第4話 聖女の実態
翌日。あの後お風呂に入って着替えて、すやすやと寝て新しい陽が昇る。
……そうだよね。ジェイドのことは誰にも言っていないもん、今から新しい何かが起こるわけでもなし。
着替えて眠い目こすって今日も仕事。ジェイドが食べるリンゴの為にも頑張らなきゃ……って、完全に子育てしている母親の思想だよこれ。
「くぅ~、くぅ~……」
ジェイドはまだ眠っている。私が寝ていた所に寝返りを打って、うつ伏せになったも起きる気配はない。
こんなにも気持ちよさそうに寝ているのに、起こすのも悪いし……このまま行こうかな。
「お腹空いたら、リンゴ食べていいからね……」
聞こえているかもわからない言葉を投げかけ、私は着替えに取りかかる。
仕事の始まりは、例外がなければ祈ることから始まる。着替えた後は教会の奥にある礼拝堂に向かった。
「やあサリア、おはよう。何だか昨日は結構騒がしかったそうじゃないか?」
「司祭様、おはようございます。昨日は少し慣れないことをしてしまって」
一口に教会関係者と言っても色んな人がいる。その中でも教会の運営に携わっているのは、司祭とか大司祭とか呼ばれる方々だ。
仕事を斡旋してくるのも彼らである。私の上司と言っても過言ではないので、見かけたら徹底的に挨拶をするのだ。
「そんな、毎日忙しいのに慣れないことなんてするもんじゃない。怪我でもしたらどうするんだ」
「魔法で治療できますので……」
「ああ……そうだった、聖女だものな。ん? 治療?」
「……そうだった! サリアにお願いしたい仕事があったんだよ!」
……さっき、例外がなければと言ったけど。今日は例外だったらしい。
「それはどのような……」
「おい! おお、サリアもいたか丁度いい!」
司祭様と話している最中に、別の司祭様が背後から駆けつけてくる。かなり急いでいたようで、肩で息をしながら用件を話し始めた。
「はぁはぁ……いや実は、昨日の火災による、避難民への支援を行っているのだがな、もう現場が大変なのだ! ここはサリアの力を是非とも借りたい!」
「わかりました。ご案内をお願いします」
「おお、ありがとう! もう転移魔法陣は準備してあるんだ、ついてきてくれ!」
「了解しました」
朝からこんな急いでやってくるなんて、余程現場が荒れているということなんだろう。
――ああ。こりゃあ今日も相当覚悟しないといけないな。
マクシミリアン王国は、世界でも珍しい魔力に満ちた場所。大気中から魔力を採取し、それをつぎ込んだ魔道具産業で栄えている国だ。
当然人々の生活にも魔法を使ったシステムは根付いている。そのうちの一つがこれ、転移魔法陣。これを通ることで国中の好きな所にあっという間に行けてしまう。
もっとも転移魔法陣が混んでいるなんて時には、馬車や足に頼ることもあるけどね。昨日の火災の時はそうだった。人を避難させるので魔法陣がいっぱいだったんだろう。
だからルーファウス様のお力も借りることに――とはいえ想像でしかないから、平民出身の私にはわからないような、別の事情があったのかもしれない。
「到着したぞ。さあサリア、こっちだ」
「わかりま……けほっ。ご案内ありがとうございます」
昨日のことも考えながら、私は司祭様と転移魔法陣をくぐってきた。というのも被災者支援という時点で、恐らく昨日の火災が原因なんだろうなって思ったから。
あれを鎮めたのは私なんだから、最後まで責任を取れ――誰かに言われたわけではないのに、そんな台詞が勝手に頭を過った。
「少し、空気が淀んでいますね……」
「たくさんの人間が一度に押し寄せてきたからな。急ぐぞ!」
司祭様に捲し立てられるような形で、私は急いで走る。またしてもローブの裾を引きずりながら。
そして到着したのは、この町の広場と思われる場所。避難場所らしく天幕が数多く立っているのだが――
「すみません! この子がお腹を空かせていて……!」
「おおーい、下着が汚れて気持ち悪いんだが! 替えはないのか!」
「うう~漏れてしまう~! トイレはどこにあるんじゃ~!」
天幕からは人々が出入りを繰り返して、身なりのいい人に片っ端から声をかけている。それが元からの町民だろうとお構いなしだ。
「ええ!? わかりました、少々お待ちください!?」
「は、はあわかりました。只今お持ちいたしますね」
「トイレはあっちです! 広場の先に案内看板があります! それ見て自分で行ってください!」
中には本当に支援に駆けつけた人もいるんだけど……慌てるばかりで何も行動できていない。何が最善なのかわかっていないんだ。
