第42話 世界のルール(∥武部side)
平行世界研究室。そこが連れて行かれる場所らしい。詳しい内容は話せないが、平行世界に関する諸々、その他事件などを扱う場所らしかった。研究室の中には、様々な研究者達が居る。
彼等は世間に隠れて、パラレルワールドの研究に関わっていた。僕はその話を聞いて、言いようのない違和感を覚えた。「ここがもし、本当に平行世界なら?」
僕の世界にもあるかも知れない。僕が知らないだけで、そう言う機関があるかも知れなかった。僕はそんな想像に震えながらも、一方では一つの可能性を考えはじめた。「刑事さん!」
刑事さんは、その声に首を振った。彼に自分の考えを話したわけではないが、今の態度を見て、僕の考えを察したらしい。記録係の部下も、僕に「残念だけどね」と苦笑いした。刑事さんは椅子の背もたれに寄りかかって、自分の頭を何度か掻いた。
「君が考える事は、もう既に調べてある。研究所の可能性、その科学力もね? 平行世界の存在が、この世界に危険をもたらす可能性もあるわけだから。余所の世界から攻められて、この世界を滅ぼされるわけにいかない。だから今も、新しい平行世界を調べている」
僕は、その話に息を飲んだ。ある種の誤魔化し、ハッタリの可能性もあったけれど。それがもし本当だとすれば、この落ち込み具合にも説得力がある。僕の世界には、本当にそう言う機関は内容だった。そうなると、色々な意味で危ない。
僕は(僕の世界では)誰も知らない真実を知り、その危険性を見てしまったからである。彼等が何かの気まぐれで戦争を起こせば、僕の世界は見事に滅ぼされてしまうのだ。
僕はそんな可能性に触れて、この部屋に居る人達を「怖い」と思った。彼等が本気になれば、下位互換の世界なんて……。「許せない」
刑事さんは、その声に眉を上げた。「許せない」と言う言葉は、彼も考えていなかったのだろう。僕の目をじっと見て、その眼光を強めていた。
「何を、だい?」
「今の話が、です。貴方達は安全な場所から、無抵抗の相手を調べているんですから。調べられる方は、堪ったものじゃない。僕がこちらの世界に来なければ」
「ああ、存在自体知らなかっただろう? それだけ隠していた事だ。このための特別法すら作って。我々のような人間以外は、平行世界の存在すら知らないだろう」
僕は、その話に眉を潜めた。聞けば聞く程、ムカつく。世界の平和に無関心なわけではないが、それでも「あまりに身勝手だ」と思った。僕は自分の帰還とは別に、彼等に対して情報の開示を求めた。
「僕の事は、仕方ないとして。それでも!」
「知らせる義務は、ない」
「くっ!」
「世の中には、秩序が必要だ。我々の知らない世界が無数にあるなんて、普通の人なら絶対に狂うだろう。自分の今居る世界が、本当に自分の世界かも分からない。我々は知らない間に飛ばされ、知らない間に戻ってきているかも知れないんだ。そんな現実を」
「話すべきです。話さなきゃ、僕みたいな人が増える。こんな場所に飛ばされて。僕の場合は、助けてくれる人が居ましたが。何も知らない人が飛ばされたら、最悪」
「その時は、仕方ない。平行世界での死は、元の世界では関係ないからな。普通一般の行方不明になるだけ。法律上の失踪になるだけよ。失踪も要件を満たせば」
死亡扱い。それは文字通りの初耳だったが、そんなのはどうでも良かった。平行世界から帰らなかったら死。実際に死んでいるかどうかは別として、その事実がどうしても許せなかったのである。
平行世界に飛ばされた人は(たぶん)、その世界では孤独だし、役所とかの援助も受けられない。余程の幸運でなければ、まず間違いなくホームレスコースだった。僕はそう言う状態になった人を考えて、この世界の行政に憤りを感じた。
「ふざけている」
「かも知れない。が、それがルールだ。この世界を守るための。異邦人の全員が、『善人』とは限らない。君のような人間なら別だが、中には悪い人間も居る。法律外の人間に一般法は、使えない」
僕は、その言葉を遮った。これ以上は、意味がない。僕一人の思想では、この考えは「変えられない」と思った。僕は机の上に目を落として、両手の拳を握りしめた。
「出発は、いつです?」
「二日後の朝だ。受け入れの準備もあるし、君の身分についても調べなければならない。我々に話した情報が、『本当』とは限らないからな。然るべき尋問は」
「僕は、嘘を付いていません。嘘を付く理由が無いですから」
「だろうね? だが、我慢して欲しい。お役所仕事は、色々と面倒なんだ」
僕は、その言葉に折れた。大上君の厚意を裏切る事には、なるけれど。今の状況では、その面倒に付き合うしかなかった。僕は短い休憩を入れて、刑事達に自分の情報を話しつづけた。
刑事達も、その話を聞きつづけた。夜は、流石に寝かせてくれたけど。翌日の朝食を食べおえた後には、この取調室にまた僕を連れてきた。
僕は、二人の質問に答えた。質問に答えて、それに文句を加えた。自分達の優位性を示す、そんな態度に悪態を付いた。僕はそれに刑事達が苛立ちはじめたところで、二人に「休憩、良いですか?」と訊いた。「喋りっぱなしは、きついです」
刑事達は、その言葉にうなずいた。態度の方は不機嫌だったが、その要求には応えてくれるらしい。僕が椅子の背もたれに寄りかかると、彼等も机の上に頬杖を突いたり、自分のスマホを弄ったりした。
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