第2話 洞窟
早朝、俺は家を出た。
あの無愛想な男を捜すためだ。
厚い雲が空を覆っていたがもう黒い雨はやんでいた。
向かったのは昨日と同様、川の上流だ。
木々の隙間を抜けていく。
雨が降ったせいかジメジメとした空気が辺りに漂っていて、それが不快だ。
体に纏わり付いてくる羽虫にイライラする。それを手で払いながら進んだ。
川沿いに進んでいくと左手に開けた空間を見つけた。
川から離れそちらに向かうと洞窟があった。
「ここか……?」
昨日はあれからさらに酷い天気だった。移動せずにどこかで休んでいると考えるのが妥当だろう。
洞窟の中なら雨風をしのげる。
ここら辺で休むには最も適している場所だ。
「……行ってみるか」
俺は意を決して洞窟の中へと入っていった。
暗闇が洞窟を支配していた。薄暗い光が岩壁にかすかに漏れ込み、周囲を淡い影で包んでいた。
洞窟の内部は静寂に包まれており、足音が響くたびにその音が壁に反響して奥深くまで広がっていくようだった。息を潜めながら
岩の壁は様々な形状をしており、地下水がしみ出していた。鈍い滴音が聞こえる。湿った空気が顔に触れ、ひんやりとしていた。独特の香りが充満し、鼻腔をくすぐった。
手で体をさすりながら進む。
すこし奥にいくとくぼんだ場所を見つけた。
地面には細い枝の燃えかす──薪をした跡が残っている。
昨日はあんなに雨が降っていたのだ。当然枝も湿っているだろう。
火を起こすのも一苦労なはずだが魔法が使えるならそんなことは関係ないのかもしれない。
やはりあの男はここにいる。
さらに奥に進む。
水滴がしたたる音が洞窟内に響く。妙に雰囲気が合って不気味だ。
進むにつれ道が細くなる。
低い天井を抜けるためしゃがんで前に。
そこをなんとかくぐり抜けると岩の間に何かを見つける。
ようやっと薄暗さに目が慣れてきてそれを観察する。
人だ。
人が倒れている。
それに気がつき急いで駆け寄る。
黒い外套を着た男。
昨日の男で間違いない。
脇腹を押さえうずくまる様に倒れている。どこか怪我をしているのかもしれない。
「おい! 大丈夫か!」
「う……」
呼びかけてもはっきりとした返事は帰ってこない。
近くに転がっていた水筒を拾って無理矢理飲ませ、頬を軽く叩く。
「う……お、まえは昨日の……」
どうやら俺のことは覚えているらしい。
『照らせ』
男が何かを呟くと淡い光球が彼の周りから現れた。
きっと魔法だ。
光球によって昨日はフードによって隠れていた男の顔が照らされる。
整った顔だった。ともすれば若い女性と勘違いされてもおかしくないほどに。
茶髪は短く切りそろえられ青い瞳からは知性を感じる。
「どうしてここに来た!」
「どうしてって……」
怒りを滲ませる声に困惑する。
「言え!」
「お、俺は迷い人なんだ。元の世界に帰る方法を探してる。それで……昨日あんた俺に魔法を使っただろ? だから何か知ってないかなって……」
「……そうか」
男は体を起こすと水筒に口をつける。
何か考えているようだった。
「アルベールだ」
ぽつりと呟いた言葉が彼の名前だと気がつくのに少し時間がかかった。
「えっと、小野雅人です。こっちではマサトってよく呼ばれてる」
「昨日お前に魔法を使ったのは謝罪する。こちらにも事情があった。決して悪意があったわけではない」
「別に怪我とかしてないしそれは良いよ。……でもなんであんなことしたんだ?」
アルベールは眉間に皺を寄せた。
何か考えているようだ。
たっぷりと時間を使って彼は口を開いた。
「しかたない、か。いいだろう話す。魔法についても教えてやろう。だが代わりに俺のやることを手伝ってもらう」
「なにをするんだ? そもそも何者なんだ」
「俺は大賢者ワイズの孫だ」
大賢者ワイズ。
魔法の天才と呼ばれた男。こんな田舎でも知っている超がつく有名人だ。
「俺をこの奥に連れて行ってくれ。それだけでいい」
「……わかった」
ゆっくりと頷く。
魔法に関する手がかりなのだ。それくらいでいいならいくらでもやる。
「世界樹はしっているな?」
「大陸の真ん中にあるでっかい木のことだろ」
「そうだ。あれに異常が発生している。まぁ病気みたいなものだと思え。最近降っている黒い雨もそのせいだ。俺は世界樹を治すために世界中を回っている。ここにもそのために来た」
「ここになにかあるのか?」
ああそうだとアルベールは首を縦に振る。
「世界樹の根は大陸中に張り巡らされていてこの奥にその一部が露出している。根っこにある腫瘍を破壊することが俺の目的だ」
「倒れてた理由は?」
「……腫瘍に呪われた」
苦い顔をするアルベール。
どうやら普段はしないミスらしい。
「腫瘍によって洞窟の外に飛ばされ体は毒に犯されている。死にはしないが、まぁ苦痛だ。おそらく破壊するときにも酷い苦痛に襲われるはずだ。だからお前についてきてもらう」
ゆっくりと頷き俺はアルベールに肩を貸した。
向かうのは洞窟の奥だ。
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