第一尾 異世界のお魚料理は見た目からしてすごい!

「わっ! なっ、なぁに? 変な帽子の子」

 少女は驚いた様子で振り返る。三つ編みに束ねられたエメラルドグリーンに煌く髪、丸顔ぱっちり垂れ目。上半身にはヨーロッパ風の民族衣装を身に纏っていた。背丈は一三〇センチほど。魚春と同い年くらいに見えた。

「わぁい! 言葉が通じた! よかったぁ♪ ぼくはさっきまで海にいて、ボートで岸に戻ろうとしたら、海に落っこちて気付いたらここにいたんだけど、ここがどこなのかよく分からなくてとっても困ってるんだ」

 魚春は独特のジェスチャーを交えて伝える。

「魚春くんって、なんか面白いね。悪い子じゃなさそう。じゃあ、ウチにおいでよ。今晩泊めてあげるよ」

「えっ! いっ、いいの?」

「もっちろんだよ。困ってる人を見かけたら助けてあげなさいってお母さんいつも言ってるもん」

「ありがとう。すごく優しい子だね」

 魚春は思わず嬉し涙を流した。

「どういたしまして。わたしの名前はセアヤっていうの。よろしくね♪」

「ぼくの名前は魚春だよ」

「魚春かぁ。変わったお名前だね。うおはお魚の別の言い方だし、服装もお魚さん柄だし、やっぱ、お魚さんは好きなの?」

「うん! 幼稚園の頃からずーっと大好きだよ♪」

「わたしもお魚大好きだよ。観察するのも食べるのも」

「そうなんだ。ぼくと同じだね。お魚好きな子に出会えて、とっても嬉しいな♪ ところで、ここは、何っていう街なのかな?」

「スマニク王国の首都、ニガトブカっていう街だよ」

「へぇ! 聞いたことがないよ、そんな街」

「魚春くんはどこから来たの?」

「日本だよ」

「わたし、そんな場所、聞いたことないや。遠い遠い国みたいだけど、言葉が通じるね」

「すごく不思議だね」

「うん、不思議、不思議、とーっても不思議♪ わたし、日本っていうとこのこと、詳しく知りたいなぁ」

「ぼくも、スマニク王国のこといろいろ知りたいなぁ。空を飛ぶ不思議なお魚さんがいてとっても楽しい所だし」

「空を飛ぶお魚さんが不思議なの?」

「うん。ぼくのいた世界ではお魚は海や川で泳いでて、ほとんどは空を飛ぶことは出来ないんだ。空を飛べるのは、トビウオっていうお魚さんくらいだよ」

「そうなんだ。魚春くんがいる世界では珍しいんだね。この世界のお魚さんはみんな、泳げるし空も飛べるよ」

「へぇっ! そうなんだ! お魚王国だね」

 楽しげに会話を弾ませているうち、セアヤという女の子のおウチに辿り着いた。

 木組みのおしゃれな外観だった。

「とっても立派なおウチだね」

 魚春はわくわく気分で玄関入り口へ。

「ただいまお母さん、日本っていう謎の国からやって来た、魚春っていうお魚が大好きな面白い男の子が道に迷って困ってたから連れて来たよ。今晩泊めてあげて」

 セアヤは嬉しそうに紹介する。

「あらまぁ、いらっしゃい。わたくしも初めて聞いた国だわ。わたくし、セアヤの母のテタマヤと申します。はじめまして」

 ブロンズヘアーに、丸顔ぱっちり瞳。年齢は三十代半ばくらいだろうか? お淑やかそうな感じの、人魚だった。お顔はセアヤによく似て耳の形も同じだった。

「お母さんも人魚ちゃんだ! はじめまして。ぼくの名前は魚春です」

 爽やかな笑顔で握手を求められ、魚春はちょっぴり緊張気味に応じた。

「朗らかな感じのかわいい男の子ね。魚春ちゃん、自分のお家のようにくつろいでね」

