第17話 【元・騎士団長の追憶】
俺の名前はゲール・カミハ。そう、髪禿げる……
クソッタレ共がぁーーーーー!!! 皆揃って俺のこと馬鹿にしてきやがって!!! お前らがそんな風に言うから、本当に俺の頭は禿げたんだぞ!!!
だからお前らのことは散々見下してやるのだ。俺を禿げさせた報いにな!!! 特に教会の四角帽共、あいつらだけは絶対に許さねえ。俺にあれこれ要求してきやがって、騎士団にも事情ってのがあるんだよ!!!
イライラしようにも、教会関係者にはお偉方が多いから、罵倒するよりかは媚び売るのが優先だ。すると俺が町民や部下にあれこれしても、だーれも咎めたりしねえ! しかも最近は、虐めても抵抗しない感じの小娘も入ってきやがった。
名前をサリアと言う。ルーファウス次期国王陛下の婚約者というお話で、そいつが成人するまで陛下は結婚なさらないつもりらしい。人徳がどうこうとか言っていたが、俺にはそんなのどうでもいいね!
田舎出身とか言って存分にこき下ろしてやる。そうしたら俺は教会関係者でストレス発散できていいこと尽くめ! あの女が苦しむのを見るのはとっても気持ちがいいーぜッ!!!
「ひっ、ひぐうっ、う゛っ……」
「お、俺、死にたくないよお゛……」
所変わってここは現実。俺は今死にかけで、天幕の残骸を背に這う這うの体で身を隠している。
というのも遂に俺も駆り出されたからだ――この城下町を襲おうとしている、魔物達との戦闘に!
「う゛っ……うがあああああああ……!!!」
今思い出しても吐き気がする。あれは人智を超えた何かだった。
魔物の討伐戦はこれまで何度か経験したことはあるが、そのいずれにおいても、あんな凶暴なのと殺り合ったことはねえ。
遠目に見て雄叫びを聞いているとわからなかったが、近くで見ると理解できる。目が何かに狂ったようにイカれていたんだ。
魔物ですらもイカれさせる程の何か――マクシミリアンにそんなものがあったのか――!?
「誰か! 誰か僕の声に反応してくれ!」
「……っ!!!」
ルーファウス様だ。ルーファウス様のお声がした。
俺は急いで天幕から飛び出す。白馬に跨っていたルーファウス様は、俺に気付くと目を見開き、驚き悲しそうなポーズを取られた。なんて思慮深いお方なんだ。
「ル、ルーファウス様ぁ~~~……!!! ど、どうするんです、この後!!!」
「大丈夫だ敵陣にサリアを
ルーファウス様の熱の入った力弁は、
一瞬途切れたはずの、大地に響く鳴動が妨害してきた。
「……えっ」
「……嘘だろ!?!?!? 昔本で読んだんだ、僕は正しいんだ!!!」
もはやバリケードすらも破ってきて、イカれた目の魔物が大量に襲いかかってくる。
この際種族なんてどうてもよかった。ちっさい頃に聞いた『恐ろしいもの』なんてのが実在するなら、多分それは目の前に広がる光景のことだろう。
「……ア」
「嫌だああああああーーー!!! 僕は死にたくない!!! こんな所にいられるかーーーーー!!!!!」
俺はその時、適当な魔物に首を撥ねられて、死んだもんだと思っていた。
逃げ遅れたから行軍に巻き込まれた――と考えていたが、瞬きを繰り返すうちにそうじゃないことに気が付く。
辺りがとても静かだった。魔物の鳴き声一つ聞こえやしねえ。もしかして、もしかすると――
本当にあの女が――と一瞬でも思った矢先。
そうじゃないことを思い知って、更なる絶望に叩き落される。
「……おい。そこの鬼。誰に赦しを得て、おれ様の所有物に触れている?」
「直ちにその人間を引き渡せ。これでも譲歩してやってるんだ。おれ様がこうして取引を持ちかけている間に、命令を聞いた方が身の為だと思うが?」
疲労と緊張で、四肢も胴体も命令を聞きやしねえ。這いずって身体を前に進めて、破れた天幕の隙間を、指で慎重に開いて震えながら一部始終を見守る。
魔物共は嘘みたいにぴたりと止まって、たった一人の
8歳ぐらいの、黒髪に緑色っぽい瞳をした、あどけないガキ――
「グッ……グルアアアアアアアッッッッッ!!!」
「ブモオオオオッ!!! ブモッ、ウオオオオオオオオッ……!!!」
「きゅるるるるるるるーーーーん!!! きゅるん!!!」
な、何だこれは? 何が起こっている? 魔物でもそういうことするのか?
