第11話 想起される炎
「おーい! こっちだ!! 包帯と薬草を回してくれ!!!」
昨日まであった建物はほとんどが焼け落ち、代わりに広場には教会が設置した天幕が並ぶ。
「治療班! この子供がタンスの中に隠れていて……呼吸が止まっています!!」
今も大勢の兵士や司祭様が動き回り、動く様子のない人や黒く焦がれた人を連れてきている。
「少しでも呼吸が残っている者には、治療魔術を施せ! とにかく一人でも多く助けるんだ!!」
もう天幕を立てることすら追い付かないのか、野晒しの状態でベッドだけが置かれ、そこに怪我人が運ばれていく。
「いや~、これまた酷い火事ですな! ゲール殿!」
「あっ……セオドアさん」
私が町の惨状に口を閉じれないでいると、後ろからちょび髭を生やした執事服の男性が。
この人はセオドアさん。ルーファウス様の執事で、身の回りの世話をしてくれている。
「おお、これはセオドア殿。ルーファウス陛下はいつ頃ご到着されるので?」
「まだ数時間はかかる見込みですな。正午頃には到着すると思われるので、そうしたら各自連絡を取り計らってくれるでしょう」
「うむうむ、ルーファウス陛下がいらしてくださるなら安泰だな! はっはっは!」
ゲール団長はセオドアさんと明朗に話した後――
私には見下すような、嫌悪している視線を向けてくる。
「おいサリア、ぼさっと立っていないで自分の置かれている状況がわからんのか!!! 俺は優しいから説明してやるが、お前の回復魔法で治療をやれ!!! いいな!!! サボるようなもんならルーファウス陛下に申し立てるからな!!! 婚約破棄も有り得るぞ、全く!!!」
「……そうそう、それとは別にリンゴの件も申し立てておくからな!!! どこもかしこも財政状況が危ういこのご時世で、全く何たる金の無駄遣いをしているのか!!!」
ずかずかと言い放った後、ゲール団長は王城の方に戻っていく。私の呼吸は徐々に整い始めた。
「……ではサリア様、そのようにお願いいたしますぞ。他の聖女達も目覚め次第、こちらに連れて参ります故」
セオドアさんは目的を伝えてくれた後に、礼をして去っていく。執事らしい所作だった。
「……」
「……やるとしますか」
果たしてどれぐらいの人が焼かれて、どれぐらいの建物が燃えたのか――
凄惨な状況を前にしているというのに、私の心は
「あっ、これはこれはサリア様! いらしてくれてありがとうございます!」
とりあえず手が足りていなさそうな天幕に入る。真っ先に王国魔術師の方が駆けつけ、怪我人が横になっているであろうベッドに視線を向けた。
「あの方は何とか呼吸は安定してきたのですが、まだ苦しそうで……聖女様の魔法でどうにかできませんか?」
「やってみましょう」
私はその人に近づき、手をかざして回復魔法を行使した。
手のひらから光が放出され、怪我人である男性に吸収されていく。ゼーゼーと苦しそうな呼吸も落ち着いていき、肺の運動も穏やかになっていく。
「……」
間もなくして男性は目を開けた。顔や腕の皮膚には焼け焦げた痕が残っており、そこにはガーゼを貼られて応急処置がされている。このまま数日もすれば治るだろう。
しかし異常なのはその眼球だった。目はしっかりと開いているのに、虚ろなまま天井を見上げている。私や魔術師さんが声をかけても、反応する様子は一切なく。
「あ……あ……」
「……リンゴを持ってこなくっちゃ……バターを持ってこなくっちゃ……」
「砂糖を持ってこなくっちゃ……リンゴ、リンゴ……」
明らかに正常でない男性の様子を見て、魔術師さんは深いため息をついた。
「聖女様、助かった人は全員こんなことばかり言ってるんです。我々の声にも応えずに同じことを何度も何度も。老人のみならず、子供もですよ?」
「リンゴとバターと砂糖……それが城下町を包んだ大火事と、昨晩に起こった謎の瘴気現象。一体どう繋がっていくのか、私には皆目見当もつきません」
――ジェイドが引き起こしたの?