すると考えられるのは上が機能していないということで――
「いやーっ! 何こいつら、汚ーいっ! わたし近づきたくなーい!」
「げほっ、ごほっ、人がいっぱいで空気も汚いし。何でこんな所に連れてきたのよ!」
「はーあっ、こんなんなら大教会で加護作っている方が何倍もマシだわ!」
機能していない大要因を早速発見した。
「あの……こんにちは」
「あらぁ! 誰かと思ったらサリアじゃない! なら私帰っても大丈夫よねぇ!」
話しかけたのは女性の集団――私と同じく聖女と呼ばれている人達。
いわば同僚とも言える中の一人が、飛び出してきたかと思うと、私を連れてきた司祭様に突っかかる。
「いやいや!? そんなことは一言も言ってないじゃないか! サリアなら的確に場をまとめてくれるだろうから、指示に従ってやるように!」
「はぁ!? 何だってこんな土臭い女の指示なんか――」
「仕事を先延ばしにしていると、ここにいる時間が長くなるだけだが……?」
「うっ……」
司祭様の威圧を含んだ物言いに、納得していない様子で女性は下がる。
「……ふ、ふん! 今回だけだから! 今回は仕方なく聞いてやるだけだから! よろしくね、サリア!」
「……よろしくお願いします」
まあよろしくするつもりはないだろう。握手をしようと手を出してはいるが、目を合わせる気配がない。
「あーあー陰気臭い顔しちゃって! だから貴女といういると気分が削がれるのよ! このケーワイ女!」
「先輩ケーワイって何ですかぁ~?」
「あら、知らない言葉使っちゃった! ごめんなさいね☆ これは流行の最先端を行く言葉でね、空気を読めないという特大級の罵倒なのよぉ~!!!」
そしてこの人も――聖女という集団を心理的にまとめているリーダー、スカーレットさんも。
聖女にになるには後ろ盾が必要だ。大抵の場合、王侯貴族か教会関係者である。
教会関係者が後ろ盾になる場合は、平民が余程の事情で受け入れざるを得ないという状態だ。めったなことでは教会は聖女の後ろ盾にはならない。
なので貴族の後ろ盾を得た女性――当主の娘や孫なんかが、自分という存在に箔を付けるために、聖女になるというパターンも少なくはない。
「……それで聞いてくれまして!? この間パトリック様がね、私の頬に口付けをしてくださったんですのよ!?」
「ええ、パトリック様が!? あの方この間もトレイシー様と噂が立っておりませんでした!?」
「やっぱり!! ま~た他の女に手を出しているんですねあの浮気者!! もう我慢なりませんわ!!」
なのでこうなる。社交界に明け暮れている令嬢方は、突然平民達の中に投げ出されて、困窮している人々を助けろなんて言っても通じない。自分達にそんな義務はないと思っているのである。
もっと事前教育とか必要なんじゃないかな――とは思う。でも上の人達にとっては、そんなことより大事なことがあるみたい。私にはわからないけどね。
「……はぁ」
だから彼女達がしない分の仕事は、全部私が担う。炊き出しの作り方、配り方、列の整備、備品の管理、これ全部。
もちろんある程度動いてくれる教会関係者はいるし、細かい作業は魔法で楽ができる。教会関係者のほとんどが調理ができないので、私は主に作り方に駆り出されるだろう。列整理は人と関わる分。
……ああ、それにしてもだ。できない仕事ではないと自分を納得させてもだ。
「皆で分担すれば、さっさと終わるのにな……」
「……サリアー? ちゃんと仕事やりなさいよー? でないと私達がどやされるんだから!」
「はい……」
私は他の聖女の動向なんかに微塵も興味はない。そういった話題を仕入れる時間があるなら、仕事や魔法の訓練に集中したいから。
「はい、どうぞ。美味しく食べてね」
「ありがとう聖女様!」
列の先頭にいた女の子は、私からスープの入った器を受け取ると、そーっと歩いて帰っていった。
そうだ、孤立していても、待っている人々がいるのには変わらない。家を失った人々が今を生きていけるように、私は働く――
「ん? あちらにいらっしゃるのは、ルーファウス様では?」
「え、ルーファウス様……?」
司祭の一人が言った方向を私も見る。広場にいた人々が道をはけ、そこを堂々と通るようにして、ルーファウス様がいらしていたのだが――
彼が連れてきた人物に、私は一瞬言葉を失ってしまった。
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