「お世話になります♪」

外は夕暮れ時で、暗くなりかけていたが、家の中は明るい。

しかし電灯はなく、チョウチンアンコウのような生き物の形をしたランプが灯されていた。

「とってもデザインの明かりだね。すごいお顔のタコさんもいるね」

 魚春のいた世界では見たことのない、タコのような生き物を居間で見かけ、びっくり仰天。吸盤のついた足が二〇本くらい生えていた。

「これは厄除けアイテムよ。この国では各家庭に飾られてあるの」

「素晴らしい文化だね」

「ここの近所にはお魚の美味しい料理店があるよ。魚春くん、いっしょに食べに行こう!」

「それはとっても楽しみだなぁ」

「魚春ちゃん、嬉しそうね」

 セアヤはフフフッと微笑んだ。

「そういえばぼく、日本のお金は持ってるけど、この世界のお金は当然持ってないなぁ。食事代払えないよ」

 魚春はそのことに気付いて若干焦り顔になってしまう。

「大丈夫だよ魚春くん、わたしが全部支払うから」

「宿代も支払わなくて結構よ。ここは宿屋ではないので」

 テタマヤは微笑み顔で言う。 

「でも、さすがにそれだと大変申し訳ないので、セアヤちゃんとお母さん。お礼に日本のお金プレゼントします。一万円札と五千円札は持ってないけど」

 魚春は財布から千円札、五〇〇円、一〇〇円、五〇円、一〇円、一円硬貨を一枚ずつ、計一六六一円を取り出しテーブル上に置いた。

「これが日本のお金かぁ。格好いい♪ 単位は何かな?」

 セアヤはわくわく気分で眺める。

「円だよ」

「円かぁ。スマニク王国はプクプクだよ。見せてあげる」

「日本のお金、なかなかの煌びやかなデザインね」

 テタマヤも楽しそうに眺めていた。

「これがスマニク王国のお金、全種類だよ」

 セアヤはコインと紙幣を持ってくる。

「この国のお札、お魚さんのイラストが描かれてて素敵だね。数字の書き方は共通なんだね」

 紙幣は三種類。印字された数字は10000、5000、1000。いずれも煌びやかなお魚のイラストが描かれていた。硬貨は数字のみが彫られ全六種類。金色の500、100。銀色の50、10。銅色の5、1プクプクだ。

「通貨の種類も日本と共通だね」

 魚春は親近感が持てた。


魚春とセアヤは歩いてお魚が美味しいという料理屋さんへ向かうことに。

 空はもう真っ暗にはなっているが、街の中はチョウチンアンコウっぽい生き物型のランタンが至る所に灯されていて夜道でも明るかった。

「ここだよ」

 セアヤ宅から五分ほどで辿り着く。赤煉瓦造りの瀟洒な外観だった。

「字が読めないよ」

 店名が書かれてある看板を眺め、魚春は苦笑い。

「『コワザタ』って読むんだよ。ちなみにその隣のお店は、飲み物とデザートがメインのカフェで『コイサ』って読むの。若い女性に大人気だよ。日本と話し言葉は同じだけど、字が違うのも不思議だね。わたしますます日本のこと知りたくなっちゃったよ」

「ぼくもこの世界の文化、ますます知りたくなったよ」

 魚春は意気揚々と店内へ。セアヤもあとに続く。

「いらっしゃいませ。二名様、こちらへどうぞ」

 すると、熊の耳をしたワイルドな感じのおじさん店主の威勢のいい声が聞こえてくる。

人魚ちゃんがいて、獣の耳とか、尻尾も付いてる人もいて、ぼくのいた世界の人と同じ人もいて、いろんな種族の方々が仲良く暮らしてるみたいだねぇ~。すごく素敵な平和な世界だねぇ~。

