第15話 裸の付き合い
部屋の外は、想像以上に人が出歩いていなかった。いつもと変わらない月空なのに、何だか今日は普段より増して暗く思える。
それは照明が切れているというより、言葉にできない空気感がそうさせてきたのだろう。まあそんな感じだったので、前のような巨乳スタイルでジェイドを運ばなくても、浴場には難無く到着できた。
「おお、此処が湯浴みをする場所か? しかし、面白いぐらいに静かだったな!」
「本当にね……夜ってそういうものだとわかっていても、何だか落ち着かなかったよ」
扉を開けるとまずは脱衣所が待ち構えている。私は適当な棚の前に立ち、そしてローブを脱いでいく。
「む? なんだサリア、準備があるのか。早くしないとおれ様は眠ってしまうぞ」
「人間は服を着たまま入浴しない生き物なんです。ドラゴンだって服が水でひっつくと気持ち悪いでしょ」
「その通りだが、おれ様は自分の魔力で服を操作できるからな! 長々と衣服を脱ぐ必要なんてないのだ!」
「ドラゴン様は服について困らないようでいいなー。よ……っと」
脱ぐ際にお腹の傷が何度か疼いた。そして脱いだローブを見て、私は一旦溜息をつく。
「ああ、返り血……もう乾いちゃっているから落ちないだろうなあ」
「うむうむ、血が付いた衣なんぞ捨てるがいいぞ。臭くて敵わん」
「ドラゴンでも血の臭いは慣れないものなんだね」
そんな雑談をしている間に私は脱ぎ終わり、お風呂に入る準備は万端。
――とはならず、最後に小さいタオルを身体の前面に持っていき、局部を隠すのだった。
「よし行こうか……うわ」
「なんだサリア! さてはこの素晴らしいドラゴンの肉体に慄いたか!」
「い、いや素晴らしいって……うん」
ジェイドは私に合わせて魔力を操り、羞恥心の欠片もないすっぽんぽんになった。一糸纏わぬ肉体、その3分の1ぐらいは鱗が覆っている。
加えてお尻からは尻尾も生えていて、目視で計って大体15センチぐらい。手足の爪も大きくなっていて、頭から生えた角も伸びていて――あれ、こんな隠し通せられない程大きかったっけ。
理性が疑問を抱こうとも、本能はそれ以外の所に視線を向ける。人間の8歳児相当の肉体年齢と考えると、比較して筋肉がかなりついている。将来確実に6つに割れるであろう、年相応に鍛え上げられた腹筋をしていた。
そして
「人間は確か、裸を見せ合うことで真に絆を深めるのだろう。つまりおれ様とお前は、より一層固く結ばれた主従関係となった!」
「それは男同士の場合にのみ適用されますってツッコミは野暮か!!」
ああ、何考えてるんだ私。とにかく入ろう、早くこの疲れを癒そう。
「おおー! 人間の癖にでっかい泉だなー!」
「ジェイドが完全体になったら、これでも収まらない?」
「この周囲を囲んでいる石なんぞ、木端微塵になるだろうな!」
なんてことを言いながら、ジェイドは大浴場に入ろうとしていたので、私は彼の腕を引っ張り連れ戻す。
「先に身体を洗うのが、人間の入浴の作法なの。すると心臓がびっくりしないでリラ~ックスできるってわけ」
「ただ水を浴びて終わりではないのか。面倒臭いな!」
「ドラゴンで言うなら……古い鱗を擦って落とす、みたいな感じだよ。いつまでも汚れた鱗が残っているのは嫌でしょ?」
「む……それはその通りだな!!」
「よし」
こうして説得に成功。ジェイドはドラゴンだけど、根っこの感覚が人間と似通っているな。
かくして私はジェイドを大鏡の前に連れていき、椅子を二つ引っ張ってきて座り座られ。もちろんジェイドが私の前に座っている。
「せっかくだから、髪と身体も洗ってあげるよ」
「おっ、おおおっ……? いいのか?」
「なーに戸惑ってんの。身の回りの世話をするのは『家臣』として当然でしょ」
……口にしてみてふと思ったけど、ジェイドが私のことを差し示す単語、いつの間にか『手下』から『家臣』に変わっているな。これも成長が関係してるのだろうか。
そんな私の考察もよそに、ジェイドは思いもよらない奉仕を受けて、かなり同様している。いや、本当に従者の基本もいい所じゃない?
