第10話 急成長ドラゴン

 その翌日。




 私は誰かの蹴り飛ばしによって目を覚ました。






「ん……んん~」




 無意識なんだろうか、痛みが容赦ない。文句を言う前に起きよう……




「も~……多分あなたでしょ、ジェイド。寝相悪すぎだよ……」






「……ジェイド?」








 私は目を擦った。まぶたが赤くなるぐらい擦って、何度も彼を見た。



 頬をつねっても結果は同じだった。私の隣で寝ていたのは――





 どう見繕っても8、人間っぽい見た目の子ども!!!








「え~あ~……え~……?」




 次にかける言葉を選んでいる間に――




「ん……んん~……くはー……」





 子どもは自分から起き、腕を伸ばして体内に空気を取り入れた。



 その後にこちらを振り向く。こちらを見つめる瞳は、変わらず美しい翡翠色のままで。






「おおサリア! おれ様より先に起きていたか! 『家臣』として殊勝なことだな!」






 この口調で確信した。



 姿は変わって――赤ちゃんから子どもにありえないぐらいの変貌を遂げているけど。



 この子は私が面倒を見ているジェイドで間違いない……!!!








「……ねえ。本当にジェイドって何食べてるかわかんないの」





 着替えを済ませた後、改めてジェイドに尋ねる。ちなみに彼は何をしているかと言うと、昨日の続き。




 リンゴを焼いて食べる――今回は私も自分で朝食を作って食べているので、そのままのリンゴを焼いている。例によって生で食べることもあった。





「何度聞かれても、わからないものはわからん。ただリンゴじゃないことだけが確かだ」

「実はリンゴだったりしないの? でないのこの成長、理由がつかないよ」





 まあドラゴンという存在に、理由を求めるだけ無駄なんだけど……



 心の整理という点では理由が欲しい。あまりにも急成長すぎる。





「仮にリンゴだとして、おれ様が完全に力を取り戻すには、この『教会』とやらが埋め尽くされる数が必要だな」

「あ、それならリンゴじゃなくて結構です。国が破綻します」




 逆に教会を埋め尽くすだけの分を食べるつもりでいるのか……でもドラゴンってとても大きいって言われているから、リンゴ1個じゃ到底足りないのかもしれない。




「あとは今サリアが食べている物……それもおれ様の成長には使えないな」

「ん……『トースト』と『スクランブルエッグ』と『サラダ』?」

「その白い飲み物もだ」

「『牛乳』もかあ。人間が主食にしている物、ほとんどだめじゃん」




 ジェイドは私の正面の椅子に座り、リンゴを入れている箱を引っ張ってきて、そこから取り出したリンゴを焼いて食べているのだが――



 よく見たら私の食事を見て涎を垂らしている。じーっと見て拳を握っていた。




「……あげないよ? ジェイドはリンゴあるんだから、それで我慢して。食べたいって言うなら、また今度作ってあげる」

「絶対だぞ。おれ様は人間の食事に興味津々なのだ。連中が美味いという物は大抵美味いかな」

「人間を信頼しているんだね」

「経験則というやつだ」

「ふふふ……」





 そうだ、成長に関してもう一つ疑問に思った点が……





「ねえジェイド、その服だけど。どこから持ってきたの?」

「ん? この纏っている衣についてか」





 そう、成長もさながら服装も驚くポイント。赤ちゃんジェイドは見た目相応の赤ちゃん服を着ていたんだけど……



 この子どもジェイドは、こっちも見た目相応の子ども服を着ている。よくあるシャツにズボン、靴だって革靴をちゃんと履いていた。





「人間は服とやらを纏っていないと、敵とみなすのだろう? だからおれ様の力でそれっぽく見繕っているのだ」

「合っているような合っていないような何とも返答に困る言い方だなあ……!」




 よくよく考えたら、生活するにあたって、服も買わないといけないわけだけど、ドラゴンの力でどうにかできるなら問題はなさそうだ。




 それにドラゴンならカスタムもしないといけないわけだし――現にジェイドが着ている服は、尻尾が出ていた。多分穴が空いているのだろう。そして服やズボンの裾は、鱗が生えていることを想定してなのか少し広めになっている。



