過去「関宮裄仁」
俺、
家も昔から隣同士、入る幼稚園も学校も全て同じ。
八重は恥ずかしがり屋だからいつも誰かの影に隠れていた。俺が友達と遊んでいても八重は隅で本を読んでいた。
そんな八重だが実は歌うことが好きだ。幼稚園の頃から歌の授業はいつも楽しそうに歌うから。恥ずかしがり屋だからあまり歌いたがらないけど、あいつが歌うと俺まで元気になる気がする。
そんなだから俺たちはいつも一緒だった。
あいつの家には変なやつがよく来る。その度に私が不幸体質だから、とあいつは泣く。
「俺が守ってやるよ」
そんなことを言ったのは幼い頃だったかな。
中学に上がってからは俺は陸上を始めた。まあ友達が入るって言うから始めたんだけど、夢中になっていて気づけばハードル走の全国大会に出るようになっていた。
「裄仁くんは凄いね」
八重は地元で大会があるといつも応援に来てくれた。遠くで大会があるとすぐに試合結果を見ては一番にメールをくれた。おめでとう、裄仁くんは凄いって、いつも自分のことのように喜んだ。
いつもあいつは側にいた。
そして高校生になり、俺はスポーツ推薦で名門校へと進学した。
不思議なことにあいつも同じ高校に進学した。もちろんスポーツなんて出来ないあいつは普通に受験をしたのだろう。
そしてあいつと共に大きくなるにつれて俺は一つの感情に気づいた。
どうやら恋というものらしい。
「俺は八重のことが好きだ」
その感情に気づいてから迎えたのは高校二年の全国大会決勝。
その時はたまたま県内で全国大会が開かれる年だった。
八重も見に来る。
これに勝てたら俺は八重に告白しよう。
そう決めた戦いだった。
そしてその時、俺の選手生命は確実に終わった。
周りにいた人々の叫び声だけは、鮮明に覚えている。
何が起きたのか、俺にもわからないままに俺は病院にいた。どうやら大怪我をしたらしい。
目が覚めると思うように動かない足に絶望して、医師の診断に自暴自棄になり、スポーツ紙の見出しに泣いた。俺は負けたのか。負けただけならまだしも、試合中の事故でもう走れないのか。
「はは……馬鹿馬鹿しい」
終わったな。俺の人生。
気づけばそれだけこれに賭けていたのかもしれない。
「裄仁くん……」
そこには八重がいた。ずっと泣きながら側にいたらしい。俺はあいつの顔すら見ることが出来なかったのだ。
それでも、毎日あいつは俺の見舞いに来た。俺は自分が情けなくて言葉を発することが出来なかった。
あれは俺の足が動かなくなって一週間だったか。絶望的だ。皆は日常生活をする程度には治ると言うが俺にはなんとなくわかる。きっと無理だ。ああ、俺はどうしたらいいのか。
その日も八重はいた。何かを察したのか、その日はずっと笑っていた。いや、笑うように無理矢理していた。
あいつは昔から嘘が下手くそだから見たらすぐ分かる。
八重は表情を繕いながら花瓶に花を活けていた。それが辛くなった俺がふとテレビをつけると、そこからふと音楽が流れた。最近流行りの歌だ。
「ふんふーん♪」
八重が鼻歌を歌っている。本当にこいつは楽しそうに歌うよな。
「……お前が歌うと元気になる気がするんだ、昔から」
この歌でちょっとくらい俺の気持ちも晴れてはくれないだろうか。
八重の歌を聴いたその時だった。
俺の体が、足が、何故か暖かくなった。
どういうことだ。そんなはずはない。それでも、もしかしたらという希望を抱かずにはいかない。
俺はベッドから立ち上がるように足を地に向けてゆっくりと足を動かした。
「……動いた」
俺は自らの意思で確かにベッドの外へと足を投げ出した。
嘘だろ?
それでも信じられない俺はその場で足をばたばたと動かす。
動いた。
「ゆ、ゆ、ゆ、裄仁くん!!足が!!足が動いてる!!動いてるよ!!」
八重はそれを見て泣いた。ものすごく泣くもんだから看護師が慌ててその場に駆けつけた。
俺は驚いたまま呆然と動いている足を見ていた。
「よかった……本当によかったよ……!!」
これはたまたまなのか。
いや、俺は思うんだ。
八重は噂の能力者であり、彼女すらそれに気づいていないのではないかとーー
俺は競技をするまでは戻れないと悟った。
八重の不思議な力でも日常生活が限界だったらしい。仕方ない、生活出来るだけでもあいつは俺の命の恩人と言えるだろう。
ならば裏方に回り何か力になりたい。俺は路線を変えることにした。
それと同時に八重のあれは能力なのか調べた。俺は情報が欲しかったが調べても何もない。だから掲示場を自ら作り情報を集めた。
聞いたことあるだろ?異能.com。あれの管理人は俺だ。
調べた結果、予想されることは八重の歌声には他者の回復をする能力がある。それで昔から悪人に狙われていたのかもしれない。
だが本人を含め家族すら八重の能力に気づいていない。だから言わない事にした。余計変なことに巻き込まれたりするといけないから。
そして俺は高校の卒業と同時に八重に告白した。
「八重、その……俺と付き合って欲しい」
「私も、その……ずっと前から好きでした」
そして時は今に至る。
力のない俺でも大好きな人を守れたら。自慢ではないがスポーツ全般そこそこできる方だと思っている。それに守るためには情報が必要だ。だからと思いこのサークルに入った。
気づいたら八重も同じサークルに入ったのはびっくりしたけど。
「裄仁くんって、能力者とか興味あるんだね」
「まあ、ちょっと気になってな」
お前のことだとは言えないが。
気が早いかもしれないがそんな彼女を一生守る為に俺はここで何かを掴むつもりだ。
能力者の彼女と無能力者の俺。
「……八重」
俺がお前を守ってやる。
そんな俺の入ったきっかけの話だ。
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