第16話 ドラゴンなりの気遣いと考察

 身体を洗い終えた後、いよいよ湯船に入る。冷たい水が広がっていたが、これもジェイドが頑張ってくれた。




「ぬぬ~……! ぬ~!」

「広いから結構時間かかるね。頑張って頑張って」




 ジェイドが炎を送っている隣で、私は湯全体をかき混ぜる。流石に広いので追い焚きには数分程かかった。




「よし、こんなもんでいいかな」

「とりゃー! おれ様の独占じゃー!」

「ちょっ!」





 いいかなと判断した直後、ジェイドは飛び上がって勢いよく浴槽に入る。飛び散ったお湯は私の腹部にかかった。





「っ……やっぱりちょっと染みるなぁ……」

「だ、大丈夫かサリア? 痛いのなら湯には入れないのか?」

「いや……入る。だって久しぶりのあったかいお風呂だもん……」




 傷口に手を押し当て、そこから魔力を流し込む。強引に回復させた後に、私はジェイドの隣に湯をかき分けながら向かった。








「はー……湯浴みは冷たいのもいいが、やはり温かいのが至高だなー……」

「ドラゴンも温泉とか入るんだ」

「水による肉体の洗浄は、やはり何度経験しても心地良いものだ。おれ様は湯浴みが好きだぞ!」

「リンゴとどっちが好き?」

「ぐぬぬ! そ、それは一概に決められんな!! どっちもだ!!!」





 などと話をしている間、ジェイドは広い浴槽の中を泳いで過ごしている。数十人が一気に入ることを想定されたこの場所を、一人で優雅に堪能している。





「あはは、意地悪な質問だったね。そうだよね、好きなものに順番をつけるのって難しいよ」

「うむうむ、サリアは本当に理解を示してくれるな。聡明だ!」








 私はジェイドが、今後も泳ぎながらこの時間を過ごすものだと思っていたが――




 ふとジェイドはその行為を止める。そして私に近づいてきた。






「……サリアよ。おれ様を抱き締めろ。おれ様はお前を感じていたいのだ」

「えっ? あ、あ、いいですけど別に?」




 やだ、急に彼氏みたいなこと言うじゃん。女たらしドラゴンじゃん。



 主君の命令だからと仕方なく、私は彼を抱きしめる。





「……」






「……うっ……」





 ジェイドの温もりを感じていると、急に張り詰めていた糸が切れて。




 それは涙腺をも緩ませ涙を誘う。まっさらなお湯に私から分泌された体液が溶けていく。




 ジェイドにも少しかかっただろう。しかし彼は無言だった。





「うむうむ……サリア、先にも言ったが、お前に必要なものはそういう所だ。物事を様々な方面から見て、総合的に『嫌い』だと判断したものを、偽って『好き』と言う必要はない」

「……私、私は……」




 そうは――言ったって。立場とか振る舞いとかあるじゃん。



 好き嫌いを自覚して行動が変わったとして、何か変わるんだろうか。



 それはジェイドも薄々気づいている。目を何とか開けて見つめた彼の顔は、とても悔しそうだった。




「おれ様に力が戻れば、お前にそんな無理をさせることはないのにな。急がねばならん」

「いいよ、そんな……ジェイドにはジェイドのペースってものがあるでしょ。たかが従者のために無茶することなんてないでしょ」

「『たかが』とは何だ? いいか、従者とは即ち、おれ様の所有物だぞ?」




 ジェイドは腕を少し伸ばし、私との距離を離した。顔が互いに収められる距離になる。



 翡翠色の瞳は溢れんばかりの輝きを讃えて、心の奥まで見透かしてくるよう。そして確固たる自信に満ちていた。






「ドラゴンとは自分の所有物を大事にする生物なのだ。相応でなければ所有物にはしないが、その分長く大切にする。」




「……だからサリア、覚えておけ。お前の悲しみはおれ様への侮辱であり、お前の怒りはおれ様の動機である。お前を苦しめる存在は、おれ様にとっては赦すことのできない存在なのだ」








 そう言うとジェイドは再び私に身を寄せてきた。ああ、これで理解した。




 きっと私の心も感じ取って、傍にいてくれているんだろうな……






「ありがとう、ジェイド……ジェイドは私のことそう思ってくれているんだね」

「……ドラゴンは真剣なことに対して嘘はつかん」



「ジェイドが心からそう思ってくれているってだけで、私はこれからも生きていけるよ……聖女のお仕事、頑張れる」

「……そうか」







(……現状を破壊するという発想には至らないか)




(やはりおれ様の力不足……まだだ、まだ力が足りん……)











