世界樹の守人

夜乃ソラ

第1話 魔法



 「……お? ──よーーーし!」


 川辺にいる俺はウキが沈むのを確認すると竿を立て、得物を釣り上げた。


 「シャーーッ」

 

 「……やっぱり変だよなぁ」


 銀の美しい鱗は日の光を浴びてギラギラと輝いていた。

 そこまでは普通だが、この魚は俺を見て威嚇しているのだ。しかも声を上げて。


 俺の知っている魚は本来声を出したりしない。

 この世界に来てもう五年。未だに元の世界との違いになれることが出来ずため息をつく。


 とはいえ釣りは釣れる魚さえ除けば向こうとそんなに変わらない。

 父に連れられよく釣りに行っていた俺にとって釣りは懐かしさを覚え、数少ない心安らぐ時間だった。


 この世界に来たときのことを思い出す。


 あのとき俺──小野雅人は気がついたら森の中で目が覚めた。

 たまたま通りがかった人に村に連れられ、保護された。

 俺のように違う世界からこの世界に来る人間がたまにいるらしく、そういう人は迷い人と呼ばれるそうだ。

 この世界に来たのは十歳のとき。まだ子供ということで随分よくしてもらった。




 「降ってきたな」


 先程まで晴れていたというのに気がつけば雨雲が空を覆っていた。

 雨雲からは黒い雨が降り注いでくる。


 異世界といっても雨は雨。元の世界と変わらなかったはずなのだが……二ヶ月前からこの黒い雨が降り出した。

 村人達も最初は気味悪がっていたがいつの間にか慣れてしまったようで気にしなくなっていた。

 しかしどうにも俺はこの黒い雨を不吉に思っていた。


 激しい風が吹き、雨脚が激しくなってきた。

 急いで帰る準備を進めていると川の近くを外套を纏った男が通った。

 どうやら川の上流に向かっているらしい。


 「おーい、あぶないぞー! ……聞こえてないか?」


 声をかけても反応がない。

 男は変わらず上流に向かっている。


 仕方がないと俺は釣り道具をほっぽり出して男の元へ駆けだした。


 「危ないですよ! 近くに村があるのでそこまで案内します!」


 近づいて大きな声で言ったにも関わらず反応がない。

 間違いなく無視されている。


 なんだこいつ。

 せっかく親切で声をかけているというのに返事くらいしてくれてもいいだろう。

 ムカついた俺は男の後をつけることにした。


 しばらく後をつけていると男が急に立ち止まって振り向いた。


 「帰れ」


 一言そういうとまた上流に向かって歩き出す。

 川は激しい雨によって黒く染まり、水量が増えていた。


 俺は彼の言葉を無視することにした。

 こちらも無視されたのだ。文句は言わせない。


 川の上流に向かっているうちに景色が変わった。木々がうっそうと生い茂っており視界が悪い。


 それに気がついたとき男が大きくため息をつき、再び振り返った。

 外套から片手を突き出したと思うとパチンッと指を鳴らす。



 ──気がついたとき俺は自室にいた。




※※※




 気がついたら自室にいた。

 ここは間違いなく村にある俺の自室だ。

 片付けられていない食器に、敷きっぱなしの布団。


 今朝出かけたときと全く同じだ。

 持って行った釣り道具はいつもと同じ場所に収納されている。


 一体何が起きた。


 俺は混乱しているのを自覚しながらも思考する。


 さっきまで無愛想な男を追っていたはずだ。

 しかし今は自室にいる。彼を追うためにほっぽりだした釣り道具もある。


 まるで何も無く帰宅したかのようだ。


 壁に掛けた質素な時計を確認する。

 針は午後四時を指している。川の上流から歩いて帰ってきたと考えれば丁度このくらいの時間になるだろう。


 「魔法、か?」


 記憶の最後で男は指を鳴らしていた。

 あの行動で何らかの魔法をかけたのだろう。


 俺は魔法には詳しくない。

 存在自体は知っているが、そもそも魔法をほとんど見たことがないのだ。


 辺境でど田舎のこの村で魔法を使えるのは村長くらいだ。

 その村長も夜に少しだけ辺りを照らせる魔法を使っているところを見たことがあるくらい。


 俺は魔法の存在を知ったとき、元の世界に帰る方法が見つかるかもしれないと喜んだ。

 しかし田舎では魔法に関する知識が集まらない。本の一冊すら手に入らなかった。


 都会に行こうにも距離があるし、何より人の住む場所から離れるとモンスターがでる。


 そうモンスターだ。

 元いた世界でゲーム作品に出てくるようなモンスターがこの世界にうじゃうじゃいるのだ。


 俺はモンスターが恐ろしかった。

 十歳まで平和な世界にいたのに戦う手段など持っていないからだ。


 こちらに来て五年。村がモンスターに襲われ消えたという話は幾度となく聞いた。

 その度に俺は恐怖に震えた。


 だから俺の行動範囲は村の周辺だけだ。

 結果的に魔法に関する情報は何も得られなかった。




 知識がないなりに考える。

 やはり己の身に起こったことが魔法によるものとしか考えられない。


 おそらく魔法によって操られここまで帰ってきたのだろう。


 これは千載一遇のチャンスだ。

 魔法を使える人間、それも他人を指を鳴らすだけで操れるほどの技量をもった男だ。

 もしかしたら迷い人や元の世界に帰る方法について知っているかもしれない。


 もう一度探しに行こう。

 外では未だに激しく雨風が吹いている。これならばあの男もそう簡単に移動できないはずだ。


 俺は天候が良くなるのを待つことにした。



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