第3話 勇気
洞窟の奥に大きく広がった場所があった。
そこには大きな木がある。
そう木にしか見えないのだが、これが世界樹の根っこらしい。
一際目を引いたのは赤黒い大きな物体だ。それが根っこに張り付いている。
おそらくこれがアルベールが言っていた腫瘍なのだろう。
赤黒い腫瘍はゆっくりと脈動していた。まるで心臓のようだった。
表面は湿ったような光沢を帯びていて、血のように濃い赤色が鮮やかに輝いている。その質感は妖しさを孕んでおり、恐怖と不気味さが同居している。
正直あまりみたいものではなく、ずっとここにいると気分が悪くなりそうだった。
アルベールを腫瘍の前に連れて行くと彼は手をかざす。
彼の呼吸は荒かった。
表情も険しく、額には汗が滲んでいて苦しそうだ。
呪いとやらのせいかもしれない。
「いくぞ」
「ああ」
『爆ぜろ』
「ぐ、ぐうああああああああああ!」
アルベールが短く呪文を唱えるとあっけなく腫瘍は破壊された。
腫瘍の肉片が散り散りになり辺りに飛び散る。赤い血のような液体が流れ出た。
同時にアルベールが声を上げて苦しむ。
苦痛に歪む顔。滝のように汗が流れる。胸が痛むのか片手で心臓を押さえている。
「行こう」
俺はアルベールを連れて急いで来た道を戻ろうとする。
その瞬間なにかが落ちてくる鈍い音が聞こえた。
「シャアアアアアアアアアア!!」
黄色い甲殻を纏い、二つの巨大な鋏。鋭く巨大な針を持った尾。
鋏と針は鈍くなまめかしい光沢を持っていた。
ロックスコーピオン。
モンスターだ。
鋏を高く頭上に掲げ声を上げるそれは明らかに敵意を持っていた。
俺の体は恐怖によって凍り付きその場から動けなくなった。
目の前の化け物におびえている。
顔は青ざめ、背中に冷たいものが走る。全身が緊張に包まれ、呼吸すら忘れていた。
元の世界ではゲームの中の存在だったモンスター。
経験値にお金そしてレアドロップのためにただ倒すだけの作り物。
それが今、眼前に自分の命を刈り取らんとしていた。
「……マサト、おまえがやれ」
アルベールがぐったりとした口調で言った言葉はやけによく聞こえた。
「む、むりだ。俺にはできない」
「俺は今、魔法を使えない。お前がやらなければ二人ともここで終わりだ。……安心しろ力は貸してやる」
「で、できない! だってあんな化け物、元の世界にいなかった! 武器もない、魔法も使えないし戦い方なんてしらない!!」
口から出る言葉は情けない言葉ばかり。
「……それで戦うことから逃げてどうする?」
「え?」
「逃げても事態は好転することは非常に稀だ。よくて現状維持、大抵は事態の悪化を指をくわえてみるだけになる」
「でも……」
それでも怖かった。
あの化け物に、ロックスコーピオンに立ち向かうなんて考えたくなかった。
「……仕方ない。恐怖に打ち勝つ魔法を教えてやる。口に出さなくていいから、心の中で答えろ」
一体何をするというのだ。
「どうして元の世界に帰りたい?」
言われてみればどうしてだろう。ただ漠然と帰りたいと思っていたが……そうだ、父と母に会いたい。
「ここで死ねばどうなる?」
帰れなくなる。父と母にも会えなくなる。
「奴の何が怖い? 具体的に考えろ」
巨大な鋏と針。
鋏に挟まれてしまえば体は断ち切られるだろうし、あの針はいとも簡単に体を貫きそうだ。
「落ち着いて奴を見てみろ」
ゆっくりとロックスコーピオンに視線を向ける。
相変わらず巨大な鋏を掲げている。
あれ?
鋏は確かに大きいがそれは体に対してだ。
思ったよりも体は小さい。鋏を掲げているから実際より大きく見えていただけのようだ。
「俺に続けて唱えろ。心に火を」
『心に火を』
唱えると体が少しだけ温かくなった。
「もういけるな?」
アルベールは額に汗を流しながらもにやりと笑みを浮かべた。
どう見てもやせ我慢だったが、そこに触れるのは無粋だろう。
俺はゆっくりと頷いた。
気がつけばもう足は震えていなかった。
「よし構えろ!」
左手を前に構える。
その瞬間ロックスコーピオンは慌てるように跳びかかってくる。
「落ち着いて狙え。石よ貫け」
『石よ貫け!』
ずずず、とアルベールから何かが流れ込んでくる。
おそらく魔力だ。
それは左の手のひらに集まっていく。集まってそれは形をなす。
「グギャッ!?」
眼前に迫るロックスコーピオン。
空中から重力に引かれ勢いのついたそいつは鋭い石槍に貫かれた。
俺はロックスコーピオンを倒した。
いつの間にか左手には魔方陣のような紋章が浮かび上がっていた。
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