 15分程した後に、十分身体は温まったのでお風呂からは撤退。ほかほか気分で浴場から戻り、部屋で寝間着に着替えたのだが――




「サリアよ、傷心の所悪いが、おれ様からもう一つ聞きたいことがあるのだ」

「えっ……何?」




 自分の魔力で人間の服装を生み出したジェイドの、頭を拭いて乾かしてあげている最中。



 ジェイドはまたも真面目な口調で切り出した。どうやら今日は真剣になりたい気分のようで。




「お前は『国王陛下』とやらを本当に殺したのか?」

「……っ!?」






 またも真面目な気分――って、笑い飛ばそうとしていたのに。




 よりにもよって、その話を……いや。





「お前が本当に殺したことがあるなら、此度の戦闘において、もう少し上手く立ち回っているはずだ。だがおれ様が発見した時、お前は満身創痍の状態だった……一体どういうことだ? 一体誰が嘘を吐いている?」

「……そうだね。ジェイドには、話しておかないとだめだね……」




 この流れだからこそ、腹を括る時。ちくちくと心が痛いけど、理解してもらうには必要な痛みだ。






 落ち着いて話ができるように、私はジェイドの髪を乾かす工程を進めて、どうにか紛らわせようとする。




「……結論から言うと、私は殺していないよ。あの人が適当言ったのが広まっちゃっただけ。でも……『流星の森』の誰かが殺したのは事実」

「流星か……」




 ちらと横目でジェイドは私を見つめる。きっと彼の目には、私の流れるような金髪が目に入っていることだろう。




「そもそも『流星の森』は、マクシミリアン南部に広がる森林地帯を差してる。住んでいる人は流れ星みたいに綺麗な金髪を持っているんだよ」

「お前はまさにそうだな。すっかり日が暮れているというのに、こんなにも輝いている」

「褒め言葉ありがとう」




 だがマクシミリアンにおいて、金髪というのは結構珍しいもの。大抵の国民は黒や茶色の髪を持つ。そして、それが国王殺しと呼ばれる原因になってしまった。




「国王陛下は寝ている所を襲われたんだって。近衛騎士が様子を見に来た所、死体の隣にいたのが金髪の人間で、だから『流星』がやったんだろうって」

「何とも安直な決め付けだな。調査は行われなかったのか?」

「犯人の証拠隠滅が完璧で、後を追えなかったんだって。でも『流星の森』には逃げ帰っただろうって、推測はされていた」





 その事件があった際、私の周囲でも少しばかり不信感が漂っていた。あの嫌な空気感は今でも覚えている。



 ――そして、それらを一気に消し去ってしまった、あの悲劇に繋がるんだ。





「隠れていて出てこないなら、もう一挙に粛清するしかないって。そもそも人殺しを醸成してしまった住民にも責任があるって。私の故郷は一夜で燃やされちゃった」

「それは……そうだったのか……」

「うん。今『流星の森』があった所に戻っても、不毛の地が広がっているだけだよ。悪い奴がいた場所だから、行くと悪い心に染まるって、王侯貴族も一般庶民もだーれも近づかない」






 ジェイドを悲しませないようにというのは建前。本音は、私の心が耐えられなかったから。



 あえて軽めの口調で残酷な真実を告げる。それは、私の生活が変わった分岐点のようなもの。






「――『流星の森』を燃やしたのは一体誰だ?」

「王国ってことになるかなあ。その中でも『騎士派』って人達がいて、その人達が強硬したらしいよ。でもルーファウス様が率いる『教会派』はそうじゃなかった」

「ルーファウス?」




 知らない人物の名前を聞いて、ジェイドは眉をぴくっと吊り上げる。




「あ、ジェイドには話していなかったね。ルーファウス様は国王陛下の息子……次に王様になる人だよ。路頭に迷っていた私を救ってくださった方で、私の婚約者でもあるの」

「救った? 婚約者……?」




 おっと、ドラゴンには刺激が強い言葉だったかな。でも事実としてそうだから仕方ない。




「とにかく『教会派』はあの火災を快く思っていなかった。それの被害者である私を、ルーファウス様は救ってくださった。そして余すことなく真実を教えてくれた……さっきした話のことね」




「だから、ルーファウス様には計り知れないご恩があるの。それに報いたいって気持ちは強いし、聖女としての仕事も意味がある。人々の助けになっているからね――」








「……そうか。おれ様の問いに答えてくれて感謝するぞ」

「うん。こちらこそ説明してなくて悪かったね。お話、聞いてくれてありがとう」

「うむ……」




 珍しく感謝を正直に示したジェイドに、この話はどう響いたのだろうか。



 腕を顎に当て押し黙ってしまったけど、多分ドラゴンの観点でこのことを考えているんだろうなあ。






 結論は……明日聞こうかな。今日はもう疲れた。




 とっても辛かった……けど、その分だけ、とっても楽しかった一日だった。

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