハンサムな面持ちから発動されるギャップ。こんな床に放置された、カクカクなだけの物体を、友達として受け入れてくれる、底の知れない懐深さ。人を自然に惹きつける声色。そして「よろしく」という言葉と共に、握りしめてくれた手の、愛情に満ちた温かさ。





尊い!尊いぞ!この女子高生!





俺は繋いだ手先から順にパラパラと、塵となって消えていった。




「アリサ!?!?なんでなん!?!?いかんといて!!!!」

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