第40話 取調室(∥武部side)

 取調室は、寒い。漫画やドラマでよく見た場所だが、僕が思う以上に寒かった。僕の担当になったらしい刑事も、そして、僕の言葉を書き留める記録係も。僕の顔をまじまじと見ては、その話に「ううん」と唸っていた。


 彼等は最初こそ呆れた感じだったが、僕が自分の身分を証した事、それに証拠らしき物を見せると、その事実に何かを感じたのか、不思議そうな顔で僕の顔を見かえした。「コイツはかなり、ううん。白なら問題ないが。黒ならかなり面倒だ」

 

 僕は、その言葉に興味を引かれた。気分が沈んでいる事に変わりはない。だが、それには妙な気配を覚えてしまった。単に犯人かそうでないかと分ける白黒ではなく、それに複雑な空気を感じてしまったのである。


 僕は自分の状態に落ちこみながらも、一方で相手の様子をまじまじと見つづけた。「僕は、黒じゃありません。闇バイトもやっていないし、ヤバイ犯罪にも関わっていません。僕は、普通の高校生です」


 刑事は、その言葉に顔をしかめた。僕の主張に苛立ったわけではない。ただ、それ自体が気に入らないようだ。大体、一発目で刑事が出てくるのもおかしいし。彼が僕を気に入らないのは、僕の境遇自体が不快だったからである。


 彼は机の上を何度か叩いて、記録係の部下に「上に話すか?」と訊いた。「こう言うのは、御免だよ。黒か白かも分からない奴を相手にするなんて。俺達は、SFの刑事じゃない」

 

 部下の男性も、その言葉にうなずいた。まるでそう、「自分達には関係ない」と言わんばかりに。パソコンの画面に記録を打ちこむ態度からも、通常の業務ではない、特別な業務に疲れる疲労感が見られた。


 男性はパソコンのキーボードを叩いて、上司の刑事に「調書は、作って置きます」と言った。「通常の調書とは、別に。今回の件は、我々の管轄外かも知れません」

 

 刑事は、その報告にうなずいた。僕には何の事かさっぱり分からないが、彼等には(今回のような事が)管轄外、そう言う部署に報じる事案らしい。彼等は一応の調書を取りおえると、僕にまた僕の名前や住所、生年月日や通っている学校名などを訊いた。


「お疲れ様。疲れただろう?」


「ええ、まあ。こんな事は、初めてなので」


「そうか。うん、そうだろうな。普通は、こんな事」


「刑事さん!」


「うん?」


「僕は、この先?」


 専門の機関に送られる。それが何処にあるのかは分からないが、刑事さんの話を聞く限り、そうなるのは間違いないようだ。恐らくは、精神がおかしくなった人を入れる施設に。僕は自分の未来に恐怖を覚えつつも、一方では「それも良いか」と思いはじめた。


 何らかの手段でここから逃げ出せても、その追っ手を撒く事はできない。公の組織に存在を知られてしまった以上、そこから逃げるのは不可能な事である。僕は自分の死と絶望とを思って、刑事さんの顔に向きなおった。刑事さんは真剣な顔で、僕の目を見ている。


「終わりだ」


「なに?」


「何もかも。僕は専門の機関に送られて、檻の中に入れられるんでしょう? 何かこう、尤もらしい病状を付けられて。じわりじわりと殺されるんだ」


 刑事は、その本音に溜め息をついた。僕の態度にたぶん、「やれやれ」と思ったのだろう。記録係の部下も、彼と同じように呆れている。刑事は机の上に両肘を付けて、僕の目 をじっと見かえした。


「死ぬかどうかは、知らん。でも、怖がる事はない」


「え?」


「君は、異邦人だから。君が関わってきた諸々、犯罪に関する事などすべて、その記憶をただ消すだけだからな? 必要な調書こそ取っても、その命まで奪われる事はない。君は言わば、異界の放浪者なだけだから」


 僕は、その質問に固まった。だが、同時に「それなら」とも思った。彼等が平行世界の原理を知っている、あるいは、何らかの情報を知っているなら、彼等から何からの情報を聞き出せるかも知れない。「あとで、自分の記憶が消される」としても、何かの媒体に記憶を書き留める事もできる筈だ。僕は相手の意見に負けたフリをして、机の上に目を落とした。


「教えて下さい」


「うん?」


「平行世界の事を。今の会話を聞く限り、そう言うのも当たり前なんでしょう? こっちの世界では、普通の警察が知っているくらいに。平行世界は、ごく身近に存在する?」


 今度は、刑事が言いよどんだ。「落ちこんだ」と思った少年からそう訊かれれば、流石のプロも黙ってしまうだろう。人差し指で机の上を叩く動きや、記録係の部下に何かを話す動きからは、彼の動揺が薄らと見えた。


 刑事は取調室の鏡(恐らくは、向こう側に誰か居る)に目をやって、その鏡に「仕方ない」とうなずいた。「どうせ、忘れる事だ。話しても良いだろう」


 僕は、その言葉に息を飲んだ。今の言葉で、その答えが大凡分かったからである。僕は「それ」が分からないフリをして、刑事の目をじっと見はじめた。「お願いします」


 刑事は、それに咳払いした。それが「一種の合図だ」と言わんばかりに。「平行世界は、ごく身近に存在する。一般の市民には、伏せられているが。我々のような人間には、共有知識として。今日の司法や行政、そして立法は、それを踏まえた物になっている。表向きには、普通の人間に対する法律だが。『何人も』の部分に例外を設けてはならない」


 だからこそ、専門機関に送る。専門機関に送り、そこで僕の本質を調べる。僕がどこから来て、どこに帰るべきかを。一つ一つ調べていくのだ。「君にはたぶん、『辛い事だ』と思う。こんな場所に飛ばされて、しかも、尋問まで受けるなんて。普通の人間なら狂うだろう。君はなかなか、できる奴だ」


 そう言われても、嬉しくない。ただ、「イラッ」とするだけだ。自分の境遇にガッカリするだけで、それに希望なんて持てない。僕は自分の手元に目を落として、目の前の刑事に「その専門機関は、どこにあるんですか?」と訊いた。「これから行くところを知っておきたいので」

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