「ただリンゴを与えるだけの人間じゃないんだよ。いいから私に洗わせなさい」
「ふ、ふん、いいだろう。偉大なるドラゴンたるジェイドの肉体を洗う許可をサリアに出す!」
「はいはい……まさか人間の身体の洗い方がわからなかったとか、そんなことはないよね?」
「断じて!!! ない!!! おれ様は偉大なるドラゴン、そのぐらい朝飯前だ!!!」
あ、知らないやつですねこれは。まあドラゴンには身体を洗うって概念はないからなあ。
「ただ今日はサリアがやりたがっているから、花を持たせてあげるだけだ! いいな!」
「へいへい承知しましたよっと」
「うぼっ……!?」
立ち上がり私の方を振り向いたジェイドに、私は隣の樽から桶で汲んできた水を、頭からぶっかける。この樽は身体を洗う時用の水として、常備されているものだ。
「ぬぐー……冷たいな。人間はいつもこんな冷たい水で湯浴みをしているのか?」
「……私はそう。いつも順番が後回しにされて、すっかりお湯は冷めちゃってる」
『流星の森』にいた頃はあったかいお風呂に入っていたんだけどね。でもここに来てからは、さっぱりできるからいいやと割り切っている。
聖女が入浴する際には、専門の湯沸かしが汗水流してお湯を沸かすんだけど……その人もどこか行っちゃったみたい。あと彼らが照明も担当しているんだけど、当然いないので浴場は薄暗い。ろうそくの炎が微かに燃えているだけだ。
「ぐぬぬ、おれ様に対してそのような水しか用意していないとは! この樽だな!?」
「ちょっ、何するの!?」
ジェイドは立ち上がり、私が制止する前に樽を発見し、そこまで歩いていく。そして躊躇なくそこに腕を突っ込む。
「ふん!! ぬ~ぬぬ~……ぐぬぬ~……!!!」
――もしかしてと思い、私も立ち上がり樽の中に腕を突っ込む。最初は冷たかったけど、徐々に温まってきたのだ。
「あ……ジェイド、ここでストップ。このぐらいの温度が、人間にとって心地良いんだ」
「本当か! ははは……見たか! これがおれ様の実力だ!」
腕を突き上げて喜ぶジェイドだが、その額には汗のようなものが滲んでいる。
踏ん張って魔力を調整して……適度に追い焚きしてくれたんだ。
「……ありがとう、ジェイド。これでお湯はあったかいね」
「何を言うか! これはおれ様自身の為にやったことだ。おれ様が温かい湯に浸かりたかっただけのこと! もし感謝するなら、そんなおれ様の気紛れに感謝することだな!」
「ふっ……あははっ」
その後はジェイドは素直に座り、私に身体を洗わせてくれた。整髪料を泡立てられても、石鹸で身体を擦られても、感心しきりで特に抵抗はない。
「ぐ、ぐぬぬ~。おれ様の肉体が、こんなにも泡だらけに」
「洗い流せば綺麗になるよ。もっとやるからねー」
鏡に映るジェイドは、本当に8歳ぐらいの人間の子どもって感じで、何だか年下の面倒を見ているような錯覚にすら陥る。
タオルで自分の局部を隠したのは、仮にもジェイドに見せるのはと、理性が働いたから。でも同時に――
まだ子どもなんだからいいだろうと思ったのは事実。やっぱり肉体年齢って心に影響を与えるものなんだなあ。
まあその成長にかかっている時間は、たった数日なんだけど……
「サリアよ」
「先程お前を救出した際に、おれ様は理解した。お前に必要なものだ」
今まで感心しきりだったジェイドが、突然真面目な口調でそう切り出す。
「え……え? 何急に?」
「お前に必要なのは、物事を多角的に見る力だ。どうもお前は一つの物事に囚われすぎている」
「……」
ああ……そうだった。ぼーっとしていたら現実を突き付けられた。
見た目は子どもでも、ジェイドはドラゴン。だから観察眼だって、人間の常識で図れるものじゃないんだ。
「この世界には『絶対悪』なぞ存在せん。誰かにとっての悪は誰かにとっての正義と同義だ。その考えを認知するだけで、救われる人間は数少ない。お前とて例外ではないのだ、サリア」
「……私が、一つの考えに、囚われている」
――聖女という立場に? 婚約者という身分に?
何故か周囲から虐げられる対象になっているという、この現状に?
「……疑問ならいくらでも抱いている。与えられるだけじゃなくって、それは本当に正しいのかって、考えることはあるよ」
「ならば何故それを行動に移さない? いや……移せないのか。移したとしても、周囲がそれをなかったことにしてしまうのか」
「……!」
『最近、他の聖女の方と比べて、私への仕事の量がとても多くて……! その負担で疲れてしまい、上手く魔法を操れなかったのです!』
『ああ゛!? ごちゃごちゃ言うな、僕は今機嫌が悪いんだ!!! 不用意に口を開くんじゃない!!!』
「……サリア。泡の付いた指が目に入った。痛い上に染みたぞ」
「あっ……ごめん……今から流すね……」
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