「……」
この城下町一帯の惨状を、全部……
「そう……ですね。どのような繋がりがあるかは、調査してみる必要がありそうです」
大いなる力を持ったドラゴン――その名乗りに偽りはないようだ。
ジェイドは焼きリンゴの話を聞いて、それを食べたいと言った。その願望一つの為に、大勢の人間が焼かれ、営みも炎に包まれ燃え尽きた。
「では、他の天幕も見てまいりますね。同じように救える方がいるかもしれません」
「よろしくお願いしますよ、聖女サリア様。ルーファウス次期国王の婚約者である貴女は、現状を打破する希望であります……」
魔術師さんとそう言葉を交わして、私は別れた。
天幕を出ると見えるは青い空。中央広場の噴水を取り囲むように、マクシミリアン王国の象徴である剣を模した紋章が刻まれた天幕が、密集して立ち並んでいる。
昨日はここで私が戦闘をしただなんて、到底考えられない。
次の天幕に向かうとは言ったが――その足は遅々として進まなかった。もたもたしていたらゲール団長に叱られると、恐怖が底から湧き上がってくるにも関わらず。
(……)
(……
(きっと、この町を焼いた炎は……)
(とっても
(私の
「おーっほっほっほ! バルザール家が長女、スカーレット・ヴィル・バルザールが只今お越しになりましたわよー!」
耽っていた私の思考を、現実に引き戻してくれる声がした。
教会の方を振り向くと、通路を堂々と通って、私と同じ教会支給のローブに身を包んだ乙女達が。スカーレットさんと彼女が率いる聖女達だ。
「ちょっと! 貴女今私が通ろうとした道を塞いだわね。無礼だわ! 死刑に値する!」
「ひいっ!? で、でもこの薬草を届けなければ、皆さんの命が……!」
「
スカーレットさんはそう言うと、ヒールの靴で通りがかった女性を蹴り飛ばそうとするが――
「まあまあスカーレット様、ここはどうか落ち着いて。死刑と申しましても、
彼女達を連れてきた、セオドアさんが丸め込もうとする。
「……うーん。そうね。そういう気持ちになってきたわ!」
「確かに考えてみれば、
スカーレット様の高圧的な視線を受けた女性は、ひぃぃぃと悲鳴を上げながら、急いで走っていくのだった。急いでいたので持っていた包帯が3つは落ちた。
私は彼女に対して、呆気に取られていた――家を失った人もいるのに、ひけ散らかす態度は各方面に敵を作るだろうに。
「で、セオドア? 私達はここで何をすればいいのかしら?」
「また炊き出しとかだったらゴメンですよぅ~。今日は帰って教会に引き籠ります!」
スカーレットさんと一緒に来ていた他の聖女達も、ここぞとばかりに小言をぶつけていく。しかしセオドアさんは慣れているのか、平然とした顔をしている。
「今日お頼みしたいのは、火災で怪我をされた方の治療で……」
「倒れてるのを助ければいいのね! ふん! やってやろうじゃないの!」
あれだけ機嫌が悪かったのが嘘のように、スカーレットさんは適当な天幕に押し入る。そこにいた魔術師さんは、気迫に押されて一歩引いてしまう。
「私は聖女と呼ばれている程、回復魔法もお手の物なのよ! 見ていなさい!」
「ああ待ってくださいその方は……!!!!!」
僅か1分。私が急いで駆けつける間もない出来事。
ベッドに横たわっている人――しわだらけのお爺さんに向かってスカーレットさんは手をかざす。どこが損傷しているのか探りもせず、高出力の魔力をひたすらに浴びせ続けていた。
「ほ~らスカーレット様特製の回復魔法よ! どう? 素晴らしいでしょ? さっさと目覚めなさい!?」
「きゃ~スカーレットさん素敵ですぅ~!」
「もっとステキな所見せてくださ~い!」
取り巻きと化した聖女からの歓声もあり、その勢いは一切止まることなく、強くなっていき――
そして。
「ヴッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
お爺さんは、口から血を噴出させ、胸部が張り裂け、他の体液も全て出し切って暴発した。
「あ……ああ……」
「そ、その方は……慎重な処置が必要な方でして……聖女で一番の回復魔法の使い手であられる、サリア様に診てもらおうと……」
「で、ですが……ここまで血も内臓も飛び散ったら……もう……!!!!!」
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