第二尾 この世界のお風呂には、お魚さんもいっしょに泳いでてすぎょい!

晩御飯を満喫した魚春とセアヤは、朗らかな気分でおウチへ。

「おかえり魚春ちゃん、どうだった?」

「見たことのないお料理のオンパレードで、すごく、すっぎょく最高でしたぁ♪」

「それはよかったわ♪」

「魚春くんにかわいい手描きイラスト貰っちゃった♪」

 セアヤは嬉しそうに例のイラストをかざす。

「魚春ちゃん絵がとっても上手! 素敵なデザインね。うちの家宝にするわ。あのう、魚春ちゃん、日本ってどの辺りにあるのかしら? 世界地図にも国名が載ってなくって、とても気になるの。スマニク王国はここなんだけど」

 テタマヤは地球儀らしきものを持って来て、魚春の眼前にかざした。

ぼくの知ってる世界地図と形が全然違うよ。ここは、完全に異世界だね。すごい所に来ちゃったよ。

「いやぁ、ちょっと、ぼくにも分からないですね」

 魚春はアハハッと笑ってこう答えておく。

「そっか。日本はますます謎めいた国ね。魚春ちゃん、長旅で疲れたでしょ。お風呂も沸いてるからどうぞ」

「すみませんお母さん、そこまでしていただいて」

魚春はテタマヤさんに脱衣所へと案内される。

「これがお着替えよ。魚春ちゃんのサイズにも合うと思うわ」

「タオルや寝巻まで、用意していただいて、ありがとうぎょざいますお母さん」

「いえいえ」

 魚の鱗柄の服が用意されていた。

 これがこの国の一般的な男物の寝巻らしい。

 全裸にハコフグ帽子とタオル一枚になった魚春は、浴室へ。

広々として、大人でも一度に十人以上は入れそうな岩風呂があった。

「うわぁ! すっぎょぉ~い! お魚ちゃんも泳いでるぅ。空を飛んでるお魚ちゃんもいるぅ!」

湯船を興奮気味に楽しそうに眺めていると、

「魚春くん、いっしょにはーいろう♪」

 ガラガラッと引き戸が開かれセアヤがすっぽんぽんで入ってくる。

 つるぺたなお子様体型、魚春もまだ子どもなので、彼は欲情するはずもない。

「そういえば、セアヤちゃん、日本では湯船に浸かる前に体を洗うのがマナーなんだけど、ここって洗い場ないよね?」

「日本ではそうやって入るんだ! 湯船に浸かったら勝手に汚れ落ちるのに不思議だね」

「やっぱそうかぁ。ぼく今体が汚れてるから、そのまま入るのは湯船に汚れが浮いて悪い気がするんだけどなぁ、郷に入っては郷に従えってことなのかな」

 魚春が悩みながら呟いていると、ザブゥゥンとお湯飛沫が――。

 セアヤは言った通り直で湯船に浸かったわけだ。

 そして恍惚の表情を浮かべる。

「魚春くんも早く早くぅ」

「セアヤちゃん、ここには水道の蛇口がないけど、この湯船のお湯は、井戸から汲んで来てるのかな?」

「違うよ。ニガトブカのお風呂はどこも自然に湧き出る温泉になってるの」

「すっぎょ~い! 別府温泉みたいだね。では、入りまーす」

 魚春も湯船に浸かり、お魚達とゆったりくつろぐ。

「ねえ、魚春くん、わたしの宿題、ちょっとだけ手伝ってくれない?」

「それはダメだよ。自分の力でやらないと。それにぼく、この世界の文字が読めないから助けになれないよ」

「あ~ん。残念」

 セアヤと魚春は湯船に浸かって、姉弟のように楽しげに会話を弾ませていると、

「セアヤちゃん、セアヤちゃんちでお泊まりすることになってる魚春くんっていう謎の男の子、めちゃくちゃ面白くて、楽器演奏も上手なんだってね」

「あたし、あのかわいい男の子といっしょに遊びたぁい♪」

「興味深いです」

「あっ、あそこにいるぅ!」

 近所に住む同い年くらいの女の子達が大勢、すっぽんぽんで次々と入ってくる。

 セアヤのお友達のようだ。

魚春のいる世界の人と同じ体の作りの子、セアヤと同じ人魚の子の他、エルフ耳だったり、尻尾が生えていたり、熊や猫や狸っぽい動物の耳の形をした子達もいていろんな種族が入り交じりだ。

「こんなに大勢の女の子に入って来られるとぼく困っちゃうなぁ」

 魚春は女の子達から視線を背けつつ、慌てて逃げ出した。

「この国ではお風呂には大勢で入るのが普通だよ。わたしもよくお友達のおウチのお風呂入りに行ってるよ。そしてお魚達といっしょに泳ぐの」

 セアヤは爽やか笑顔で伝える。

「それは、とっても面白い文化だね」

 魚春は女の子達から視線を背けたまま呟き、

「じゃぁぼくは、これで」

 湯船に浸かって気持ち良さそうにゆったりくつろぐ女の子達を後目に、魚春は風呂場をあとにした。

「セアヤ、おっぱいまだ小さいから魚春くん喜ばないよね」

「ひゃんっ、もう。あの子はそんなエッチな子じゃないと思うよ」

 女の子達はその後もしばらく和気藹々と入浴タイムを楽しむのだった。



「ここが魚春ちゃんのお部屋よ。狭くて悪いけど」

 テタマヤは二階にある空き部屋をあてがってくれた。六畳ほどの広さであった。

 机にクローゼット、ベッドもついていた。

 本棚には何十冊かの書物が。

「いえいえ、とっても豪華で、高級ホテルみたいに立派なお部屋ですよ」

 魚春の顔がほころぶ。

「喜んでもらえて嬉しいわ」

 テタマヤはフフッと微笑み、魚春の頭をなでてあげた。

「どっ、どういたしまして」

 魚春は頬をほんのり赤らめた。

「ではぎょゆっくり」

 テタマヤは朗らかな気分で一階へと降りていく。

「……そういえば、お父さんはいないのかな? まあ、いろんな家庭の事情があるだろうし、そこは触れない方がいいよね。この世界、文明的には十七、八世紀のヨーロッパって感じかな。さてと」

 魚春は本棚から適当に一冊の書物を取り出す。

「この本、やっぱり文字が日本語のひらがなカタカナ漢字じゃないよ。一文字も読めないよぉ~。でも、素敵な形だし早く読めるようになりたいな」

 そう呟いて、その本を本棚にしまう。

 布団に潜ろうとしたところ、

「わわわっ! 窓の外、お魚が泳いでる! 海の中みたぁい!」

 元いた世界では見たことのないファンタジックなデザインのカラフルなお魚達が空中を飛び回っているのを見つけ、魚春は幼い子どものように大興奮で外の様子を窓越しに眺め、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

人生初めての体験に、お布団に潜ったあともなかなか寝付けなかったのだった。

 こうして、魚春の異世界生活初日の夜は、静かに更けていく。


「おやすみママ」

「おやすみ」

 セアヤもお隣のお部屋の自分のお部屋で眠りについたのだった。

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