第5話 良き友人
「ルーファウス様ぁ~、皆こっち見てるよぉ……」
「ほらほら! 彼女は見世物じゃないんだ、あっちに行った行った!」
「ぐすん……どうしてこんな所にコルちゃんを連れてきたのぉ~」
「君にも僕の仕事を知ってほしいと思ったからさ。悪い話じゃないだろう?」
ルーファウス様の隣には、一人の女性がいた。ピンクと水色のパステルカラーが折り重なった、薄手のフレアスカートワンピースを着用している。そして化粧がかなり濃く、目元がぱっちりとしていた。これで目を引くなというのも無理がある。
そして二人は人目を憚らずに会話を繰り広げながら、炊き出しに並んでいる人々を堂々と押し退け、私の前にやってきた。
「……ルーファウス様、こんにちは。あの、そちらの方は?」
「ひどいっ! こんなにも可愛いコルちゃんのことを知らないっての!?」
「まあまあ落ち着いて。彼女は仕事熱心で、社交界のことにはあまり詳しくないんだ」
一度会ったら忘れられないタイプの人間だろう、彼女は。なのに知らないということは本当に初対面なのだ。
というか――人を待たせているんですけど。早く炊き出しの続きをさせてほしい。
「彼女はコルネリア。僕の
「ルーファウス様のぉー、
「……っ!」
この人、どこでそんなことを……?
「あ、あの……私のことは知っておいでなのですか、コルネリア様?」
「え? んっとねー、詳しく調べたわけじゃないけどぉー、スカーレット様とか噂してたよ? コルちゃんは知り合いなのだ☆」
「そ、そうでございましたか……」
ちらと横目で、炊き出しを待っている人々を流し見する。人々は変わらず食事を求めており、目立った様子は特に見られないけど――
「……今の聞こえた? 『流星』だって」
「それって『流星の森』のことか?」
「『流星の森』って確か、噂があったわよね。何だったかしら……」
私を見ながら、指を差して、話す人が一部いた。
「さて、今日コルネリアを連れてきたのはだね。友人として、僕の仕事を知ってもらいたいからだ」
「でもそれだけでは味気がないから……聖女としての仕事を体験してもらおうと思う。というわけでサリア、色々教えてやってくれないかな」
それだけを伝えられると、ルーファウス様は別の司祭様の下に向かっていった。どうやら別の仕事の内容で話し込んでいるようだが――
私はこのコルネリアとかいう女性と、二人きりで残されることになってしまった。
「……」
「ちょっとぉー! コルちゃんのこと無視しないでよぉ! 何すればいいのぉ!」
「えっと……とりあえずこっちまで来てもらえますか」
「はぁ~い♡ コルちゃん頑張っちゃうよぉ~!」
甘ったるい声を発しながら、コルネリアさんは天幕の裏側を通り、私の隣までやってきた。
「それでどうすればいいのぉ~?」
「それじゃあ、このスープをお玉でよそって、器に入れてくれませんか」
「え~! こんなあっついの持ったらコルちゃんやけどしちゃうよぉ! 無理!」
「……」
理由はともかく、拒否されたなら仕方ない。
「では……器を渡していくのはどうでしょうか」
「腕がぷるぷるして持てないよぉ! コルちゃんスプーンより重たい物は持てないんだよ!」
「……」
……それじゃあ調理全般はダメじゃない。だとすると任せられる仕事は。
「でしたら列の整理でもしてもらえませんか。並ぼうとする人を誘導したり、横入りや抜け駆けがないように見張ってください」
「ひぃ~ん! 知らない人がたくさんいる所に放り込まれちゃったら、コルちゃん倒れちゃぁ~う!」
「……」
「うえーん! スカーレットさーん! サリアさんがコルちゃんに難しい仕事ばっかり押し付けてくるのぉ~!」
そう泣き叫ぶと、コルネリアさんは私の下から離れていき――
たまたま近くを通りかかったスカーレットさんに抱き着いて、今度はそこで泣き始めた。
「あらまあコルネリアじゃない! どう? 社交界にも慣れてきたかしら?」
「うんっ! スカーレットさんと、それからルーファウス様のおかげでぇ、優しい人にたくさん出会えた! あっでも……あのサリアって人は優しくないかも……」
「何ですってぇ!? サリア、貴女この子に何をしたの!!!」
コルネリアさんには優しく、私に対して厳しく。ここまで扱いが明確な人もそうそう見かけない。
