第12話 狂乱聖女と魔物の襲撃
「……さ、サリアが……サリアがやるつもりだったの……???」
「じゃあ……さっさと来なかった、あいつの責任じゃない!!!!!」
天幕の中からぎろりと振り向いた、スカーレットさんと目が合った。
そして私に向かって走ってくる。ヒールの靴で来たのだろう、あれは走ることを想定して作られていない為、途中で一度大きく前のめりに転んだ。
それでも立ち上がったのは、こんな状況下でも私に言いがかりを付けたいからなのだろう――返り血や体液がかかった白いドレスに、泣きだす寸前の赤く染まり切った瞳が、私の前にやってくる。
「大体ねえ、貴女がここから見ているから、キンチョーして手が動かせなかったのよ!!! あんたねえ、仕事任されてんだからさっさと他の所行きなさいってのよ!!! サボリよ!!! サボリの刑で死刑よ!!!!!」
「……そ、そうだー……! サリアが、悪いー……!」
「サリアは、死刑、だー……」
「サリア……死ね……」
現場を見てしまったのもあるのだろう。聖女達や魔術師達から上がる非難の声は、とても小さくか細い。その度にスカーレットさんは近付き、本当にそう思っているのか問い詰めている。
「お、お言葉ですがスカーレット様!!」
「あ゛あ゛あ゛!!!」
「もうこうなっては、自分の非をお認めになられるべきだと……!!!」
「何ですってぇぇぇ……!!!」
血走った目でスカーレットさんは、勇気を出して進言してきた魔術師さんを睨む。
そしてスカートの中に手を突っ込み、そこから小型の魔法球を取り出した。
それを勢いよく叩いて変形し、その物体を用いて魔術師に
「ほ~ほっほっほ……見なさいこの最先端『魔道銃』!!! 『フェルニッヒ』の新作散弾銃よ!!! 私の17の誕生日に買ってもらって、手入れは万全なのよ!!!」
「私に言いたいことがあるのなら言ってきなさ~い……? 今の私は!!!
その宣言を聞いて、職業に関わらず慄く人々が大量だった。ひぃぃぃと声を上げて、ここから逃げ出そうとする人もいた。治療を求めている誰かがいるにも関わらず、自分の命を優先したのだ。
「何よ!!! 何で私から逃げるのよ!!! 私は宰相スレイグの娘よ!!! 宰相は人の意見を聞かないとままならないじゃない!!!」
「そ、その通りですっ、スカーレットさぼえっ」
聖女の一人が、取り巻きとしての役割を遂行しようとしたが、何かに耐え切れなくなったようで吐いた。それ以外の聖女も程なくして、逃げていったり気絶をしたりして、他にいる人間と然程変わらない様相となった。
――よく考えたら私は、阿鼻叫喚の状況なのにどうして冷静にいられるんだろう。そりゃあ足が竦んで動けないというのはある。今自分が打つべき一手がわからないのはある。
「見なさい!!! 人がこんなにもいなくなったわ!!! ちゃんと仕事ができなくなったのも、全部貴女のせいよ、サリア!!!」
「もうこうなったら宰相の娘として宣言するわ――その死をもって償え!!!
スカーレットさんが向けた銃口から、弾が飛び出して私に命中しようとしても――
悲しみとか怒りとか、そういう感情があまりにも湧き出てこなかったのである。
「――一体何をされているのですか!!!」
高速の弾を弾いたのは、私の前に割って入ってきた人物。
それはセオドアさんだった。スカーレットさんが豹変するまでの間にいなくなったかと思えば、切羽詰まった様子で戻ってきた。
「せ、セオドア!!! 私はね、このパパに買ってもらった魔道銃でね、悪人に裁きをね、」
「そんな凶器があるなら戦力にはなるな!!!」
「「……は?」」
私や他の聖女、スカーレットさん達がぽかんと口を開くタイミングが、ほぼ同じだった。
「東から――魔物の軍勢が攻め込んでいる!! もう城下町を気にしている場合じゃない!! 戦える者は今すぐ私の指示に入るように!!」
仮に城下町がああなってしまったのはジェイドの影響だとして。
この状況も、ジェイドが生み出してしまったのだろうか?