 二人掛けのテーブル席に着くと、魚春は辺りのお客さんや店員をきょろきょろ見渡し朗らかな気分になった。

「魚春くん、どれでも好きなのをどうぞ」

 セアヤはメニュー表を手渡してくれた。

「メニューの字も読めないから、セアヤちゃんおススメのお料理でいいよ」

「じゃあ、これにするね」

 セアヤが呼び鈴を鳴らし、人魚な女性ウェイターさんに注文してくれた。

 数分のち、

「お待たせしましたぁーっ!」

 メニューが到着。ウェイターさんはテーブル上にテキパキと置いていく。

 セアヤも同じメニューを頼んだため、二人前だ。

「とっても豪華な見た目だね」

 暗緑色や紫色など、おどろおどろしい色合いと容貌のお魚の目玉とか、内臓らしき部分も出されていたのだ。正直、思わず目を背けたくなるほどのグロテスクさである。

 しかしそこは魚春、目をキラキラ輝かせうっとりと眺めていた。巷の多くの人々とは感性が違うのだ。

「目玉と小腸の部分が栄養満点で特におススメだよ。いっただっきまーす♪」

 セアヤは満面の笑みを浮かべて、目玉をスプーンで掬って美味しそうに頬張る。

「異世界のお魚料理、いただきまーす」

 魚春も未知の魚料理にもスプーンを手に取り、嬉しそうに食す。

「とっても美味しい。ぼくの世界にある大トロのお刺身よりも美味しい♪」

 予想以上の美味さに、魚春の表情がほころぶ。

「魚春くん、幸せそうだね」

 セアヤも嬉しそうに微笑む。

「すごく幸せ♪」

 引き続き食事を楽しんでいると、 他のお客さんが、

「美味しかった♪ ぎょちそうさまでした」

こんな食後の挨拶をしている声が聞こえて来て、

「さっきのお客さん、『ご』の発音が『ぎょ』なってた! さ〇なクンと同じだ!」

 魚春はとっても嬉しそうに微笑んだ。

「魚春くん、スマニク語では聞かない発音出してたね。そんな発音、今まで聞いたことないよ」

 セアヤはちょっぴり驚き顔。

「えっ! この国って『ご』っていう発音がないの?」

「ないない、なんでそんな発音が出来るの? 魚春くんがさっき言った言葉、声に出そうとしてもどうしても、『ぎょ』になっちゃうよ」

「そうなんだ! この国の人ってみんな、さ〇なクンと同じ言葉なんだね!」

 魚春、スマニク王国のことがますます気に入ったようだ。

「三名様、ぎょ案内でーす」

 店員さんがそう言ってお客さんを座席へ案内する声も聞いて、

「さ〇なクンもこの国に来たら大興奮間違いなしだね! ぼく、これからこの世界では『ご』を『ぎょ』って言うことにするよ。ここじゃクラスのお友達や先生みたいに変だっていう人はいないしそれが普通のことだから最高だね」

 魚春はますます大喜び。

今度は、音楽が流れて来た。

「このお店、音楽の生演奏もしてくれるんだよ」

 セアヤは伝える。

「日本にもそんな感じの喫茶店があるよ。同じだね」

 魚春は嬉しそうに伝え、癒しを感じさせる演奏にうっとりと聞き入る。

 この曲の演奏終了後。

「おう! 見慣れないお客さんがいるね。そこのかわいい坊や、吹いてみるかい?」

 魚春は演奏者の一人から勧められた。

「はい! やってみます」

 魚春はのりのりで参加。サックスを口にくわえ、他の演奏者と共に五重奏での演奏を奏でる。

 そして、見事に演奏し切った。

 パチパチパチパチパチッ!

 観客から拍手喝采!

「魚帽子の坊や、めちゃくちゃ上手いね。プロの音楽家みたいだよ」

「いえいえ。ぼくは憧れのさ〇なクンみたいに、一応いろんな楽器の演奏もやってみたんだけど、あまり得意にはなれなかったなぁ」

 魚春は照れくさそうに伝える。

「面白い坊っちゃんだね」

「あの帽子欲しい♪」

 他の子ども達からも大好評だ。


そんなわけで、セアヤと魚春の頼んだメニューの食事代、計1600プクプクは無料でいいということになったのだった。


「ごちそう、じゃなくてぎょちそうさまでした♪ あの、これ、とっても美味しいお料理を堪能させていただいたお礼です」

 魚春は、先ほど食べたお魚の手描きイラストを差し出した。

「おう、ありがとな。坊や、絵も上手いんだな」

 店主は嬉しそうに快く受け取り、さっそく壁に貼ってくれた。

「ぼく、さ〇なクンに憧れて、絵も練習したんです」

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