「……ルーファウス様に仕事を振ってほしいと頼まれました」
「はぁ!? ルーファウス様がぁ!? あの方がそんなこと言うわけないでしょうが!!!」
「そうだよ! ルーファウス様がこんな厳しいことをするわけないもん! ぷんぷん!」
「えっ」
さっき頑張るって言っていたのは誰だったっけ。
「ちょっと!! 目線を逸らさないの!! さては後ろめたいことがあるのね!! 私がこーんなにも優しく優しくやっさしく普段から物を言っているのがぁ!? 気に喰わないからコルネリアを使って発散しようとしたわけねぇ!!」
「……そんなことは」
「ありませんって言うわよね!! あるなんて言ったら、ルーファウス様との婚約も破棄されてしまうからねぇ~~~!?!?!?」
「……」
別に、後ろめたいことがあって目を逸らすわけじゃないけど。
それでも現状を気にするのは仕事の内だよ。私が見たのは列で待っている人々――
「おーい? いつまで待たせてるんだよ! こっちは腹が空いてしゃーないんだよ!」
「あの、本当に食事は貰えるのでしょうか……? まさか、材料がないとか……?」
「おらっ! ここに入れさせろっ!」
「きゃあっ!」
待ちぼうけが過ぎて、列に割り込もうとする人まで出てきた。食事が目の前にあるのにありつけない、そんなイライラした気持ちが熱気となって、こちらにも伝わってくる。
「……申し訳ありません! ただいま配給をいたしま――」
私が人々に呼びかけながら配給口に向かおうとするのを、
スカーレットさんは肩を掴んで止めようとする。
「ちょっと待ちなさい!!!
「……!!!」
スカーレットさんの物言いに衝撃を受けている間もなく――
その様子を見守ってきた司祭の一人が、流石にと割り込んできた。
「まあまあまあまあ!!! 小言があるのなら、もう少し後にしても大丈夫じゃないですか!? ほら、ここにいる人達はお腹を空かせていますし、今お腹を空かせているんですよ!!! 小言は今じゃなくても言えるじゃないですか!?!?!?」
「……っ!!!」
眼鏡をかけた温厚そうな人だった。司祭様は私に早く行くように視線を向けたので、その通りに私は動く。
「……貴方、後でお父様に言って首を切ってもらいますわ」
「ひっ……!!!」
――結局、炊き出しの作り方は全部私が担うことになって。ほとんどの間、スープから立ち上る熱気に晒され続けていた。
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
「うむ! サリア、今日の活躍は見事だった! 給金を増やしておくからなー!」
「ありがとうございます……」
聖女の仕事は報酬ではないと思いつつ、私は最初に話しかけた司祭様と軽く話をし別れる。
他の聖女が颯爽と自室に戻っていく中で、私の心には引っかかる物が残っていた。
「お友達、かあ……」
コルネリアさんはあの後、ルーファウス様と同じ馬車で帰っていった。聖女の仕事はどうだったかと彼に聞かれると、とてもいい笑顔で大変為になったと答えていた。
それを見つめるルーファウス様の笑顔も忘れられない――
――最近私には見せなくなってきた笑顔だ。
「……ルーファウス様」
「私は、婚約者、ですよね……?」
聖女としての仕事が多忙で忘れかけているが、私は彼の婚約者なのだ。将来この国を治める者の、傍らにいて支えるのが決められた役割。
あと1年もすれば私は18歳。国の法律で結婚が可能になって、王妃ととしての地位が現実となる。
あと1年もないのだ。にも関わらず、最近ルーファウス様は私に冷たいような――
「ううん……何考えてんだ私。変なこと考えるな。ルーファウス様はお忙しいんだ」
「私に構う余裕もないぐらい……きっと……」
口にした言葉を耳に入れて頭に行き渡らせる。そうして冷や汗をかいてきた自分の心を収めるのだ。
きっと、こんなこと考えたのも疲れているからだろう。部屋の前まで来たのだから入ってしまおう。
入った後はいつも通り。ご飯を食べてお風呂に入って、それ以外は趣味の時間。読書をしたり編み物をしたり、9時頃になったら布団に入るのも
「おおー! おれちゃまの『てちた』よ、よくじょもどってきた!」
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