第35話 優柔不断(//川崎side)

 武部君は、見つからなかった。喫茶店の彼女、立木真央にも捜索を手伝って貰ったが。それでも、やはり見つからなかった。男子が行きそうな場所を探しても、それらしい人は見つからなかったし。(立木さんの話では)彼と同じ学校の生徒に訊いても、「武部君」の事を知っている人は居たが、その居場所を知っている人は居なかった。

 

 私は目の前の女子生徒に頭を下げて、彼女の前から歩きだそうとしたが……。その女子生徒にふと、「待って」と呼びとめられてしまった。私は自分の足を止めると、真剣な顔で相手の顔に向きなおった。相手の顔は、私と同じくらいに強張っている。「なに?」

 

 女子生徒は、その声に息を吸った。そうする事で、自分の気持ちを落ちつけるように。


?」


「は?」


 思わずそう、答えてしまった。武部君を知らない私が、武部君を好きなわけがない。むしろ、「何でそうなる?」と聞きかえしてしまった。そんな質問が来るのは、どう考えてもおかしい。


 私は相手の質問に対して、不思議な嫌悪感を覚えてしまった。「別に好きじゃないよ? と言うか、武部君と会った事すらないし。私はただ、居なくなった彼の事を」

 

 女子生徒は、その続きを遮った。「居なくなった」の部分が、相当にショックらしい。私や立木さんが相手に事情を話そうとしても、それに答えるどころか、反対に「どこで居なくなったの?」と聞きかえしてきた。


 女子生徒は自分のスマホを取りだすと、私達の視線を無視して、誰かに連絡を撮りはじめた。「文美ちゃん、やばいよ。新しいライバル」

 

 そう呟いた彼女に「違うよ」と返す、立木さん。立木さんは彼女のSNSを止めて、その目をじっと見はじめた。「彼女は、違うよ。武部君の事は本当に知らないし、武部君がいなくなったのも本当。永山さんの恋敵じゃない」


 女子生徒は、その言葉に目を細めた。そう言われても、半信半疑。立木さんの弁明を聞いてもなお、その不安が消えないようだった。彼女は私と立木さんの顔を見て、ポケットの中にスマホを仕舞った。「分かった。とりあえずは、そう言う事にしておく。私も、面倒な事に巻きこまれたくないから。でも」

 

 何だろう? 声を潜めて、周りの様子も窺っている。彼女は立木さんの顔に目をやって、その視線に眉を寄せはじめた。「本当なの? 貴女が知らないだけで、自分の家に帰っただけじゃない? 店の中から出てさ? 今も」

 

 立木さんは、その疑問に首を振った。それは彼女も思ったようだが、店の内装や周りの情報から推して、その想像はありえないらしい。誰にも見られないのは、現実として不可能なようだった。不可能な状況を超えるには、それ以上の不可能が必要である。


 立木さんは彼の行方が心配で、難しい事を「あれこれ」と考えはじめた。「連絡先を聞いていれば、良かった。武部君が無事なら良いけど。このままじゃ、無銭飲食になっちゃうし。私がお代を立て替えても、店長にはきっと嫌がられる。最悪は、店を出禁になるかも知れない」

 

 女子生徒は、その言葉に表情を変えた。私も、立木さんの不安を察した。彼女は(たぶん)武部君に好意を寄せていて、今回の一件に心を痛めているのだろう。好きな相手と会えなくなるのは、他人が見ても「辛い」と思った。


 私達は彼女の気持ちを察して、女子生徒は彼女の力になり、私も(自分の正体を隠して)その行動に力を貸した。「分かった。とりあえずは、武部君を捜そう。警察とかに言うのは、最終手段にして。今は、私達だけで捜すしかない」


 私も、その意見にうなずいた。今回の事件が、彼の意思ならば。その意図を考えなければならない。彼も彼で何かを抱えているならば、それが何かを察したければならなかった。私は自分の状態を忘れて、彼の捜索に関わった。

 

 が、やはり見つからない。「永山文美」(もしかすると、あの家の?)と「菊川りん?」には(どう言うわけか)この事を伏せてしまったが、それが原因らしくて、彼の情報がまったく無くなってしまったのである。女子生徒はその制限を悔いて、私達に自分の苛立ちを吐いた。「ああもう、面倒くさい。この二人から聞かれれば!」

 

 私は、その愚痴に眉を寄せた。彼女の気持ちも分からないが、先程の疑問がどうしても気になったからである。その二人が重要人物である事は察せられるが、それでも「今は、その二人にも協力を仰いだ方が?」と思った。私は夕暮れの町を見わたして、女子生徒に自分の疑問をぶつけた。「どうして、教えないの?」

 

 女子生徒は、その質問に黙った。立木さんも、何だか不安げなご様子。私が二人の異変に気づいても、その沈黙をすぐに破ろうとはしなかった。二人は互いの顔をしばらく見合ったが、やがて女子生徒が「修羅場っているから、その二人」と呟きはじめた。「武部君の事が好きみたいで。今、彼の事を取り合っているの」

 

 私は、その話に言葉を失った。そんな修羅場は、漫画でしか見た事がない。私の周りにも、そう言う人は居るかも知れないが。女性二人から言い寄られる男子は、(私が知る限り)誰も居なかった。


 私はその話に驚きながらも、女子生徒が私に投げかけた疑問、その意味をよくやく読みとった。女子生徒は、「私が新しい女だ」と思ったらしい。


「失礼な」


「え?」


「私にはもう、彼氏が居るし。好きな人が居るのに他の人を! 私はこう見えても、一途なんだからね! 武部君も、自分の答えを」


「出せないよ」


「え?」


「たぶん。彼、優柔不断な人だから」


 私は、その言葉に「カチン」と来た。私も他人の事は言えないが、そう言う人はダメ。優柔不断な人は、周りの人を不幸にする。自分の意見をはっきりと持たなければ。私はまだ見ぬ異性に向かって、言いようのない嫌悪感を覚えた。

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