俺の目には、逆上してガキに襲いかかろうとしたオーガに、別の魔物が続々群がってきて、
「――元の所有者を殺し、自分が新たな所有者に成り上がると。随分と見下げた――愚行だな」
オーガが棍棒を振り下ろし、それがガキに命中する直前。
バァンと、大気を破裂させたような音が響いた。音に守られてガキは無傷だった。
そして――破裂したのは、
「さて、そこの粘体よ。この群れを率いた長を呼べ」
「きゅるっ!? きゅううううううん……!!!!!」
「グギャギャギャ!!!」
「ああ、愚者は一匹だけではなかったのか。まあ、そもそもがそうか。おれ様から溢れ出る力に当てられ、それを我が物にしようと、烏合を成して迫ってきたわけだろう?」
今この足が動いたなら。声が出せたなら。俺もあの魔物共に混ざって、
何をしようにも恐れ慄いて身体が動かねえ――自分の心配をしようにも、魔物の心配をしようにも、もう何もかもがそれどころじゃねえ!!!!!
「ブッ……ブルルッ……」
「貴様が群れ長か。怠惰に明け暮れ、意味もなく年だけを重ねてきたような、老害の顔付きをしているな」
「……!!!」
「まあそんなことはどうでもいい。問題なのは、何故こんなにもおれ様に無礼を働く者が多いのかということだ。おれ様がどれだけ偉大な存在であるか、ちゃんと教育を図っていなかったのか?」
「グッ、グルルルゥ……!!!」
「……ああ。幻滅したな」
怯えながら、震えながら弁明したであろう老ゴブリンに溜息をつき――
そのお方は指を突き立てる。された方は一瞬のうちに、苦悶に悶え血を吐き出した。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「『古い時代の御方ですので、知らない者も多いのでしょう』、だと? 『竜帝』たるおれ様の偉業を伝えていくのも、ドラゴンの足下にすら及ばない、下等生物の役割だ」
「貴様はそれを放棄した上で、おれ様を
色んな魔物いた。
逃げ出すの。狂うの。
一周回って襲いかかるの。
動けなくて固まってるのも。
みーんな、ぼーんってなった。
肉。血。内臓。あぼーんってなった。
遠くにいるのも、もちろん。
あのお方は怒ってる。全部を許さない。
「……人間はおろか、魔物にすら忘れられているとは。おれ様はそんなにも矮小な存在か? 語ることが禁忌とされるような存在か?」
「いや……そればかりは有り得ないな。たった一人だけ、そうではないと否定してくれた者がいるではないか」
あのお方、そう仰られて。
足下に転がっていた人間を抱き上げた。
「おれ様の名はジェイド。これは翡翠という宝石を意味する。おれ様には宝石以上の価値があると、お前は言ってくれた……」
「……本当はリンゴを与えてくれる必要はないのだ。ドラゴンは腹が空いても生きていけるのだから。お前はおれ様にそう言ってくれただけで……十分だったのだ……サリア」
ど、ドラゴン? い、一体何を仰りやがった?
さりあ……サリアだって!?!?!?
聖女で婚約者の、あの女の名前を!?!?!?
俺の目は正しかた。俺は未然にあれを抑制していた。
田舎者なんて信用するじゃなかっただ。
サリアは恐ろしい怪物を飼っていたんだ!!!
ほ、報告しないと……ルーファウス様に!!!
今すぐ婚約を破棄するんだ!!!
でないと……でないと!!!
あのドラゴンは全てを滅ぼす!!!
「ん……? おお! 何たる偶然か、人間よ!」
「貴様は今から探しに行こうと思っていたのだ。だが、此処で出会ったなら丁度いい!」
あへ
おわた
おれじんせい
「先程はよくもおれ様の許可も得ずに、サリアを連れ出してくれたな。刃向かってきた魔物共全てを差し置いて、貴様が一番無礼だ」
「この際故貴様は見せしめにしよう。力を取り戻しつつあるおれ様の、機嫌を損なうとどうなるか――」
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