第37話 新しい友人(∥川崎side)

 苛々してきた。自分の捜している人間がまさか、そんな人間だったなんて。「ムカつくな」と言われても、ムカついてしまった。周りから好かれるのは良いが、それに誠意が無いのは論外。


 自分が悪者になってもなお、それには義務を負うべきが……。うん、今は止そう。私がいくら考えても、彼の性質が変わるわけではない。自分の行動にただ、責任が生まれるだけである。

 

 私は、二人の少女と共に彼を捜しつづけた。が、やはり見つからない。彼が行きそうなところ、最初に居た喫茶店の中も捜してみたが、その姿は結局見つけられなかった。私はその現実に打たれて、ベンチの上に座った。「うそ、でしょう? こんな」

 

 事があり得るのだろうか? 人一人が簡単に、それもフッと消えてしまうなんて。私の経験では、いや……あったな。私の周りには無くても、私自身には起こっていた。恐らくは、この瞬間も。


 私は何かの力を受けて、自分の知らない場所に飛ばされたのである。あの時、あの場所で、あの事件にあった時も。この不思議な現象に巻きこまれたのである。私は自分の想像に震える一方で、これからの事を考えはじめた。「どうしよう?」

 

 それに「え?」と驚く、立木さん。彼女は私の顔をじっと見て、それに表情を変えた。「何か問題でも?」

 

 私は、その返事に困った。「そうだよ」と答えるのは簡単だが、そう答えるわけにはいかない。正直、今の「どうしよう?」にガッカリした。ただでさえ、面倒な状況なのに。そんな状況でそんな事を言えば、周りから変な目で見られてしまう。


 私は立木さんの疑問を否めたが、それが余計に怪しまれたようで、彼女に「大丈夫」と返されてしまった。「え?」

 

 立木さんは、その声を無視した。私の手を「ぎゅっ」と握って。


「話せないなら良いよ?」


「え?」


「ここで話せない内容なら、無理に話さなくても良い。でも」


「で、でも?」


 彼女は「それ」を無視して、私の耳にそっと囁いた。目の前の少女に聞こえないように。「もし話したくなったら、聞くよ? 私、一人暮らしだから。訳ありなら、しばらく泊まっても良い」


 私は、その提案に飛びあがった。正に幸運、ラッキータイム。住む家が不安だった私には、正に願ってもない幸運だった。私は彼女の厚意に甘えて、その耳元にそっと囁いた。


「ありがとう。実は、とても困っていて」


「そっか。なら、是非!」


「うん!」


 立木さんは、その声に笑った。私も、その顔に笑いかえした。私達は互いの顔をしばらく見ていたが、それが女子生徒には不思議だったようで、私達が彼女の顔に向きなおると、それに「ほへっ?」と驚いて、私達の顔をじっと見かえした。「さっきから何を話してるの?」


 私達は、その疑問に「何でもない」と答えた。そうするのが、「最善策」と思ったからである。彼女はこう言う話題に厳しそうな、そんな雰囲気が感じられた。私達は彼女に今の密約を隠して、武部君の事をまた捜しはじめた。


 が、またも空振り。町の空がすっかり暗くなった下で、最初は躊躇っていた学校や少女達への連絡、そして、家族や警察への連絡を入れてしまった。私達は警察への連絡を済ませた後で、コンビニの缶ジュースを開けた。「疲れたね?」


 私や立木さんも、その言葉にうなずいた。私達は夜気の匂いを吸って、それに溜め息をついた。


「帰ろうか? 明日も、学校あるし」


「そうだね、帰ろう。明日は、国語の小テストだからさ? 勉強しないとマジで怒られる」


 そう言って、私達に笑う女子生徒。女子生徒は私達に「バイバイ」と言って、今の場所から歩きだした。私達も、その背中を見送った。女子生徒は道の角を曲がって、私達の前から姿を消した。それに合わせて、立木さんも私に「私達も行こうか?」と言った。立木さんは「ニコッ」と笑って、自分の家に私を連れて行った。


 彼女の家は、アパートだった。市内でも格安の部類に入るアパート、その一室に住んでいたのである。彼女は家の中に私を上げると、玄関から続く廊下を進んで、(恐らくは)リビングルームだろう場所に私を入れた。「どうぞ?」


 そう言って、座布団も出してくれた。女子高生が好きそうな、可愛い座布団を。彼女はその上に私を座らせて、二人分のお茶を煎れた。「安いお茶だけど、良かったら?」


 私は、その言葉に頭を下げた。人の好意に安いも高いもない。そうやって出されたお茶をただ、「ありがとう」と飲むだけである。私は彼女のお茶を啜って、その味に「美味しい」と微笑んだ。「プロみたい」


 彼女は、その感想に微笑んだ。私の感想が、余程に嬉しかったのだろう。「これでも、ウエイトレスだからね? お茶にはちょっと、自信があるんだ」


 それで? 彼女はそう、切りだした。私の答えを促すように。「?」


 私は、その質問に深呼吸した。それが自分の、「今後の未来を決める」と信じて。私はテーブルの上にカップを置くと、真剣な目で彼女の目を見かえした。


「これから話す事はたぶん、嘘じゃない。私の感覚が正しければ、まず間違いなく現実だと思う。貴女とこうして、話している事も。だから」


「まずは、信じる。信じて、それが嘘かどうか決める。それがきっと、『真実への近道だ』と思うから」


「ありがとう」


 そう言ってまた、深呼吸。


「立木さん」


「うん?」


「私、余所の世界から来たの。


「ここではない世界? それって?」


「うん。大上君の話じゃ、『平行世界』って言うらしいけど。私はどうやら、そこから来たみたい。漫画みたいな話だけどね? でも、それが現実みたいなんだ」


 立木さんは、その話に呆然とした。それこそ、自分の思考を失う程に。私の顔をまじまじと見たのである。彼女は複雑な顔で、私の顔をじっと見つづけた。

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