第44話 苛立つ少女達(武部side 三人称)

 ? 同級生の話では、「喫茶店の中から消えた」と言うが。誰の目に留まらないで店から出ていくのは、どう考えても不可能だった。文美は、その事実に苛々した。彼の元カノである、菊川も苛々した。二人は程度の差こそあれ、今回の事件に不安を抱いた。


「信じられない! あぁし達を置いて」


「消えた、わけじゃないよ? たけちゃんは」


「居なくなったじゃん? 武部君がどう思っていようと。あぁしからすれば、『消えた』としか思えない。あぁし達との関係に疲れて」


 文美は、その怒声に押しだまった。学校のグラウンドからは、野球部の声が聞こえてくるけれど。彼女はブラバンの演奏に隠れて、その沈黙を守りつづけた。


「『そうだ』としても、消えてない。死体が出てこない以上は、今もどこかで生きている。私達の知らないところで。たけちゃんは、そう言うタイプの人間だから」


 菊川は、その言葉に溜め息をついた。彼女もまだ結の事が好きだったが、ここまで言いきるのは流石にできない。正直、「重たすぎる」とさえ思ってしまった。自分も「自分が重たい」と思っているけれど。文美の結に対する愛情は、その感情すらも超えていた。彼女は文美の一途さに呆れながらも、内心では「やっぱり幼馴染みだな」と思った。


「でも、負けヒロインだけどね?」


「は?」


「むすっちの初めてを逃したし。彼氏の初体験を取れない女は、どう考えても負け組じゃん?」


 文美は相手の思考に「カチン」と来たが、すぐに「落ちつけ」と思いなした。そんな事で言い争っても仕方ない。自分の気持ちを余計に苛立たせるだけで、この状況が「良くなる」とは思えなかった。文美は屋上の壁から背を離して、フェンスの前に歩みよった。


「捜す」


「え?」


「たけちゃんの事を捜す。警察の人を信じていないわけじゃないけど。このまま見つからないなら」


 菊川は、その考えに溜め息をついた。彼女の考えも分かるが、それはあまりに無謀である。プロでも分からない事が、素人に分かる筈がない。調査の途中できっと、「もうダメだ」と諦める筈だ。


 彼女はそんな風に考えて、文美の肩に手を乗せた。文美の肩は、その感触に驚いている。「止めときなって。何かの犯罪に巻きこまれたのかも知れないし? 下手に関わると」

 

 文美は、その続きを遮った。そこから先は、聞かなくても分かる。相手は自分の身を案じて、その愚行を「諫めよう」としているのだ。今の態度からも分かるように。相手は、彼女が思う以上に大人の少女なのである。


 が、そんなのはどうでも良い。結の身が心配で成らない文美には、そんな厚意などどうでも良かった。彼女はフェンスの表面を殴って、菊川の前から歩きだした。


「それでも、調べる。警察も万能じゃないし、何かの見落としがあるかも知れない。それこそ、普通の人じゃ気づけないような。私は、この事件が」


「なに?」


「『普通の事件じゃない』と思っている。店の中から忽然と、それも誰にも見られず」


「居なくは、なれるんじゃない? それこそ、あぁし達が気づいてないだけで? そう言う方法があるかも知れないよ? だから」


「諦める?」


「え?」


「そんな事で、諦めるの?」


 菊川は、その質問に押しだまった。質問の答えは決まっているが、それを言いきれる自信はない。結を捜したい気持ちは同じでも、そこまでできる力がなかった。変な意欲を出せば、肝心の結に被害が出るかも知れない。


 菊川は一応の冷静さを持って、文美に「あぁしは、しばらく様子見する」と言った。「何かの情報が出るまでは、あぁしも自分の身を守るよ。今回の一件にヤバイ奴等が絡んでいたら、自分の身も危ないからね? あぁしのせいで、武部君を苦しめるわけにはいかない」


 文美は、その意見に眉を寄せた。(冷静な人間から見れば)彼女の意見は尤もだが、文美には「ヘタレ」としか思えない。相手よりも自分の命を重んじる、そんな人にしか思えなかった。文美は彼女の性格に呆れながらも、一方で言いようのない優越感を覚えた。


 。相手が怯んでいる間に武部の好感度を上げられる。「自分の命を懸ける」となれば、結の気持ちも「グッ」と傾いてくれるだろう。その意味では、これは千載一遇のチャンスだった。文美はそんな打算を持って、屋上の中から出て行った。「私は、やるよ」


 菊川は、その声を無視した。彼女の背中が見えなくなった後も、その眉を寄せるだけで。文美のような打算は、抱かなかったのである。菊川は予鈴のチャイムが鳴る中で、自分のこれからを考えはじめた。「あぁしは」


 どうしよう? 彼女のように動くのは、どう考えても危ないし。これが特殊な事件なら、自分も「安全」とは言えない。自分も巻きこまれる可能性がある。事件の本質が見えない以上は、「そう言う事が付きまとう」と思った。


 自分も被害者の候補である以上は、文美のように捜す事はできない。菊川は事態の閉塞感、八方塞がり感を覚えて、自分の無力さに溜め息をついた。「まったく。昔は、私が消えたのに。今度は、貴方が消えるの?」

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平行世界(むこう)の僕(私)は、ラブコメの主人公らしい 読み方は自由 @azybcxdvewg

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