第43話 新しい敵(∥川崎side)
仕事、終了。ああ、今日も疲れた。慣れないバイトにようやく慣れてきたけれど。お洒落なお店の接客業は、学校の発表会よりも大変だった。私はお店の更衣室で着替えを済ませると、真央と連れだって、お店の外に出た。
お店の外には、夕方の町。様々な人達が行き交う、穏やかな風景が広がっていた。私は真央の隣に並んで、その風景を眺めた。「綺麗」
そしてもう一度、「綺麗」と呟いた。この町、こんなに綺麗だったんだ。向こうの世界では、感じなかったけど。夕焼けに照らされた町は、本当はとても綺麗だったのである。私はその美しさに胸を打たれ、思わず「うっ」と泣いてしまった。「帰りたい……」
真央は、その声に微笑んだ。私の体をそっと、抱きしめるように。彼女自身の温度で、私を温めてくれたのである。真央は私の体を放して、その手をすぐに引っぱった。
「今日は、何を食べたい?」
「え?」
「高い物は、買えないけど。あれからずっと頑張っているから、今日くらいは好きな物を食べない?」
私は、その提案にうなずいた。彼女の厚意も嬉しいが、それ以上に好きな物が食べられる。高価な高カロリーな物はNGだが、それでも「嬉しい」と思った。私は不安な気持ちを抱きながらも、一方では彼女との買い物に胸を躍らせた。
彼女との買い物は、楽しかった。お店は、近くのスーパーだったけれど。そこで彼女と好きな物を買うのは、この上もない快感だった。私は自分の好きなお菓子(こちらも世界にも売っているらしい)を選ぶと、買い物籠の中に入れて、お店のレジに並んだ。「テンション上がるぅううう」
真央も、それに「だね、だね」と笑った。真央は私と同じ物を買って、買い物の電子決済を済ませた。「帰ったら、一緒に作ろう?」
私は、その提案に微笑んだ。作れる料理は限られるが、誰かと一緒に作るのは楽しい。帰り道を進んでいる時はもちろん、彼女の家に帰った時も、その興奮がずっと続いていた。
私は袋の中から材料を取りだして、真央と一緒に今夜の夕食を作りはじめた。今夜の夕食は、ラーメンだった。二人分の麺と具材しか無いけれど。二人で作った醤油ラーメンは、今まで食べたどんなラーメンよりも美味しかった。私達は部屋のテレビを付けて、今夜の夕食を平らげた。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
私達は自分の使った食器類を洗って、食器棚の中にそれを仕舞った。真央の動きに続いて、私も食器を片づけるように。私達は少しの休憩を入れて、それぞれに家のシャワーを浴びた。
家のシャワーは、温かかった。お湯の温度は、そんなに上げられないけど。今日の疲れを取るには、充分な熱さだった。私は今日のシャワーを浴び終えると、浴室の中から出て、借り物のパジャマに着替えた。「上がったよぉ」
真央は、それに応えた。それに応えて、テーブルの上にアイスを出した。値引きされていた格安のアイスを。彼女は二人分のスプーンを出して、私に「食べよう」と微笑んだ。
「アイスが溶ける前に」
「うん、食べよう!」
私は「ニコッ」と笑って、自分のアイスを食べた。真央もそれに続いて、自分のアイスを食べた。私達はテレビの映像を見ながら、風呂上がりのアイスを楽しみづけた。「明日は、休みか」
そう呟く真央に私も「うん」とうなずいた。私はテーブルの上にアイスを置いて、テレビの画面に目を細めた。テレビの画面には、人気のクイズ番組が映っている。「勉強、か。そう言えば、ぜんぜん勉強していない。こっちに来てから、ずっと」
真央は、その言葉に眉を寄せた。それに苛立ったわけではない。私の顔を見て、それに心を痛めたようである。真央は自分のアイスを平らげると、自分の顎を摘まんで、私の目を見かえした。私の不安を察すように。
「智世って、私と同い年だよね?」
「学年も確か、同じだよ。同じ高校一年生」
「授業でやったのは?」
私は、その質問に答えた。正確な事は言えないが、大体の事は答えられる。ここの授業が向こうと同じならば、その内容もまた同じである筈だ。(自分が帰れた時も考えて)向こうと違う勉強は、できない。
せっかく学んだ知識が、向こうでは使えない可能性もある。私は真央の確認を挟んで、彼女に自分の知識を話した。「こんな感じ、かな? 苦手な科目とかもあるから、正確な事は言えないけど」
真央はまた、私の言葉に顎を摘まんだ。私の話を聞いて、自分の知識と比べているらしい。傍目からは分からないが、時折「ううん」と唸る顔や、「なるほどね」と笑う顔からは、彼女の思考が窺えた。彼女は自分の顎から指を放して、私の顔に向きなおった。
「ほぼ同じだね? 数学の部分が少し、怪しいけど。それ以外は、私と同じだ」
「ふ、ふうん。それなら」
「図書館に行こう」
「ふぇ?」
「私は、学校の授業を受けられるけど。智世はずっと……だから、図書館で勉強しよう? 図書館なら無料で使えるし、周りからも怪しまれないからね? みんなの前で、堂々と勉強できる」
「う、うん。確かにそう、だけど。私」
「ダメ」
「え?」
「勉強しないとダメ。向こうの世界に最悪、帰れなかった時も。高卒くらいの知識は、なきゃ? 社会で生きていくのに」
「わ、分かったよ! 勉強します……」
「よし!」
私は、その声に溜め息をついた。勉強は、そんなに好きじゃないのに。私を苦しめるのは、平行世界だけではないようだ。「はぁ」
真央は、その声を無視した。まるでそう、女神様のように。
「頑張ろう」
「はい……」
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