 成長したのは人間的な体格だけではない。ドラゴンの特徴もしっかり大きくなっている。もしかすると完全体になったら、天井に角が突き刺さったりして――なーんてね。








 こうしてジェイドと雑談しつつ、ドラゴンという生物の神秘に触れながら朝食を終えた。






「さてさてお片付け……今日はジェイドにいい物をあげよう」

「本当か!? いい物とはどれぐらいいい物なのだ!?」

「まあそれは見てからのお楽しみで」





 食器を洗って片付けた後、私は本棚に向かう。




 そしてそこから『世界の料理図鑑』というタイトルの本を持ってきた。





「これはね、色んなお料理が乗ってる本なんだよー。作り方も書いてある」

「おお……おお~~~!」




 机に広げた瞬間から、ジェイドは感嘆しながらそれを眺めている。翡翠色の瞳が輝きを得て、ますます輝いている。




「ジェイドって文字は……読める?」

「美味い物が描いてあることは理解できるが、材料と作り方とやらがわからん!」

「あ、やっぱり読めないんだ。まあドラゴンが文字なんて勉強するわけないか」





 文字は人間が営みをスムーズにするために編み出した道具。崇高なドラゴンには理解できないか。



 でも今に関しては、絵が見れれば十分。材料買って作るのは私の仕事だもん。





「それで食べたい物に目星を付けておいて。そしたら作ってあげる」

「何ーっ!? この本とやらに描いてある料理、全部作ってくれるのか!?」

「違います、ちゃんと話を聞いて。作るといってもこの部屋の設備では無理な物があるんです」




 超火力のフライパンで炒めたり、蒸気で蒸し上げるとかね。




「だから作ってほしいと言われても、私の判断で作れない物があることは理解してね」

「……サリアがそう言うのなら仕方がない……」

「わかってくれて何よりです。でも半分ぐらいは作れる料理かな?」





 そう言って私は、ジェイドが闇雲にページを開くのを止めさせて――



 数百ページ分、大きく掴んでめくる。そこはスイーツが乗っているページだ。





「ここにあるのはリンゴを使ったレシピばっかりだよ。見てみたら?」

「おお~!!! 焼く以外にもこんな美味そうな料理が並んで……」








 その瞬間、バタンと乱暴に扉が開かれた。








「……ん?」

「あっ……」




 嫌な予感が止まらない。でも私は動くことができない。



 あの人を前にすると、あまりにも嫌すぎて――身体を言うことを聞かなくなる。






「だーっ!!! クソッ、!!! こんな箱山積みにしやがって何を買ってきやがったんだ!?」



「ん……? 『リンゴ』? 『バター』? 『砂糖』……!?」






「――多くの民が食料を欲しているというのに、自分は独占か、サリアーッ!!!!!」








 その人は許可もなしに私の部屋に入ってくる。私には許可を取らなくてもいいと思っている。




「何だ貴様、城下が大変なことになっているのに、のうのうと食事か!!! 貴様がそんな態度だから被害は拡大する一方だ!!!」




 何のことだかわからないことを捲し立てる。私になら捲し立ててもいいと思っている。




「あっ……!!!」

「来い!!! こんなにも金を使い果たして、貴様には残業……いや、一週間たりとも!!! 貴様は、馬車馬だ!!!」





 彼は部屋まで乗り込んできたかと思うと、私の腕を骨が折れそうな強さで握って、そのまま外に引っ張り出した。








「……何だあの人間。いきなり入ってきて、おれ様とサリアとの時間を台無しにした」



「その上におれ様のサリアを罵倒した挙句、おれ様の許可も得ずに持ち出した」






「赦さんぞ」











 ゲール・カミハ。私を連れ出した男の人の名前。



 マクシミリアン王国の騎士団長で、武闘派揃いの騎士達を率いる実力者。



 何でもかんでも強行しようとする頭をしているので、穏便に行きたい教会とはソリが合わないことが多く。彼は教会関係者からかなり嫌われている。



 そして、彼も教会関係者を嫌っている。私もこの人に関しては――一緒にいると






「昨日ルーファウスの祝宴会の警備の為に、遠征に出ていた結果がこれだ!!!」



「坊主共に問い詰めてみたら、突然体調を崩して誰も動けなかっただと……? 腑抜けている!!! 気合が足りなかったんだ!!! 気合があったなら動けたはずだ!!!」



「その間に城下には火の手が上がり、建物が燃えた!!! 中にいて逃げられなかった人もいた!!! 何たる悲劇だ……!!! つい先週にも火災があったばかりだと言うのに、考えられることは一つだ!!!」






「教会と聖女達の怠慢……特にお前だ、サリア!!!」








 聞いてもいないのに状況を全部説明してくれた。




 そして連れてこられた城下町には、見るも無残な光景が広がっていた。

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