「連れてきたぞ、聖女と魔術師含めて100人近くもいる! 騎士団総出でも3000だから、これで勝ったも当然だな!」
「せ、セオドア様……それが……」
連れてこられたのは、騎士団が拠点としている場所。すでに怪我人が大勢運び込まれており、いずれも怪我が新しい。
ということはつまり、本当に直前に侵攻が始まったってこと? にわかには信じられない、だって、だって。
「な、何で地面が揺れているんだ? こんな時に、天も味方してくれないというのか?」
「……敵の、総数についてなのですが……」
伝令の騎士は声を震わせて、気持ちをどうにか奮い立たせて、言いたくない報告をセオドアさんに伝えた。
「観測いたしましたところ……概ね1万は超えているかと……」
――城下町の人口の、2倍より多いじゃないか。
「「「ブモオオオオオオオオオオ……!!!!!」」」
これまた地面を揺らすような声が辺りに響く。鼓膜を突き破ってくる声量だった。
それは私達に敵対している者が突撃してくる合図であることは、言うまでもない。
伝令にもあった東の方角を見ると、そこには津波のように押し寄せる生物達が――
「皆の者! 無事か! 僕が来たからにはもう大丈夫だ!」
希望のように煌めく声が、呆然としている私達の耳に入る。
白馬がいなないてその場に急停止した。ルーファウス様がそれに乗ってきていたのである。
「ああ、ルーファウス様……! 魔物の数に対してこちらの戦力が圧倒的に不足しております!!」
「そうか! だが僕が来たからには大丈夫だ! この戦況、覆してみせよう!」
剣を鞘から抜いて掲げるルーファウス様の姿に、集った兵士は雄叫びを上げる。士気は向上したようだ。
そのお姿は、私にとっても輝いて見えていた――本当にルーファウス様がいらっしゃってくださったのだから、何とかなるかもしれない。
ルーファウス様が剣を振るって戦っている所なんて、見たことないけど……この状況でここまで堂々としていられるのだから、大丈夫だよね。
「では前線部隊はルーファウス様の指揮に従うように! 後衛部隊は俺と共に動いてもらうぞ!」
次の瞬間、その声を聞いて、私の身は固まってしまった。でもそうだよ、騎士団総出ならこの人だって来ている――
「承知しましたゲール団長。聖女や魔術師の配置も、お任せしていいですか?」
「ああ任せておけ。というわけだ、魔法主体の軟弱者は俺の所まで来い!!!」
ゲールさんの呼びかけに応じて、私は足を動かす。その刹那、隣をルーファウス様が通り抜けようとしたので――
「ルーファウス様! ご無事で帰ってきてくださいね、私待っていますから――」
立ち止まってそう呼びかけたが――
「セオドア! 敵の布陣はわかっているのか?」
「ははっ、ルーファウス様。まずは前方にゴブリンの群れが――」
一切聞き届けてもらえず、存在なんてしていなかったかのように。
私を横切って、そのまま咆哮が木霊する戦場へと駆けていった。
「……サリア!!! 貴様、スカーレット様から話は聞いているぞ!!!」
呆然とする間もなく、背後から恫喝される。
振り返ると当然ゲール団長がいた。そして私の腕を掴んで、引っ張って連れていく。
爪を立てて握っている――離そうにも力が強いので、私の細い手じゃ反抗できない――
「貴様がもたもたしていたから死人が出たんだとな!? 今もこうしてぼーっとして、貴様には聖女としての自覚があるのかぁ!!! ないんだよなぁ!!! ないからこんな戦況を前にしても、他人事のようにしていられる!!!」
「そんなことは……!」
治療にも当たっていたし、一切そんな気持ちは抱いていない――
と言う前に、ゲール団長は空いていた手で、私の頬を叩いた。
「……っ」
「反省したか? したよな? しないと困るんだよ人手が足りん!!! さあ――普段教会に引き籠ってばかりの坊主共には、ここで一気に働いてもらう!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます